【TRPGプレイヤーが異世界で最強ビルドを目指す 2 ~ヘンダーソン氏の福音を~】 Schuld/ランサネ オーバーラップ文庫

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この出会いは致命的(ファンブル)!?

魔導師アグリッピナに窮地を救われたデータマンチ転生者のエーリヒ。彼はアグリッピナから、妹のエリザが「半妖精」であると告げられる。
そして「半妖精」の悲惨な運命を避ける唯一の道として、契約を結ばないか、と――。
契約により、エリザは弟子として、エーリヒは丁稚としてアグリッピナと帝都の魔導院へ行くことに。
故郷を離れるエーリヒは、マルギットに一つの誓いを捧げるのだった。
一路帝都へ向かう旅路の中、エーリヒの前に現れた妖精。
彼女がもたらす新たな物語の行方は、どうしようもなく致命的……!?
ヘンダーソンスケール行方不明のデータマンチ冒険譚、待望の第2幕!


わりとこれ、アグリッピナとの出会いをきっかけにしての、故郷との離別は「ヘンダーソンスケール1.0(致命的な脱線によりエンディングに到達が不可能になる)」に該当するようにも見えるんだけれど、そうはならないという当たりにエーリヒの冒険者になるという夢が行き詰まったわけではなく、またマルギットとの約束が不履行となるわけでもないことが、示唆されていると思われる。
まあエーリヒのやりたいようにやるのだ、という生き方の中には愛する末妹のエリザの良き兄として彼女を守る、という事も多分に含まれているので、エリザが半妖精として生まれていた以上は、アグリッピナ師の提案は、エリザの行く末を思うなら唯一無二の道ではあったんですよね。
それでも、将来の展望、力を蓄えてある年齢に達したら冒険者となり村を出て、思うがままの旅に出る、そこには幼馴染の少女の姿も隣、というか背中にあって、という確かなそれなりに細かく予定を敷き詰めた計画が建ててあったにも関わらず、それらを全部放り捨てて、故郷を出るはめになってしまったわけですからね。人生うまくいかないものである、特にTRPGプレイヤーなら尚更にここぞという時にファンブルかますのは必然とすら言えるのである。
とはいえ、溜まったもんじゃないのは家族であり、人生を共にする約束をしていたマルギットなんですよねえ。アグリッピナ師の提案は、まあ自分の都合優先、引き篭もり欲求を叶えるためにエリザを弟子として招く、というのは大変に自分に利のある事ではあるんだけれど、この人にしてはエーリヒやエリザたちにも配慮しまくってくれてる取引ではあるんですよね。
それでも、普通ならばエーリヒの丁稚契約というのは要求される金の単位からして永久雇用である。辺境の農民が左右できる金額と、魔導師の弟子となるエリザが必要となる金銭の桁は文字通り、2つ3つ異なってくるわけで、それを稼がないといけないエーリヒは当然雇用主であるアグリッピナ師にそれだけ奉仕し続けないといけない。
本来なら、これはもう二度と故郷には帰ってこれない、と思われても仕方のない旅立ちなんですよね。マルギットも、エーリヒに会いに来た時の悲愴さからしてそのあたり、覚悟はともかく理解はしていたんじゃなかろうか。でもこの少年と来たら「5年かそこらで上がれたらいいなあ」である。
しかし、5年ですら今14歳のマルギットからすると待つには長過ぎる年月。そもそも5年で年季明けるかどうかすら、普通に考えたら一生涯借金地獄から逃れられない金額を思えば怪しい所。
でも、信じるわけですよ、この娘は。行き遅れになっても、冒険者になると誓った幼馴染をここで待っている、と約束するのである。もうなんか、敵わないよね。
子供同士の拙い約束ではないのは、マルギットとエーリヒの間で交わされた誓いの儀式でまた明瞭なのである。ただの子供の約束で、あんなふうに重く妖しく神聖な「交換」は成せないですよ。
ある意味、どれほど時間が流れても、どれほど距離が離れても、彼女マルギットこそがその定位置を据え定めた、と言える一幕でありました。
でもしばらく、この幼馴染とは残念ながらお別れ、となってしまうんだよなあ。うん、大丈夫、彼女これでフェイドアウトということはないので。その場所は譲らんのでありますよ。

この別れのシーンでもうひとつ印象的だったのが、親父さんとのシーンなんですよね。秘められた父親の過去がその口から語られ、末妹を守って旅立つ我が子に己の過去の夢の残滓と拠り所を託して送り出す。それが、息子が夢を叶えるための旅立ちならば、大いに祝福してのことなのだろうけれど、誰の意にも沿わぬ苦しい別れとなるのなら、そこに託す思いの痛切さはいかばかりか。
しかし、愛娘を託せるに足る男に育ったという末息子への信頼もあり、忸怩たる思いを抱きながらも安心がある。父から子へ、家族の一幕としてはこう染み入るシーンだったんですよねえ。
本作はこういう何気なくもじんわりと染み入る交流のシーンが多くて、なんか熟成が進んで出汁でも溢れ出てきそう。それくらい、味わい深い情緒があるんですなあ。

そして、そういう情緒をさっぱりと理解しないし出来ないアグリッピナ師みたいな、人間とは根本的に異なる価値観の元に生きている長命種、みたいなのがどんどん出てくるのが、種の坩堝となる帝都なのですが……おおう、そこまでたどり着かないのか、お話。
まあアグリッピナ師みたいなの、早々居ないんですけどね。居てたまるか、というくらいなのですけど。長命種というのがどれほどイケててイカレた種族なのかは、実にしみじみと作中でも語り尽くされるのですけれど、その中でもとびっきりの変人極まっているのがこのアグリッピナ師であり、変人=魔導師という基本方程式の中ですら「アグリッピナ」という特別枠で括られそうな人なのである。
まあエーリヒの方も「エーリヒ」という特別枠で括らないとアレすぎる人種なんですけどね。魔導師の丁稚なんてものにならなきゃならなくなり、故郷も出て、まだ7歳の分別もつかない妹の面倒もいなくちゃいけなくて、人生オワタ、みたいな境遇に陥ったにも関わらず、後ろをまるで振り返らずにグジグジと思い悩まず、至極前向きに現在の境遇でバリバリビルド鍛え上げるぞー、とワクワクしているあたり、何気にどんな人生歩んでても幸せになれる奴なんだろうなあ、と実感する次第。
実際、ヘンダーソンスケール1.0が発生して、IFルートに突入する際もどんな境遇立場に陥ってても、ほぼほぼ人生満喫してるもんなあ、こいつ。
しかし、そういう前向きの権化のような人物でも、耐え難い試練というものはあるもので。
実質初陣となる戦いで、そのラスボスがこれ、というのは厳しいにもほどがあるでしょう、居るのならばGMさん。ゲームバランスとして反則、というのではなく精神を摩耗させるという意味で。
というか既に戦闘に関しては、この段階で意味分からんレベルなんですよね、エーリヒって。比べる対象が殆ど現れない上に、居てもアグリッピナ師みたいな超絶存在だったりするのでエーリヒも自分の現在の立ち位置把握しきれてないようだけれど、現段階でちょっとおかしいですもんね。
それに、アグリッピナ師によって魔法のロックが外されて、魔法が使えるようになったという所で、覚えた魔法がアレである。炎とか氷、とか定番のそれではないというのは、フワフワとした魔法使い像に引っ張られるTRPGプレイヤーではないのですよ、と言わんばかりで。というか、よっぽどキャラビルドについて日頃から練りに練って思い巡らせてなかったら、こんな発想そうそう出てこないでしょうしねえ。いやまあ、人生そのものを費やしてビルドに勤しんでいる人物なので、それこそ息を吸い息を吐くようにビルド練ってるんでしょうけれど。
でも、この発想は面白いよなあ。後々までエーリヒの戦闘面のみならずあらゆる場面に置いて得難い効力を発揮し続ける「見えざる手」とのファーストコンタクトである。いや、能力にコンタクトというのも変だけれど、ある意味彼の相棒みたいな能力になりますからなあ。
しかして、初期段階から既にわけのわからないレベルの汎用性を見せてるんですよね。どんだけ便利で応用範囲が広いんだか。ここらへん、プログラムの組まれたゲームではなくTRPGというGMとの駆け引きでどのようなケースにも対応できるゲームのプレイヤーならではの発想の自由さと、それをシステムに組み込んで、はめ殺しを図る応用力か。

ヘルガ編については、書籍用の書き下ろしでウェブ版にはなかった展開なのですけれど、エーリヒにとってはきつい試練でありました。あのラストシーンもさることながら、そのあとの「Tips」の語りがまたここでは凄く優しいんですよね。ただの説明文のはずなのに、ヘルガの想いを伝えてくれているようで。
ここに限らず「Tips」は時にウィットに富んでいたり、アイロニーをきかせていたり、と実に表情豊かで、話の余韻を際立てせてくれる。この作品の色彩の鮮やかさを担う特徴の一つでもあるんですよねえ。

さて、次こそはようやく魔都たる帝都を舞台にシティーアドベンチャー! まではいかないか。それでも、この世界の不可思議で魅力的で怪しげな設定群の精髄が詰まったような都市であり、その情景描写、街を歩き人と出会うシーンだけでも凄まじい情報量が飛び込んできてワクワクしてしまうような舞台がここからはじまるわけです。いやあ、ここまでで楽しかったという余韻に浸るまもなく、ついつい次回に思いを馳せてしまいます、ワクワク。