【お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件 2】 佐伯さん/ はねこと  GA文庫

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自堕落な一人暮らしの周と、“天使様"とあだ名される学校一の美少女・真昼。関わりのなかった二人だが、ふとしたきっかけから交流が始まり、食事をともにするようになっていった。
年越しを一緒に過ごし、初詣に赴き、バレンタインの煩わしさを受け流していく日々。不器用ながらも温かい周の態度、周の両親や友人との関わりのなかで、冷え切っていた真昼の心は少しずつ溶かされつつあった……。
「小説家になろう」で絶大な支持を集める、可愛らしい隣人との甘く焦れったい恋の物語、第2弾。

もはや完全に新婚夫婦である。二人一緒に家でくつろいでいる時の生活感がもう地に足が着いちゃってるんですよね。家に帰って相手が居るのが当たり前、みたいな。イチャイチャするのも浮ついて落ち着かないという所がなくて、一緒にいるのが当たり前で自然に寄り添ってみたいな穏やかに上昇していく熱量なのである。
年末年始も実家に帰らず、二人で水入らず。真昼がおせち作ってくれて、年越しそばも一緒に食べて、正月もまったりと二人で過ごして、と何処をどう見ても、どの場面を切り取っても完全に新婚夫婦なのである。
おまけに、三ヶ日の間に周の両親が遊びに来て、という展開も新婚夫婦の家に両親がお正月に様子見に来て一緒に過ごす、というシチュエーションですし。お嫁さんに着せるために着物持ってきて、新しく出来た娘を着せ替え人形にして喜ぶお義母さん、というシチュエーションですし。そのあと一緒に初詣、ってだからもう完全に「家族」のイベントなんですよねえ。

その「家族」という関係を一切与えてもらってこなかった真昼にとって、一緒にいてくれる周と自分を「娘」のように可愛がってくれる彼の両親とすごす時間というのは、本人にしかわからない感慨があったのではないでしょうか。それは彼女の傷を癒やしてくれるものであり、同時に自分が持たざるものだという事を思い知らされるという事でもある。改めて自分の親たちから、要らない存在として扱われた時に傷つく痛みは、本当の家族の温かさを知ってしまった今となっては本当にツラいものだったでしょう。
いい加減、周は中途半端な真似をしている場合じゃないと思うんですよね。
彼の駄目なところは、予防線を引きすぎる所なのでしょう。自分と真昼はそんな関係じゃない、と自分にも言い聞かせ、他人にも吹聴する。そうやって遠回しに今の関係を守ろうとしている。
今の関係が心地よくて離したくないから、今のママを維持したいというのならそれはそれでいいのです。それは一つの彼自身の決断であり選択なのですから、たとえ先延ばしだったとしても自分の意志で考えて決めているのなら。
でも、周って常に自分だけじゃなくて真昼の気持ちを言い訳にして予防線張ってるんですよね。真昼は自分との関係をそんな風に思っていない、とか異性として捉えていないとか、彼女がそう言ったわけでも態度で示したわけでもないのに、そう思ってくれてた方が都合が良いから真昼がどう考えているかを勝手に決めつけて、だから今のままでいいのだ、みたいな感じで現状維持にかまけている。そういう所、男らしくないと思ってしまうんですよね。その意味では、ダメ人間になってるとも言えるのかもしれません。
こんな新婚生活同然の日常を男と過ごしていて、そいつをただの信頼できる人と見ているだけで異性として意識してない、と捉える方がどうかしてるんじゃないでしょうか。彼女はもうはっきりと態度示してると言えるんじゃないの?
真昼の家庭環境を知った今となっては、彼女が何を欲しているのか、何を恐れているのか、彼にもよくわかっているでしょう。自分の気持ちも今更知らないふりできないでしょう。
いい加減、ちゃんとするべき頃合いなんじゃないでしょうかね。