【今昔百鬼拾遺 天狗】 京極 夏彦 新潮文庫

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昭和二十九年八月、是枝美智栄は高尾山中で消息を絶った。約二箇月後、群馬県迦葉山で女性の遺体が発見される。遺体は何故か美智栄の衣服をまとっていた。この謎に旧弊な家に苦しめられてきた天津敏子の悲恋が重なり合い―。『稀譚月報』記者・中禅寺敦子が、篠村美弥子、呉美由紀とともに女性たちの失踪と死の連鎖に挑む。天狗、自らの傲慢を省みぬ者よ。憤怒と哀切が交錯するミステリ。

篠村美弥子さん、あの榎木津礼二郎が主人公のシリーズの登場人物だったのか。あんまり憶えていなかったのだけど、あのシリーズは榎木津探偵がインパクト強烈すぎるからなあ。なんか総じてテンション高い傾向にあるし、あの京極堂まで。
ともあれ美弥子さん、ここでも一人かなりテンション高いのですけれど。敦子さんがどこかダウナー気味になり、美由紀はおっとりとしているという訳でもないのだけれど、あまり騒いだり声高く喋ったりする方でもないので何かと美弥子さんがあれこれ舌鋒鋭く語ることでぐんぐんと話が進んでいた気がする。
でもこうして美弥子さんがマシンガンのようにあれこれと語ってくれる分、美由紀の方は決して口数が多い方ではない、というのを改めて認識できるんですよね。とは言え、美弥子さんも決して無駄口を叩いている訳ではなく、感情に任せているとはいえ色々と考えての発言であり、またその発言内容を押し付けるでもなく、というか自分の舌鋒が強烈であるという自認はしてるしそれが押し付けになっているのでは、と自戒もしていらっしゃるのですけどね。でも、その口を閉じて黙る事はしないのだろうなあ。彼女には彼女なりに信念あって語っているのだから。
だからこそ、安易に迎合せず反射的に反対もせず、自分の言葉をちゃんと受け止めて咀嚼して、意見があれば訥々と述べて、わからなければわからないと、判断がつかないならちゃんとそう告げる美由紀のことを美弥子さんが気にいるを通り越してべた惚れするのもよくわかるんだなあ。
そして、そういう言葉を大切にする娘だからこそ、ラストの啖呵はいつだってよく響くのだ。鋭く切り刻むのではない、論理によって骨子を打ち砕いていくのではない、重さと衝撃を伴って頑なな心を激しく揺さぶるのだ、美由紀の正しき怒りを伴った言葉の啖呵は。

今回は時代を感じさせる男尊女卑の思想、いやもう時代遅れとこの当時から既になりはじめていた考え方が妄執に成り果てた末の悲劇でありました。
この当時ではまだ少数派であろう女性の社会人であり世相に関わる雑誌に携わる人間でもある敦子さんですけど、別に女性の権利を声高に訴える活動家でもなく、そちらに意識を高く持っているわけでもないのですけれど、立場上やはり色々と思う所はあるでしょう。同性愛なども含めて、公平であろうとする姿勢は好ましいものです。公平、フラットであろうとしながら実際は出来ていないんじゃないかという疑念を常に自分に対して抱いているところなど、尚更に。
こういう所が同性からも異性からも年齢の上下関係なく信頼される所なのでしょうね。
今回の一件は旧時代からのカビの生えた考え方が原因と言えば原因なのですけれど、思想だって度がすぎればただの妄執であり狂気です。原因と為った人のあれは、たとえ武士の時代であったとしても果たして受け入れられたか。彼のそうした妄執を育んでしまった下地が、思想教育にはあったのでしょうけれど、彼個人の罪を減じる理由にはならないでしょう。美由紀の怒りは、彼らの愚劣さにこそ向けられている。
ひどい事件でした。被害者には何の責もない理不尽でした。敦子さん、最初からある程度最悪の結末については想定してたんでしょうね。時折自分でも口にしてましたし。口にしてこそ、その最悪の想定が外れていてほしい、と願っていたのでしょうけれど。
自分なんかはわりとのほほんと大丈夫じゃね?と思ってただけに、ちょっとショックでした。
どこかで天狗隠しだと思ってたんですよね。これ、人間が起こした事件以外のなにものでもなかったのに、天狗の起こした神隠しのように話は帰結するもんだと、期待してしまっていた。
妖怪を語るようで、どうしようもなく人の話であるのだ、これは。
登山中に行方不明になった美弥子さんの友人の女性の衣服を着た、まったく別の女性の死体が別の山で見つかる、という謎が謎を呼ぶまさにミステリーという感じではじまったお話。入れ替わりトリックにしても、誰がどう入れ替わったのかが行方不明と為っている人間や残された衣服の様相や数の違和感など、入り乱れててわからず、ここらへんの錯綜を紐解いていく所はさすがの推理、推理じゃないか、謎解きで面白かったです。
美弥子さん、美由紀との相性も掛け合いのテンポも切れ味よくて、これこのままレギュラーになってくれてもうれしいなあ。敦子さんと三人で色々とできそうですし。