【空手バカ異世界 2】 輝井 永澄/bun150 富士見ファンタジア文庫

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空手でオークマフィアを壊滅、まるごと門下生にしてしまい異世界中の注目を集めた主人公!そんな彼の空手道は激しさを増すばかりで…。学院都市の平穏を守るため暗殺者と暗闇の決闘、異世界の狭間では武術を扱う古竜と拳をぶつけ合い、肉体派大賢者の超魔術には身ひとつで真っ向勝負!―そして、かつてこの世界を救った転移者と再び相まみえる時、空手家は己の限界を超えた更なる昇華を見せる…!「裏技ではだめなんだ。人の力でなければ…生身の人の、可能性でなければ世界は救えない」―これは、神の手と呼ばれる空手バカの真実の物語。

女騎士のエンディさんは、触手に絡まれるわスライムに飲まれて服溶かされるわ、とちゃんとノルマを達成するあたり、正しき女騎士の鑑ですねえ。

空手を信じろ!
名もなき空手家は、常にそう皆を鼓舞して強敵に立ち向かっていく。彼が掲げるのは決して彼個人の武勇ではない。空手という彼の戦う術(すべ)をこそ信じろと謳うのだ。
それは単なる空手至上主義なのか、とも思ったのだけれど違うんですよね。彼は空手を特殊な力ではなく、誰しもが強くなるための手段だと断じている。二本の足を持って立てば、誰もが学べ、誰もが強くなれる手段だと。
それは、ズルではない只人の力。選ばれしものの特別な力ではない、誰もが持っている可能性の発露。だから神の手(ディバインゲート・ハンド)と呼ばれた空手家は、その先頭を走っているかもしれないけれど、誰にも追随できない唯一無二の存在ではない。物語において、皆が空手を学び、武術を学ぼうと拳を握り、努力を始めている。
ウィルマ姫が最初に空手を学び始めたときは、そこに意味があるのかと首を傾げたものだけれど、それは確かに意味があったのだ。空手を学ぶということは、自分もまた強くなろうとして、特別な誰かに任せきりにせず、何もかも預けたりせず、自分もちゃんと背負おうという気概であり意志の発露だったのだろう。
勇者ジャヴィドが戦いの果てにすべてを喪い絶望したのは、彼がただ一人で走り続けた者だったからだろう。誰も彼を追いかけようとせず、勇者にすべて任せきり見送るばかりだった。その痛切な後悔こそが、ウィルマ姫に拳を握らせたのだろう。
物語の終わりで、人も亜人種も変わらず空手を学び、努力を積み重ねる姿はまさに、先頭を走る「神の手」を追いかけるようだった。誰もが等しく努力に数だけ強くなれる可能性、それこそまさに希望というものなのだろう。
空手とは過去から先人たちが積み重ねてきた叡智であり、歴史である。空手の強さは個人の強さではなく、人の積み重ねてきたものの強さだった。そして、空手は過去に留まらず、新しき戦いとの出会いによってさらに進化していく。この異世界で空手家が戦ってきたファンタジー武術家たちとの試合は、空手をさらに進化させていく。いや、この異世界に来る前ですら、現代に現出したボクシングなどの近代格闘術との交戦経験によって、空手は常に進化し続けていた。その結晶を、この異世界で空手家は示し続け、ファンタジー武術の理合を取り入れたさらなる進化を見せつける。

この主人公に名前はない。ただ神の手という異名で呼ばれるただの空手家という存在だ。彼にも過去があり、地球での人間関係もあったが、それもどちらかというと人のものというよりも空手家という在り方に拠るものだった。ならば、彼はもはや空手という概念の擬人化のようなものだったのだろう。
そうして、空手とはなにか。ただの格闘術でも強さの形でもない、それをこの異世界という現実世界では決して相まみえることのない異形の存在たちとの戦いを通じて、突き詰めていく。昇華していく、その概念を哲学を浮き彫りにしていく。そのための物語だったような気がする。
ストーリーというよりも思想を精査し、磨きあげていく、そんな作品だった。

それはそれとして、古代竜が使う竜の巨体、尻尾、翼、ブレスを技に昇華した武術を、古竜武術と呼ぶのはちょっとズルいw でもかっこいいw