【デッド・エンド・リローデッド 1.無限戦場のリターナー】 オギャ本バブ美/ Niθ HJ文庫

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時空に関連する特殊粒子が発見された未来世界。第三次世界大戦を生き抜いた孤高の凄腕傭兵・狭間夕陽は、天才少女科学者・鴛鴦契那の秘密実験に参加する。しかしその直後、謎の襲撃者により、夕陽は契那ともども命を落としてしまう。だが気がつくと彼は、なぜか実験開始前の時間軸で目覚めていた…。繰り返される死とループ現象の中、次第に強まる契那との絆と、解き明かされていく謎。果たして夕陽は、契那を絶望の死から救い、世界を混沌の未来から守り抜けるのか!?超絶タイムワープアクション、第13回HJ文庫大賞・大賞受賞作。

ちょっ、これガチシリアス! 硬派硬派! おふざけやコメディの要素が介在する余地のない、真面目一辺倒のハードSFアクションじゃないですか。
いやだってこれ、作者の名前ぇぇ。これ見てしまったらどうしたって「んんん?」てなるじゃないですか。これを「予断」抜きに捉える事はやはり難しいですよ。なんだかんだ、積んだまま読むのを後回しにしてしまっていたのは、何となく大丈夫かこれ?と思ってしまう部分があったわけですし。
ただ名前通りのバブみに関してはこれもガチである。いや、ここまでガチでいいの!? と思ってしまうくらい真剣シリアスにヒロインである契那のバブみが凄いんですけど。だいたい、幼女の母性なんてのはラブコメを盛り上げる一要素に留まるものなんですけれど、本作においては契那という幼女博士の包容力、慈愛、母性こそが物語の根幹であり、原動力であり、救済なのだ。
物語はほぼ主人公である夕陽とメインヒロインである鴛鴦契那の二人によって成り立っている。謎の襲撃者によって、何度も何度も目の前で無残に殺される契那を救うため、夕陽は実験の影響で得てしまったループ現象を繰り返し、彼女を救う方法を探すことになる。何度も何度も、目の前で惨たらし死に様をさらす契那を目の当たりにしながら。
彼がそれに耐えられたのは、既に一度絶望を甘受していたからだろう。いや2度か。一度目は両親を戦争によって失った時。絶望に流されながら諦念と共に少年傭兵として生きていた彼を救ったのは、自分と同じ境遇で死にかけていた、しかし生きようとしていた少女を救った時。
自分と鏡写しだった、しかし自分よりも生きようとしていた少女を救うことで、再び生きる意志を得た夕陽の側には、いつしか妹としてあの時救った少女が共に戦うようになっていた。
そうして二人で戦って、生きてきた彼に突き付けられたのが、自分を救うために散っていった妹の死。自分の命よりも大事なものの死。自分を救ってくれた、生き返らせてくれた人の死である。
夕陽が契那博士の元で実験に参加するようになったのは、博士の実験が時空に関する粒子の利用を鑑みたものだったからだ。絶望の端にこびりつく僅かな願い、妹の死を覆せるかもしれない微かな期待。
それは博士によって、過去の不可逆性という理由で明確に否定されたわけですが。それを理解し受け入れながらも、夕陽が博士のもとを去らなかったのは、どうしても諦めきれない思いもあったのでしょうけれど、それ以外にも契那博士の夕陽への誠実で親身な態度があったのでしょう。デザイナーズチルドレンとして作られた天才である彼女は研究者の中でも孤立していて、だからこそ外部者・余所者として隔意とともに見られる一時雇用の傭兵である夕陽にも親身親切に接してくれて、いつしか懐くように親しくなっていたんですね。契那博士の方には、夕陽に一方的な負い目が有り、それに端を発して色々と夕陽に便宜を図ったり、何かと心配りをしていたわけですけれど。
この夕陽という男、年齢こそまだ十代なのですけれど、見た目ゴツすぎて少年には全く見えないんですよね。というか、絶対三十代のおっさんだろうこいつ。
でも、見た目の厳つさとは裏腹に夕陽って凄まじく物腰が低くて丁寧なのですよ。誰にでも敬語は欠かさないし、口ぶりはいつも穏やか。年下、どころか実年齢もまだ11歳で幼女の範疇にある契那に対しても子供扱いとかせず、見縊ったりもせず、しかし壁を隔てるでもなく、ちゃんと上司として博士として、何より女性としてレディとして尊重して敬意を以て接するわけですよ。好青年、どころじゃない好人物なんですよね。見た目イケメンよりも、こういうゴツい男の方が物腰丁寧に態度も低く穏やかに落ち着いた姿を見せてくれた方が、なんかぐっとくるものがあるんだなあ。

これで単に弱腰だったり気が小さいとかいうんだったら拍子抜けなのですけれど、夕陽は歴戦の傭兵らしくいざとなれば果断でまさに鋼鉄の意志を以て覚悟完了できるまさに兵士の鑑のような男。
でも、そんな男でも絶望に身も心も侵されていれば、なすすべなく朽ちた大木のように折れてしまうもの。そんな彼を、一度でも気が狂うような、いや自分の死だけならともかく、必ず目の前で自分に笑顔を向けてくれていた幼女が、まともな死体も残らないような死を何度も繰り返すという地獄が永遠と続くのを心壊されずに耐えられたのは、乗り越えられたのは。
まさに契那のバブみなんですよね。
夕陽の置かれているループ現象、その信じがたい状態を契那博士は毎回ちゃんと信じてくれるんですね。それは時空粒子の研究者としての理性的な判断でもあるのだけれど、同時に夕陽への絶対的な信頼であり、夕陽の地獄の苦しみを受け入れてくれる、抱きしめてくれる包容力なわけですよ。彼の絶望を察して労り、慈しんでくれる愛情であり、母性なのですよ。
そんな支えによってようやく立ち続け、戦い続けられる一方で、そんな慈愛を注いでくれた幼女がその直後、目の前で死体に変わるというより地獄度が増すというスパイラル。
それでも彼女は夕陽を許してくれる。絶対に彼の味方になってくれる。
弱音を吐きながらも、それをなかったことにして立ち上がろうとする夕陽を、後ろから抱きしめて彼のすべてを受け入れる、励ます、共にゆくことを誓ってくれる契那博士とのシーンは、まさにバブみの極致のようでした。相手は幼女とか茶化せませんって。神聖不可侵の純愛を物語るワンシーンですよ。
それは、やがて明らかになる襲撃者の正体と目的をも含めて、狭間夕陽と鴛鴦契那の物語として完成しているのである。幼女の死によって絶望し、その幼女によってその絶望と立ち向かい乗り越える。
テーマを絞り込み、一連なりの物語として枠組みを整え、美しいとすら呼べる配置によって中身を埋め尽くした、完成度と拡張性を並列させたまさに大賞に相応しい作品でありました。
率直に言って、素晴らしく面白かった!
しかしバブみが根幹にあるとは言え、幼女がここまで庇護されるモノでも上位者でもなく主人公の対等の相手として、ここまでガッツリとメインヒロインとして座している作品はホント珍しいんじゃないだろうか。