【信長の庶子 二.信正、初陣】 壬生一郎/土田健太 ヒストリアノベルズ

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時は戦国。織田信長の長子、信正。通称帯刀(たてわき)。
『狐』と呼ばれる母直子から産まれ、家を継げないどころか息子として数えられもしていない帯刀だったが、家督や権力より、父を助けて家族兄弟で仲良くすること、何より日本の戦乱が早く終わることを望んでいた。
母から摩訶不思議な知識を教えられながら織田家をもりたて、そのおかげもあって、母いわく「1年早く」信長が京に上る事ができた。
しかし、将軍家に従わない朝倉義景を討つことになり、帯刀は、親友・森可隆とともに初陣にむかうことに…!!
二巻の書きおろしエピソードは、恭(と織田家の兄弟たちの)の知られざる物語!
歴史から消えた幻の長男×存在したはずの未来が交錯する、戦国IFエンタメの決定版。


この織田家、家族仲がほんとに良くって好きだわー。特に信長。完全に親ばかである。
一応家臣として扱わなければならない庶子の帯刀に、父上って呼んでもらえないからって拗ねるとか、養子となった村井の爺様や信広伯父の事は親父殿、と呼ぶのを聞いてさらに機嫌を損ねてブスくれるとか、ちょっとこのパパ信長可愛すぎますがな。
で、仕方ないので周りには聞こえないように、こっそり身内モードで父上と砕けた調子で話しかけたら途端上機嫌になるチョロさ。この親父、息子の事好きすぎである。
親バカすぎて、息子にまでめんどくせーと言われる始末。
また、バカ殿として後世まで知らしめられてしまっている織田信雄、この時期は茶筅という幼名で呼ばれているのだけれど、子供の頃から馬鹿なんですよね。でも、馬鹿な子ほど可愛いというじゃないですか。帯刀が一番兄弟でお気に入りなのもこいつで、馬鹿者呼ばわりしながら馬鹿で可愛い可愛いと言ってはばからないわけですよ。帯刀、茶筅のこと好きすぎである。まあでも実際馬鹿なので、色々とやらかすのですがそれ込みで可愛いんだよなあ。なにげにこのお兄ちゃん、馬鹿の操縦法もよく心得てるんだよなあ。
茶筅や奇妙丸の実母にあたる吉乃もこれ史実より長生きしてるのか。そのおかげで馬鹿をやらかした茶筅が大目玉を食らうことになり、先の伊勢の戦いで屈服させた名家北畠家に養子として放り込まれるはずが、いささか異なるルートをたどることになる。北畠家に放り込まれる事は同じなのだけれど、露骨な家の乗っ取りではなくなった分、さてどのような影響が出てくるのか。

さて、微妙に正史から外れ始めている本作。そんな中で母直子の指示により、師匠と呼ぶ前田慶次郎と奥村助右衛門の破天荒二人組と近畿漫遊の旅に出ることになった帯刀。と、その前にとある女性と顔を合わせることになるのですが……。
まだ相手が名乗らないまま正体も明かさぬまま、叔母であるお犬の方に連れられて女中ということで顔を合わせるのですが、このやり取りがいいんですよね。
今や評判の文士としても鳴らす帯刀に、直子の多大な影響で織田家の女子の間では文学ブーム(腐もありき)な中で自分もまた文章を書くようになった彼女。そんな彼女の記した詩歌や文集などに目を通した帯刀が、文章の感想を語りながら相手の女性の人となりへと触れていき、また彼女も帯刀という人物に触れていく。このやり取りがまた戦国の世の殺伐とした雰囲気とはかけ離れた、どこか穏やかでしっとりとした雰囲気で、じんわりと噛み締めさせていただきました。
この女性が、自分の妻となる女性であると察しながら、お互いそれには触れず、名乗りは今度正式に合った時に、と約束を交わすのがまたいい雰囲気でねえ。
巻末には、この女性……信長の庶兄織田信広の次女であり、帯刀にとっては従妹にあたる恭の書き下ろしのお話が描かれているのですが、幼少から戦国に生きる女性としてどこか諦めとともに生きてきた彼女が、戦ではなく違った分野で名をあげ世を変えていく帯刀の存在に励まされ、また直子という鮮烈な生き方をする女性と出会い、その生き様に憧れ、お市やお犬といった自分の先達である織田家の女性たちの、戦国の女としての堂々な戦い、振る舞い、そして心ゆくまで存分に楽しんでやるという姿に元気をもらい、彼女達とともに文学を大いに習い楽しみ語らいながら、つよく前を向いて背筋を伸ばして生きるようになる姿が描かれています。そうして、帯刀という人に惹かれ、彼と添うことになってドキドキが止まらなくなる。本編で帯刀とこうして顔を合わせた彼女、恭が実際そんな想いを抱いていたか、合わせて読むと思わずほんわかと温かい気持ちになるのでした。
この作品の女性陣は、みんな活き活きとして輝いていますわー。
イケメン至極にございます、には大笑いした。

前田慶次郎と奥村助右衛門とのぶらり三人旅もまたこれが慶次郎と助右衛門の濃いキャラクターも相まって、見ているだけで楽しかった。破天荒な傾奇者の慶次郎に、抑え役どころか煽り役でやりたい放題やらせてばかりな助右衛門のコンビは、ほんとどうしようもないな!
そんな二人に振り回されつつ、一緒に大暴れしてたりもする帯刀くんはこれはこれで大物というか、師匠にして弟子これあり、てなもんである。
その旅で会うメンツもまた濃い人たちで、松永弾正久秀はどの作品でも強烈な存在感を示す人なのですけれど、いや本作の松永弾正は魅力的な爺さんだったなあ……。いやもう彼に限らず誰に彼も強烈に惹かれる魅力的な人物ばかりなんだよなあ。
身の上を隠して入ることになった本願寺の石山寺内。その賑わいの真っ只中で出会った一人の坊官と若き小坊主二人。そのうちの一人は茶々麿と呼ばれ、いずれ教如の名で本願寺を率いる者である。
このあり得ざる出会いと交友がまた、大きく歴史に影響を与えていくんですよね。

そして、朝倉攻めの開始とともに、ついに帯刀信正、そして同世代の森傳兵衛可隆の二人もまた初陣を務めることになるのである。
この二人、ほんと親友と呼ぶにピッタリの間柄だったんですよね。直子の影響もあって、この時代ではまず無いだろう、傳兵衛君、帯刀君なんてふうに呼び合う二人。恭のために贈り物を買おうとする帯刀に付き合って、二人でぶらつくシーンなんてねえ。
決して価値観まで一緒な二人じゃないのですよ。この時代の武将の嫡子らしく、戦で功名をたてることこそ誉れとする傳兵衛くん。でも、直子と帯刀と深く交流することで様々な価値観がある事も理解していて、胸襟を開いて自分が思い描く帯刀の望みを、そう考えない者もいるのだと指摘し、自分もまたそうだと名乗りながら、しかし否定すること無くこりゃあ自分が見ていてあげないとなあ、と言ってくれる傳兵衛君。これからもずっとずっと、隣でどこに行ってしまうかわからない帯刀に付き合ってくれる、と言ってくれた親友。つい先だって、前田慶次郎と奥村助右衛門という得難い親友コンビの姿を目の当たりにしていただけに、あの師匠ズと同じように帯刀と傳兵衛もなっていくんだと思えたのになあ。

史実は、時に揺らがない。

これも戦国の世のならいといえば、それまでなのだろうけれど。ここまで丁寧に積み上げてきていた、二人の少年の友情の物語が本当に自然で何時までも続いていきそうな固くも温かいものだっただけに、尚更にキツい。キツイなあ。

そんな残酷な現実に荒れ狂う帯刀に、飄々と追い打ちをかけていくスタイルの竹中半兵衛さんw
いや、かなり帯刀の八つ当たり気味な所もあるのですけど、この平然と要らんことを言って人の神経逆撫でするのとか、実に竹中半兵衛らしくて好きw
そしてそんな人心をスキップで踏みにじっていくスタイルの竹中半兵衛をなんとかコントロールする斉天大聖こと羽柴秀吉。
昨今ではその業績が再評価?されて、腹黒陰険陰湿酷薄と結構な人でなし評価を食らうことになってきてる秀吉なのですけれど、本作の秀吉はめちゃくちゃイイ男なんだよなあ。少なくとも計算でどうのこうのしているようには見えない。帯刀への気遣いは本物のように見えるし、配慮も行き届いてるんだよなあ。そんでもって親身になってくれて、この秀吉からは媚びた嫌らしさというのが感じられなくて、情に厚い好漢になっている。
比叡山との交渉のときなんか、あれ全然付いてくる必要なかったもんなあ。既に立場もだいぶ高いものになっていたはずなのに、リスクばか高いあの交渉の場にわざわざ一緒に来てくれるんだから……。

荒れる帯刀を親身になって諭してくれるのは、配下となった者たちの中からも多く。ってか古佐こと古田佐助、のちの古田織部とか、完全に【ひょうげもの】の古織さんじゃねえか。笑い方とか。いや、あそこまで数寄に狂っちゃいねえですが、数寄ものの変わり者としてやたら面白い人なのは変わらないし。それでいて、しっかりと言うべき事は言ってくるあたり、頼もしくもあり。
真面目担当の大宮景連とのコンビがまた愉快なんですよねえ。

正史よりも一年早く上洛を果たした織田家一党。様々な要因が重なって史実とは異なる展開が各所に及びつつも、状況は朝倉攻め。そして運命の金ヶ崎に。
緊迫の撤退戦は、帯刀が殿軍の最前線で戦うのでは勿論なく、むしろ最後尾で殿を引き受ける歴戦の将たちの前で退いていく立場だからこそ、後方の戦況がわからず何処からともなく虚報が飛び交い、いつ後ろから敵軍が溢れかえってくるのか、いったい誰が裏切って誰を信用したらいいのかわからない、という霧の中の放り込まれたような焦りと何もできない無力感、冷静であろうとするほどモヤがかかってくる頭の中、と戦いの渦中でないからこその撤退戦の恐ろしさが伝わってくる内容で、これはこれで興味深く面白かった。
戦わなかっった立場だからこそ、ボロボロになりながらも勇壮に堂々と安全地帯まで戻ってきて、目の前に現れる殿軍の将たちの旗印・馬印がまたかっこいいんだ。これは燃える憧れる。
しかし、この金ヶ崎撤退戦、正史とは決定的に違う展開でもあるんですよね。
巻末の正史と作中の歴史との比較年表、これはかなり助かりますし便利ですわー。
正史よりもあまりに早く始まった、織田家に対する最強の敵との全面戦争。ここから織田家が受ける人的被害は目を覆わんばかりのものがある。ほんと、生きてたら歴史が変わってただろう、というくらいの重要人物が何人も潰えているんですよね。織田家試練の時である。はたして帯刀の働きはこの歴史の流れにどれほど抗えるのか。
激動の元亀年間のはじまりである。