【狼と香辛料 XXI Spring Log IV】 支倉凍砂/文倉十 電撃文庫

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湯屋『狼と香辛料亭』を営むロレンスの悩みの種、それは家を飛び出していった可愛い一人娘、ミューリのことだった。憔悴するロレンスを見かねたホロは、湯屋をセリムたちに任せ、娘を訪ねて十数年ぶりの旅に出ることに。そんな旅の途中に立ち寄った町で、さっそくミューリの噂が耳に飛び込んでくる。それは、二人の知るお転婆娘とかけ離れた、“聖女ミューリ”の噂で―!?書き下ろし短編『狼と旅の卵』に加え、電撃文庫MAGAZINE掲載短編4本を収録した、幸せであり続ける物語第4弾!

こうして二人は結ばれ幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。そんなハッピーエンドのその後のお話、というパターンは決して珍しくはないのだけれど、そういう「アフター」を描くストーリーって、やっぱり一波乱も二波乱もあったりするんですよね。現実はめでたしめでたし、では済まなくて世知辛い現実的なその後を描く話もあったりする。
そんな中で、本作に限っては本当にその後も「めでたしめでたし」し続けてるんですよね。ホロとロレンスはずっと幸せに暮らし続けている、ずっと目出度い! そのなんて素晴らしい事だろう。
二人は、二人の物語の中を生きている。
これは至言だなあ。
そんな物語のハッピーエンドの象徴が、湯屋『狼と香辛料亭』であり、お客たちはそんな幸せの結末がずっとずっと続いているのを眺めにくる、確かめに来る。そうやって、幸せのおすそ分けを頂きにくるのだ。という、二人が旅に出た後を預かることになったセリムのお話には、なるほどなあと深く深く頷いたのでした。それが湯屋『狼と香辛料亭』の繁盛の秘訣だというのなら、笑顔と幸せが湧き出る湯屋という評判の根源なら、それはとても素敵じゃないですか。
そんな幸せをみんなが見に来て、笑顔になれるというのなら、この世界も人も捨てたもんじゃないのですから。

さて、十数年ぶりに宿の主人を脱却して旅に出たロレンスとホロ。うん、そうだよね、そんな長い間旅に出てなかったら、あれこれ錆びついてるよなあ。肉体的な衰えだけじゃなく、旅の関する勘所とかもね。まさか、火を付けることまで手間取るありさまになっているとは思わなかったけれど。
かっこ悪い、かっこ悪いよロレンス。でもまあ、そんな格好の悪さで愛想を尽かされるような付き合いはもうとっくの昔に卒業したわけで、というか最初から格好の悪さというのは愛想を尽かされる原因にはなりえない関係だったんですけどねえ。
それでも、若い頃は見栄を張っていたロレンスだけれど、夫婦となりお互いの事を理解し尽くした今となっても、まあ見栄というのははりたいものだし、格好悪い所は見せたくないんだよ、男というものは。それはそれとして、諦めて格好悪いところを曝け出すのもまた夫婦円満の秘訣というのをロレンスもよくわかってるんですよね。
十年以上も夫婦をやっていると、やっぱり以前の旅とは異なってくるという所もある。同じ二人きりの旅でも、年季が異なってるんですよね。かつての旅では成立していた二人の駆け引きが、もう今となってはあんまり機能していないんだなあ。
だって、あんまりにもお互いのこと、わかっちゃってるんだもの。どこまで押せば許してくれるか、どこまでなら引いてくれるか。その微妙な呼吸を、どうしたって自然に合わせてしまうのがこの夫婦なのだ。ほぼ完璧に、押し引きの境界ラインがわかっちゃうものだから、交渉の余地はあんまりなくジャックポットで取引が成立しちゃうんだなあ。
でも、それで無味乾燥になるかというとむしろ逆で、ホロも限界まで存分に甘えて強請るし、ロレンスもホロが気遣う限界点まで甘やかす。おかげで、出来る範囲の最大限イチャイチャしているようにしか見えない。
お互いの気持ちを種銭にして押したり引いたり駆け引きをすることで、まさに愛を交換していたかつての二人だけれど、そういう意味では今回の旅でもイチャイチャは、夫婦のイチャイチャだよなあ、と思ったり。
ほんと、お互いへの気持ちが冷めるどころかむしろ募ってるんじゃないだろうか、というくらいのお互い身を寄せ合い肩を寄せあい頬を寄せ合い囁きあっているような睦み合いは、まったくもってお熱いことで。なんでミューリしか子供生まれてないんですかね!? と、言いたくなるくらい。
今からミューリの妹でも作っていいんじゃないだろうか。

さてのんびりと、とりあえずの目的である娘のミューリとコルに会うためにその足跡を追う二人、と言っても急いで追い回すのではなく、のんびりと旅行気分であっちこっち食べ歩きする気満々なんですよねえ、特にホロ。
そんな旅先で行き合ったのは、なんだか街の大問題を解決して有名になってしまった枢機卿なコルと聖女なミューリの噂。
なにやってんだーうちの子らは、となりつつさらっと自分たちも新たに起こりつつあった街の問題に慣れた感じで首を突っ込んでしまうの、ロレンスが相変わらずちょっと欲をかいてちょっと失敗してしまった補填のため、とはいえ手慣れたもので。
あれこれと四苦八苦して次々と起こる問題に頭を悩ませ、必死に振り回されるのを踏ん張って解決策をミューリといっしょに探り当てていたコルたちとは、やはり年季が違うというかなんというか。
もうでっかい案件にこっそりと一噛みする手練手管は、経験値たっぷり、という感じですよね。
そしてコルたちのように不用意に目立つこともなく、裏方に徹してなるべく皆に得や勝利が回るようにしつつ、自分たちもちゃっかりと……いや、最初からそれが目的、狙ってた報奨をサラッと掻っ攫っていく。
その肝心の報奨品が、ホロが心から欲しがっていたもの、というあたりが本当にロレンスと来たら相変わらずというかなんというか。ホロのためなら、もうどんな不可能案件だろうと簡単にクリアしてきやがりますよね、この商人。凄腕商人、というにはあまりに金にがめつくなく稼ぎも大きくないのだけれど、ホロのため、という冠がついた時なら訳の分からんレベルで軽くホロの望むものを持って来ちゃうんだよなあ。
しかし、日記だけでなく、絵として自分とロレンスの姿が残ってたら、そりゃあ永い永い時間のかけがえのない宝物になるもんなあ。ホロが、あれだけ取り乱して欲しがったのもよくわかる。

シリーズ感想