【りゅうおうのおしごと! 12】 白鳥 士郎/しらび GA文庫

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奨励会三段リーグ。
四段(プロ)になれる者は2人だけという苛酷な戦場。そこに史上初めて女性として参戦した銀子は、八一と交わした約束を胸に封じ、孤独な戦いを続けていた。八一もまた、新たなタイトルを目指し最強の敵と対峙する。
そんな2人を複雑な思いで見守るあいと、動き出す天衣。そして立ちはだかる奨励会員(なかま)たち。
「プロになるなんて、そんな約束をすることはできない。けど――」
大切な人の夢を踏み砕くことでしか夢を叶えられない。それが将棋の世界で生きるということ。
銀子が、創多が、鏡洲が……純粋なる者たちの熱き死闘に幕が下りる
奨励会編堂々のフィナーレ!

すげえモノを読んだ。
よく身寄りのない子供たちを集めてきて暗殺者とか工作員を養成する学校とか隠れ里みたいなの、あるじゃないですか。ああいうのって、厳しい訓練にどんどん櫛の歯が欠けたように同じ境遇の子たちが消えていき、最終的に残った優秀な子供たちが卒業試験で試験官からこう告げられるのですよ。
「今、目の前にいる相手と殺し合え。生き残ったほうが合格だ」
そうして、生き残るために共に手を携えて育ってきた兄弟にも等しい大切な相手を、自らの手で殺すのです。最も大切で掛け替えのない相手を自分の手で殺すことで、彼らの育成は完成する。

この奨励会というシステムは、まさにこれなのである。これなのだ。まさに、これそのままなのだ!
ガチの殺し合いである。
一緒に育ってきた家族も同然の仲間たち、先輩後輩であり兄弟であり親友であり恩人ある人達と、総当たりで殺し尽くしていく。自らの手で葬り去っていく。引導を渡す。その将棋人生を終わらせていく。
殺し合いなのだ。殺戮なのだ。作中、ぶち殺す、という台詞が少なからず飛び交う。それは本当に比喩ではない、本気の言葉だ。本心からの叫びだ。己の手で大切な人を殺さなくてはいけない事への、悲鳴そのものなのだ。
これが現代の日本で行われているという事実に、今更ながら戦慄させられる。これほどの修羅の戦場が、現実に存在しているのだ。実在しているのだ。これは、小説であってもノンフィクションではない厳然とした真実なのである。死闘という言葉はなんらの比喩ではない、本物なのだ。
彼らは、本当に命を賭けている。人生そのものを賭けて捧げて費やして、喪っていくのだ。いって、いるのだ。
そんな光景を、情景を、この物語はあますことなく描き出している。
「命懸け」という言葉の本物を、この巻を読んだときに思い知るだろう。思い知らされるだろう。その恐ろしさを、重さを、激しさを、鮮烈さを、知るだろう。
人は、ここまで一つの物事に本気になれるのだ。それは感動であり、恐怖である。
人間は、ここまで化け物になれるのだ。能力ではなく、その在り方をもって怪物に成り果てられるのだ。
そうして、怪物は完成する。将棋の棋士とはそんな完成した人外の怪物の巣窟なのだ、と棋士の登竜門である奨励会三段リーグの凄まじさを前にして改めて魂に打ち込まれる。
そんな化け物共の、さらに上澄み。その頂点に彼は居る。
「人間じゃねえ」
その慨嘆は、これももう比喩に見えない。本当に、人間じゃないんじゃないのか、この主人公は。
恐るべき事に。実に恐るべき事に現実の将棋界はこれよりすらも魔界であるという。マジで人間なのか、棋士たちって?

前巻においてついについに想い結実し、通じ合った銀子と八一。その結果として描かれたのが今回の表紙絵なのでしょう。もう、見ただけで悶絶させられる素敵で素晴らしい二人の手を繋ぐ姿でした。
でも、覚醒した銀子がそのまま一気に頂点に駆け上る、なんて展開が待っているはずなかったのです。壁を突破しようやく将棋星人たちの見ている景色を理解できるようになった銀子は、でもようやくそこに至って棋士への挑戦権を得たようなものだったのです。棋力が激増して、ようやく舞台に立てたようなものだったのです。才能がないと唄われるのは、何も変わっていなかった。
ここからが、彼女にとっての本当の死闘、本物の死闘。命懸けの戦いのはじまりに過ぎなかったのです。
正直、本気で今回銀子、死ぬんじゃないかと不安にかられ続けました。銀子の残す言葉全部、遺言に見えて仕方なかった。実際、間違っていないんじゃないかと今でも疑っている。
この娘は、このあとも生きていけるんだろうか。生きて、幸せに成りえる娘なんだろうか。本質的に将棋を持ってしか繋がりあえない、だからこそ誰よりも深く深く余人が入り込めないほど混じりいるほどに寄り添い重なり合った八一との関係も、その将棋を以て焼き尽くされてしまうのではないか、と思えてならない。白雪姫と竜の魔王の寓話は、この上なくありのままを現しているように見えて仕方ない。でも、白雪姫は絶対に離れることはないだろう。竜の爪が彼女を引き裂き、その炎が身を焼こうとも彼女は離れないだろう。そうして、炎の中で燃え尽きていく光景が浮かんでやまない。それが、相応しいとすら思えてならない。
前巻で、あんなに素敵なハッピーエンドが見えた気がしたのに、銀子は超えられない壁を超えたのに。絶対に不可能だった世界へと、飛び込んでみせたのに。ああ、何もかもが遠すぎる。九頭竜八一はあまりにも、強大すぎる。
これ、本当にどうするんだろう。どこが着地点なのか、どうすればどうなればハッピーエンドなのか方向性すらわからなくなってしまった。
銀子が、八一に勝つしかないのか?

今回の奨励会編は、本当に誰が勝ち抜けるのかわからなかっただけに、最後の最後まで拳を握ったまま力が抜けない展開でした。感情移入してしまう、という意味では銀子だけじゃなく、ようやくその内面を垣間見せてくれた創多や、年齢制限によってこれが本当に最後の挑戦となる鏡洲さん、ヒールに徹しながらなぜ一度離れた奨励会を、アマの立場から這い上がってもう一度挑もうとしたのかが明らかになった辛香さん。誰も彼もが苦しみもがき、血反吐を吐くように戦う姿に心奪われ、感情移入しまくりました。
坂梨さんのくだりで決壊。泣いたよ。
これは本物の殺し合いでした。同じ棋士を目指して切磋琢磨した奨励会員同士、ライバルであり仲間であり、家族であった人たちとの殺し合いは、だからこそ殺し愛でもありました。これほど愛情を、親愛を、尊敬を込めて殺し合う戦いがあるのだろうか。相手の息の根を止める一指しに、血の涙を流しそうなほど苦しみもがく。生きて苦しみ死んで苦しみ、殺して苦しみ殺されて苦しむ。そうして苦しみあいながら、この最終局面に残った四人の間にあったのは、確かに大切な人への温かい想いであったのです。
だからこそ、辛すぎる。喜びと悲しみを、これほど一緒に味わう局面がこの現代にどれほどあるんだろう。
凄まじすぎる。

天ちゃん、君はこんなこの世の地獄みたいな場所を這い上がった、八一と指すためだけに這い上がった白雪姫と戦わなきゃいけないんだぜ。個人的には、あいよりもずっとこの子を応援している。この娘の心映えは誇り高く、果敢でカッコよく、女の子として健気で勇ましいその在り方が本当に好きだ。この娘はきっと、この作品に出ている女性の中で誰よりもイイ女になるだろう。間違いない。
あの奇襲は天晴極まる痛快なクリティカルだった。
それでもなお、あの血塗れで傷だらけのボロくずみたいな白雪姫の姿はあまりにも鮮烈で。
八一は魔王に例えられていたけれど、あらゆる本作のヒロインにとって銀子こそ魔王のように聳え立つ存在なのではないだろうか。まったく、勝てるヴィジョンが想像できない。本当にかろうじて、天ちゃんなんだよなあ。

鏡洲さんと創多のくだりでまた泣く。受け継がれる想いと夢、そして年相応の創多の満面の笑み。天才少年の、将棋を選んで良かった、という言葉。
戦いの後、殺し合いの後、そこに悔いはなく憂いはなく、先へと向かう者と見送る者の間に結ばれ託された思いの尊さに、ああ胸が熱い。この熱さが、たまらなく愛おしい。