【数字で救う! 弱小国家 5.勝利する者を描け。ただし敵は自軍より精鋭と大軍であるものとする。】  長田 信織/紅緒 電撃文庫

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『この手紙を読んでいるということは、僕は死んでいるだろう』

同盟軍本隊の敗北により、ファヴェール王国軍は泥沼の戦争に突入した。
なんとか打開策を見つけようとする女王ソアラと宰相ナオキの二人だったが、武勇と知略に長けた、過去最高の強敵たちがその行く手を阻む。
不利に不運が重なって、
そして、ついにその時は訪れた。

――宰相ナオキ、凶弾に倒れる。

過去最大級のピンチを前に、女王ソアラの決断は……? そしてファヴェール王国の未来は……!?
異世界数学ファンタジー戦記、急展開のシリーズ第5弾!

大戦争だーー!!
ピエルフシュ王国との決戦で、敵有翼騎士団フサリアを見事に粉砕して大勝利をせしめたファヴェール王国。これで戦争は勝利、と思ったところで同盟の本隊がマイセンブルグ帝国との戦いで大惨敗を喫して、勝利の算段がひっくり返ってしまう、というのが前巻までの展開だったのでした。
じゃあ次はマイセンブルグ帝国と直接の戦いに? と、なると思ったらならないのが並の戦記物じゃないんですよね。
マ帝国と同盟本軍との戦線がマイセンブルグ帝国側に傾いたことで、ピエルフシュ王国側に援軍が来る……という体で王国の継戦の意志が復活してしまうわけですな。これ、面白いのは本当に援軍が来る、来たというわけではないところ。戦力バランスと観測の問題なんですなー。
これで、ピエルフシュ王国が継戦の意志をなくすまでさらに叩かなければならなくなった上に、同盟のフリを覆すためにオルデンボー戦線に戦力を追加投入しなければならなくなった。いや、したくないんだけれど同盟諸国、特にその本陣であるワルテリア帝国側の意志を無視するわけにはいかないのでテコ入れは絶対必要、ということなので、ファヴェール自体は勝ったのに戦争自体は大劣勢になってしまうんですな。さらに、マイセンブルグ帝国もここにきて直接近づいてきて殴る、というわかりやすい戦争ではなく、戦わずして戦局をひっくり返してしまう、というロジックの元にあれこれと仕掛けてくるのである。
これ、ナオキとまったく同じ思考パターンなのですね。つまり、ナオキのライバルとも言うべき人物がマイセンブルグ帝国に現れたのだ。
さらに、ピエルフシュ王国も南方戦線を担っていた英雄がぼんくら気味な国王から軍権を引っさらって、北方戦線へと指揮官として踊りかかってきた。
ここにきて、ナオキはまったくベクトルの異なる怪物二人を相手取ることに。
しかし、ナオキも今や「魔術師」として各国に恐れられ畏怖される名うての戦略家。いや、今回の縦横無尽の戦争指揮っぷりと来たら、これはもう「魔術師」の異名がピッタリという凄まじい転がし方なんですよね。これ、よっぽど視点が高い軍人武将でも、なにやられてるかわからんでしょう。まじで魔術みたいに思えてしまうんじゃないだろうか。
なにしろ、将棋で言うところの一手損角換わりに例えていたけれど、普通に戦えば敗北して撤退して占領される、という行程をすっ飛ばして、とっとと戦闘せずに撤退して相手に街を占領させることで、相手にあったはずの主導権を逆にファヴェール側が奪っちゃったんですよね。相手が先手で後手に回ってしまったのを、一手わざと損することで先手となり、こっちの思うように戦争そのものを動かせる余裕を手に入れる。これ、ほんと相手からしたらわけわからんですよ。これをリアルの戦場でこれほど読んでるこっちがわかりやすく理解しやすい形でスパッとやらかしてしまうとか、そりゃ相手の傭兵将軍あたま掻きむしって悔しがりますがな。自分が今まで積み上げてきていた勝利手順全部ぶち壊されたんだから。しかも、多分味方でそれを理解してくれる人ってかなり少なかったんじゃないだろうか。勝った勝ったで喜んでばかりで。
恐ろしいのは、これに似たことをピエルフシュ王国側にも仕掛けてて、英雄との戦争との後半戦なんか英雄さん連戦連勝の負けなしという圧倒的勝利の連続という状態に入ったのに、戦争そのものを俯瞰してみると、勝てば勝つほどピエルフシュ王国側が負けていく、という状態になってたんですよね。まさに、戦場での勝利が戦争の勝利に繋がらない状態にさせられてしまっていた。どころか、勝つほどにやばくなる、という陥穽を作り出してしまってるところに、ナオキの魔術師っぷりが際立つのである。
今回ばかりは、ナオキの戦争指導手腕にはゾクゾク肌が泡立ってしまった。ここまで鮮やかに「戦争」を作り上げるだけの、いわば戦争芸術と呼ぶに値するそれを戦記物で目の当たりにする機会は決して多くないですからね。
しかし、それでナオキがこの戦争を好き勝手できたか、というとそんな事はなく、今回は彼の計算を上回る出来事が幾度も起こり、ナオキも絶体絶命のピンチに追い込まれるという展開が度々。いや、マジで死ぬんじゃないか、という瀬戸際が何度も何度も繰り返されて、ハラハラしっぱなしでしたよ。今回、本気で余裕なかったし。それだけ、ピエルフシュ王国の英雄とマイセンブルグ帝国の傭兵将軍の辣腕と気迫が凄まじく、その将器が伝説の域に達していたからなのでしょう。それと真っ向から渡り合っていた、という時点でもうナオキも立派に歴史上の偉人の名を連ねるに何の不足もないやべえ領域の人になっちゃってたわけですけれど。
いやでも、今回本気でナオキ死ぬんじゃないかと思ったさ。傭兵将軍が評していたけれど、何気にナオキと同じスペックを有している人がファヴェールに居るんですよね。ソアラ女王というのですが。
この嫁さん、奥さん、ほぼほぼナオキと同じ戦略眼の持ち主で、戦場勘もあり、大戦争を指導できる視点もあり、ってかほぼ同スペックなんですよ。多分、ナオキが出来ることは彼女も出来るんじゃないだろうか。
既に物語としても、ソアラと結婚して子供も出来て、と主人公としてのナオキが退場しても物語として成立する土壌は出来ていたのである。まあその場合、ソアラさんが復讐鬼と化してそれはそれは楽しいさらなる大戦争になってた未来予想図も多分にあるのですが。
あのナオキが遺した遺書がなかったら、戦争自体かなりひでえことになってたんじゃないだろうか。ソアラ女王って、王女時代孤立してて今も何気に友達いない、と揶揄されるように人心掌握には微妙な所がありますし、結構感情で暴走する傾向もありますし、その暴走を統制された狂気へと昇華するだけの訳のわからんレベルのスペックもありますし、とこのお嫁さんやっぱりヤバいよなあ。彼女の旦那をやれている時点で、魔術師の異名を冠にしていいかもしれない。

ともあれ、今回は前回の戦争を三倍ほど上回る形で大盛りあがりでありました。やはり、戦争は強敵が相手に居ると否応なく盛り上がります。そりゃそうですよね、死闘激闘となってお互いの人外の才能を披露しまくるわけになるのですから。
マイセンブルグ帝国皇帝軍総司令官ワルター・フォン・グラフディール。これは、地球の史実におけるアルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインに相当する人物でしょう。ドイツ三十年戦争における花形の一人、映えある傭兵将軍ヴァレンシュタイン。
そしてピエルフシュ王国の英雄ヴァツワフ・ジェヴスキーはスウェーデンの北方の獅子と呼ばれたグスタフ2世アドルフに戦場で圧勝しつづけたというポーランドの名将スタニスワフ・コニェツポルスキに相当すると思われる。
なるほど、今回ナオキが死にかけまくったのは、彼とソアラがグスタフ2世アドルフに相当する立場だから、というのもあったのか。グスタフ2世、戦場でボロクソにやられまくったみたいだし。ってか、ソアラの異名は北方の雌獅子なんですよねえ。

また、ナオキの元で活躍する若き世代も台頭してきて、傭兵将軍なレオンの息子ドグにナオキの数学の直弟子でもあるトゥーナ、そしてドクと同じ直属大隊長としてエアハルドという青年が躍進してきてこの三人トリオがまた活躍するんですねえ。そして、若者特有の甘酸っぱい展開に……なりそうで、ならない! というか、ドクがあれは可哀想過ぎるw 真っ白を通りこして悟りを開いたような状態になってしまうのも仕方なし。ってか、ある意味ドロドロじゃねえか。どうするんですか、ナオキさんこれw
でも、これだけ若い連中が台頭してきたから、最後の展開みたいになった、とも言えるんですよね。ソアラが闇落ちしかけていた時、復調するきっかけになったのもあれでしたし。思えば、ソアラを除けば本当からナオキのこの世界での人生に付き合ってきてくれたんだよなあ。一緒のものを見て、ナオキにこの世界の現実を教えてくれて、くだらなくも楽しいことを色々と教えてくれた。ナオキがソアラとともに二人きりの世界に閉じこもらずに済んだのも、ナオキの頭から湧き出してくるこの世界にはまだ見当たらなかったロジックを、気にも止めずに聞き流し、でも一緒に遊んでくれたあの人が居たからだ。恩人で、共犯で、悪友で、右腕で、親父さんだった。
楽しい、愉快な人だった。
だからだろう、ラストシーン、凄く好きだ。ナオキの胸にいっぱいに満ちたものを、わずかにでも共有できた気がする。
シリーズ最高の一作であり、屈指の戦記でありました。