【亡びの国の征服者 1 〜魔王は世界を征服するようです〜】 不手折家/ toi8 オーバーラップノベルス

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家族の愛を知らぬまま死んだ男は、異なる世界で新たな生を受ける。ユーリと名付けられた彼は、両親の愛を一身に受けながら新たな人生を穏やかに過ごしていく――はずだった。しかしユーリ達の住む国家群は大陸の広域を支配する“もう一つの人類”に脅かされ、亡びの危機に瀕していた。ユーリとその家族も無関係ではいられず、戦乱に巻き込まれていく……。
槍を振るい鳥を駆る王国の剣――騎士家。そんな騎士家の名門ホウ家の頭領だった叔父の戦死が、殺し合いを嫌って家を離れていたユーリの父を再び騎士の世界に引き戻す。そしてユーリもまた騎士を育成する騎士院への入学を余儀なくされ、そこでの出会いがユーリの、そして王国の運命を大きく動かしていくのだった――。
これは、愛する者達のために戦い、のちに「魔王」として世界に名を轟かせる男が歩んだ覇道の記録。
「小説家になろう」で話題の超本格戦記譚、ついに開幕!

この作品がついに書籍化かー、感慨深い。古参の作品の中でも、なぜこれが書籍化にならないんだとずっとやきもきしていた作品でしたからね。一度、いや二度か。年単位で更新が途切れたときはもはやこれまでか、と覚悟も決めただけになおさらに。
はぁ〜〜。うん、ウェブ版既読です。つまり、最新話まで読んでいて、この作品のタイトルである【魔王は世界を征服するようです】の意味の一端を知ってしまっているということ。
あの衝撃は未だにわだかまっていて、自分の中で渦巻いています。なので、この物語をもう一度最初から、ユーリの幼い頃からまだ彼が何も知らず、ただ幾つもの愛情と友情を受け入れ与え合う姿をはじめから見つめ直すという事に、今いい知れぬ感情の波を湛えています。
ユーリの、ユーリとしての人生が今、こうしてはじまっていることに。彼という人間を構成する根本となる日々が、人々との出会いが、大切な人たちとの繋がりが生まれていくすべてを、今こうしてもう一度最初から見守り直すということに、色々と堪えきれずに溢れてくるものがあるのです。
この一巻だけ見ると、【魔王は世界を征服するようです】というタイトルは少々意味がわかりません。どうにも、タイトルが内容の実際を表しているようには見えないからです。魔王という要素が、どこにも見当たらない。文脈からして、魔王とは主人公のユーリを指している事は自明なのですが、ユーリは辛辣な現実主義者という側面があり、徹底して敵となる要素を排除する冷徹さこそあるものの、そこに魔王と呼ばれるほどの危うさや残酷さ、非情さや危険性は見受けられません。家族への愛情に溢れ、友情を大事にし、どこか突き放した所はあるものの懐に入れたもの、頼られた時に相手を見捨てられない情のある当たり前の善良さを持つ少年です。
実のところ、この一巻に留まらずこの物語はタイトルからどこか乖離したように、滅びゆく国を、亡びゆく種族を何とか自分の手の届く範囲で守ろうと、大切な愛する人たちを生き延びさせようと奮闘する少年の、青年の、抗いの物語であり続けます。
そして、この一巻は彼がその人生を捧げる事を厭わないだけの、情を交わすことになる大切な人たちとの出会いの章です。尊敬スべき、でもどこか善人過ぎて放っておけない父親ルークと、愛らしい母親スズヤ。前世で親の愛情に恵まれなかったユーリに、人の親として目一杯の愛情を注いでくれて、この主人公に人を愛し世界を愛することのなんたるかを教えてくれるとても素敵な両親。ユーリの人生の指針となった二人。
そして頭脳明晰で人並み外れた知能を持つが故に他者から理解されず孤立しがちだった従妹のシャム。やがてユーリの片腕となり、あらゆる意味で彼の理解者となり共犯者となり罪と罰の共有者となるミャロ。
最後に、ユーリの生き様を決定づけることになる、彼の人生にとっての光であり災厄であり全てとなるキャロル・フル・シャルトル。
どこか淡々とした語り口で描かれる文章の中で踊る登場人物たちは、その乾いた地の文の中で驚くほどに瑞々しくその為人をきらめかせていく。グイグイと、引き寄せられていく。心、惹かれ囚われていく。
まだこの一巻で子供でしか無く、育った領地から騎士院と呼ばれる学校に通い出したばかりのユーリの目に映る世界は、まだまだ狭い。豪族たちの駆け引きも、魔女たちの陰惨な陰謀まみれの在り方もまだ知らず、宮廷政治の闇にもまだ触れる機会はなく、この国に迫る人類という族滅という脅威もまだ遠い。ユーリ・ホウの物語はまだはじまったばかりだ。だからこそ、青春にもまだ至らぬ頃の子供時代の輝きがここにある。
ラストの、ユーリがはじめて目のあたりにしたキャロルの笑顔は、その象徴とも言うべき光だろう。
居丈高で傲慢で、一生懸命背伸びして自分を高く強くみせようと頑張る王女さま。でも、意地を張りながらも素直にお礼を言えて、健気さも見せてくれる女の子。
キャロルと繰り広げた、最後の冒険は子供が経験するものとしては範疇を越えていたと思うのだけれど、その締めに二人で市井の食堂でミートパイを頬張る様子が何とも微笑ましく、ただの切った張ったの逃亡劇で片付けず、こうやって二人で買い食いして終わらせた事がこの一件を黄金の思い出として刻み込んだのではないでしょうか。きっと、生涯の思い出になったのでは、と。最後の笑顔に思い巡らすのです。
これからこそが波乱万丈となる二人の人生ですけれど、ここがスタートだったことを、二人にとってのはじまりだったことは、忘れられないでしょう。toi8さんの描いてくれた挿絵、最後のキャロルの柔らかな微笑みと重ね合わせて、きっと忘れないでしょう。

さあ、ではここからユーリ・ホウの物語を追いかけ始める事としましょう。傑作と呼ぶに相応しい本格ファンタジー戦記の開幕です。