【ダークエルフの森となれ -現代転生戦争-】 水瀬 葉月/コダマ 電撃文庫

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褐色ギャル風ダークエルフとの同棲。そして種の生存をかけた戦争が始まる!

輝獣と呼ばれる自然脅威から日本を守る騎士候補生として学園生活を過ごす朝倉練介は、誰よりも駆動鉄騎の扱いに長け、優等生の仮面を被り、だがしかし温度のない日常に倦んでいた。
そんなある日、木の上から突如彼に飛びかかってきたのは、一人の黒ギャル女子高生……もとい異世界から転生してきたというダークエルフ、シーナだった。
挑発的な態度、嗜虐にみちた言葉、それでいて明るい、日だまりのような笑顔。そんなシーナに眷属として見初められた練介は、彼女とマンションで同棲を始め、やがて異世界から転生してきた魔術種たちの生き残りをかけたバトルロイヤルに巻き込まれていく。
これは世界から零れ落ちた二人の、大それた神話で――黙示録だ。

黒ギャルの装いとダークエルフって思いの外似合うなー。というか、これは絵師さんのデザインが素晴らしいというべきか。派手で享楽的な見た目の割に品の良さが伺えるのは、化粧のけばけばしさが見当たらなくてダークエルフという素体そのままだからなのだろうか。
というわけでダークエルフに、ヴィラン好きのグロ趣味を隠して品行方正の優等生として窮屈に生きる主人公が運命の出会いをしてしまう、というお話。主人公の趣味嗜好からして、水瀬さん元来のエログロ好きが詰め込まれていて、懐かしいというべきか相変わらずというべきか。
しかし主人公の練介は、ダークエルフを悪の象徴と見なして興奮気味に語っているけれど、実のところそこまでヴィランとしての印象ないんですよね、ダークエルフって。確かに、闇勢力側の種族として基本扱われているけれど、わりと悪役としては採用されてないんじゃないだろうか。ダークエルフの原体験というと自分はやはり【ロードス島戦記】のピローテスなのだけれど、ダークエルフのキャラでも最古参だろう彼女からして、決して悪役ではなく主人公と対をなすライバル役の恋人として、愛に一途なキャラでしたからね、そんな「悪」というイメージは全然ないわけです。
もっとも、練介の思い描く「悪」というのは犯罪的なものや邪悪で他者を傷つけるモノというジャンルではなく、アウトサイダー……。品行方正で誰の目からも清く正しく秩序だったもの、から外れたもの、自由で何ものにも捕われず、人から後ろ指さされるような後ろ暗さを抱いてしまうもの、というイメージなのだろう。
実際、シーナは自由奔放で規範に囚われず自儘に振る舞う人物だけれど、無闇に人を傷つけて喜ぶような悪質だったり悪趣味な人柄ではない。他者から虐げられることに傷つき、裏切られたことをトラウマのように抱えているある種真っ当な感性の持ち主である。
元の世界では嫌悪され排斥され問答無用で踏みにじられるだけだったダークエルフという種族そのものを、好きだと叫んだ練介に興味をいだき、ダークエルフな自分に隔意を抱かないどころか好意を向けてくる事に嬉しさを感じてしまう、その時点で彼女の感性というのは真っ当の類なんですよね。
むしろ、歪んでいるのは朝倉練介の方なのでしょう。その歪みは、親をはじめとした外圧によって無理やり押し込められ型に嵌められることで中身と体面との齟齬が軋みをあげて徐々に破綻しはじめていた事による歪みだったのでしょうが。
彼にとってダークエルフという悪の象徴は、自分を偽らずに型にも嵌められずに自由に自分を曝け出しているという憧れの象徴だったのでしょう。そしてシーナは、その思い込みから一切外れることのない彼の思い描くダークエルフそのままだった。閉塞感に狂を発して、投げやりに自死を選ぶほどに追い詰められていた練介にとって、それは今までのすべてを投げ捨ててもすがりつきしがみつくに十分な憧れの具現であったのでしょうか。普通はこんなに懐かれてはドン引きするし警戒もするんでしょうけれど、シーナにとっても彼の無窮の好意は、今まで望んでも得られなかったプラスの感情であり、どうしようもなくガッチリ凹凸がハマってしまったんでしょうな。シーナが、一時なりとも得られたと思ったそれを裏切りによって踏みにじられてしまった後だった、というのも大きいのでしょうけれど。
最初は二人共、ガワだけだったと思うんですよね。練介はダークエルフという象徴に夢中でシーナという個人を見ているわけじゃなかった。シーナも、その野放図な好意が心地よくて練介という青年については興味半分で覗き込んでいるような状態だった。
それがいつしか、練介が好きだ好きだ、と公言する相手がダークエルフという存在ではなく、シーナという個人へと変わっていっていたのはいつからだっただろう。練介自身は、最初から最後までダークエルフを悪の象徴として奉り、ダークエルフが好きだと言い続けているけれど、たしかにその好きはいつしかシーナという個人へと向けられているんですね。練介自身はその事に気がついていないのか。意識すらしていないのか。それは、体面を繕うことに人生の大半を費やし、生きるエネルギーの大半を注ぎ込んでいたが故の思考の硬化なのかもしれない。体面の奥に押し込めた自分の本音、素の気持ち、表に出せない趣味嗜好。いつしかそういう自分の本来の内面すらも、無自覚に型に嵌めて「本当の自分はこうなんだ」という枠に当てはめてしまっている気がするのだ。その「本当の自分」を一生懸命振りかざして、シーナに尽くしているけれど、どうにも「ダークエルフが好き」という主張だけが後半に行くほど浮いて見えるのだ。シーナへの一途なほどの好意、自分が変質しても変わることなく彼女と一緒に居続けたいと願う気持ちが自然で想いに満ち満ちているだけに、尚更にそれが「建前」に見えてしまう。いつしか、「本当の自分」という形が、自分自身に見せる体面になってやしないだろうか。練介の本当の気持ち、本当の想い、いつしか「本当の自分」から溢れ出して不定形の型にはまらない自由なものとして、自然に溢れ出しているように見える。
それだけ、朝倉練介という青年が押し込められていた型枠というのは、窮屈なものだったのだろう。押し込められていた内側にまで根付いてしまうほどに。
だから、ダークエルフという種族が好きという言葉とシーナが好きという言葉が重なった時、君と一緒に居たい、と。好きな子と、はっきり言葉に出来た時に、彼は解放されたのだと、思うのだ。
さながらそれは、世界を救う話なんかじゃなく、一人の青年と一人のダークエルフが孤独と閉塞から救われる話。
運命のようなボーイ・ミーツ・ガールのお話だったという事なのだろう。

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