【転生王女と天才令嬢の魔法革命 2】 鴉 ぴえろ/きさらぎ ゆり 富士見ファンタジア文庫

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国を揺るがす、姉弟喧嘩。
天才令嬢・ユフィリアとともに、王国を襲うドラゴンを討伐したアニスフィア。次なる脅威・ヴァンパイアの謎に迫っていく二人の前に、因縁の弟・アルガルドが立ちはだかる——王宮百合ファンタジー、激動の第二幕。


うわぁ、これはまた何というべきか。辛い、辛いなあ。天才の姉を持つ凡人の弟の苦悩……ならまだ救いがあったかもしれない。
でもアルガルドの抱えてしまった闇は、才能ある姉アニスを誰よりも敬愛し大好きであった事だ。
この国は魔法を使えないというだけで姉を全否定し、見下し貶めた。そうして姉に比べてただの凡人でしか無い自分を奉る。魔法が、この国の在り方が、自分自身の存在が最愛の姉を貶める。あれほど素晴らしい才能を、輝きを見せる彼女を侮り蔑む。
自分が大好きだった人を、傷つけるのだ。だから、彼は憎んでしまった。この国の在り方そのものを、魔法そのものを、自分を崇め奉るすべてを、呪い憎んでしまった。
そうした呪わしき憎き者たちの頂点に、この国の王座がある。自分こそがそれに相応しいと、皆が言う。何よりも、姉アニスが笑顔で突き放すのだ。
アル君こそが、王様になるんだよ。
そう言って、言うだけ言って自分に憎しみの象徴を押し付けて、アニス自身は自分から遠ざかっていく。アルが許容できなかった憎悪の対象を彼女は受け入れてしまって、自分にこの呪わしき王座につけと強いて、自分の前から去っていく。自分を突き放して、遠ざかっていく。
そうして、弟は姉から深く深く傷つけられた。最愛の姉だからこそ、彼は深く深く傷ついてしまった。愛するからこそ、そんな彼女を憎く思う。そして、そんな風に姉を振る舞わせた、自分を傷つけさせた自分自身を憎んだ。
もう、全部壊すしかないじゃないか。何もかもが憎くて、ぶち壊してやるしかないじゃないか。

だから、喧嘩をはじめた当初のアニスの説得は、説教はほぼほぼ全部空回りだ。逆効果ですらあったかもしれない。
それがただの天才の姉への嫉妬なら、周りの期待と実際との差異からくる苦悩なら、アニスの言葉は突き刺さっただろう。でも、アルガルドの憎しみの根源がアニスへのこの上ない敬愛に、愛情にあるのだから、この世界の仕組みそのものへの怒りにあるのだから、それを楽しめだなんて出来るはずがない。
愛する姉を虐げ侮辱し貶める在り方によって敷き詰められた玉座を、どうやって楽しめというのか。自らが憎悪するものの頂点にして象徴たる王座を、いかにして楽しめというのか。それを、アルこそが相応しいと他の誰でもない、アニスに言われてどう楽しめというのか。

多分、彼が自分の憎悪を楽しめない事こそが、彼が凡人であり善良であり真面目であったという事を意味しているのだろう。アニスが評価するように、彼は真面目で頑張り屋であったこそ、こんな形で暴発してしまったのではないだろうか。
もし、彼が自分の中で煮えたぎる感情を楽しめていたら、アルはこんなわかりやすい形で力を求めなかっただろし、力づくですべてを破壊していくようなやり方なんか選ばなかっただろう。
もっと悪辣に、執念深く徹底的に、チリ一つ残すこと無く自分の呪い憎む存在を、在り方をじわりじわりと鏖殺していったに違いない。ユフィを王妃に迎え何食わぬ顔をして王となり、この国の頂点に立ち憎しみの対象の一番奥深くに立ち、そこから誰にも邪魔されること無く気がつけば取り返しのつかないくらい徹底的な破壊を、価値観の粉砕を、自分の憎んだものを一つ一つ丹念に縊り壊して潰してすり潰していく破滅的な快感を味わっただろう。後に何も残らない、本当の破壊だ。
それは、とても楽しいことだろう。愉悦であろう。

そんな風に、弟くんは自分の憎しみを楽しめなかった。そういう純粋で真面目な子だったのだ。そしてやはり、凡人であったのだろう。
これはすべて、魔法を至上とする国の在り方に起因し、弟が姉を慕うという当然の家族の愛情が根源にある以上、避けられない帰結であり、誰にも最初から救いようがなかったのだ。
少なくとも、アニスが自分を否定するこの国の在り方を受け入れてしまった段階で、それを壊そうとせず、しかし自身の輝きを隠そうともせず煌めかせ続けた段階で。すべてが始まってしまった。手遅れになってしまった。
それが、弟を守るためだという愛情ゆえの事だったとしても。その愛情がトドメになったのだ。

はたして、ユフィリアは結局この姉弟の相克に割って入ることが出来なかった。いや、決定的なお互いの気持ちが通じ合わないままでの悲劇を、割って入って避けられたのは間違いなくユフィの献身によるものなのだけれど。
こうなってみると、ユフィのことをアルが受け入れる余地はなかったんだろうという事がわかる。少なくとも、アニスの下に身を寄せるまでのユフィは、完璧なまでに次期王妃として完成された存在だった。既存のルールに何の疑問も持たず、今までこの国を成してきた歴史を維持するためにあらゆる余分なものを排除した「システム」。アルが憎んだものをもっとも肯定する形の天才。まさに王座と並ぶ、アルにとっての象徴である。
自分が王座に座り、その隣にユフィが並び立つ。まさに完全なまでに望まれたこの国の在り方そのものである。
どうして、アルが彼女を排除しようとしたか何となく分かろうかというものだ。
でも、どうしてかユフィは真逆の存在であるアニスに保護され、本来対照となる天才同士が化学反応を起こしたように躍動をはじめ、ユフィ個人としても求められた役柄としての在り方ではなく、人間として自分が思う姿を取り戻していく。
皮肉な話だ。そして、より強くアルにアニスの光を意識させる出来事だったのかもしれない。

アニスは、愛する弟を救えなかった。でも、この上なく目前に突きつけられた。自分たちを取り巻く、この国の在り方の理不尽を。
今までは弟のために、目を伏せてきた。受け入れて、自分が身を引くことがより良い事なのだと受け入れてきた。しかし、アルガルドによってもう一度厳然と突きつけられたこの理不尽を、果たして今度はアニスはどう向き合うのか。
革命とは、成り行きで起こるべきものではない。意思を持って、起こすべきものだ。
タイトルにもある魔法革命、そのはじまりはここから、アニスの後悔からはじまったのかもしれない。