【竜と祭礼 3.神の諸形態】 筑紫一明/Enji GA文庫

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“竜の杖”の依頼から季節はめぐり、冬。イクスは作杖のため、ある修道院へ向かっていた。
亡霊哭く“神の街”エストーシャ。魔法杖の祖レドノフの伝説が残るその街で、イクスは職人仲間と出会い、自らの職人としての在り方を見つめ直しはじめる。
その頃、故郷に戻るはずだったユーイはマレー教の勢力争いに巻き込まれ、ノバとともにエストーシャの神学会議に出席していた。異教徒ユーイを召喚した新派の狙いとは──。
レドノフの“究極の杖”は実在するのか。マレー教の、そしてルクッタの神とは。
謎の爆破予告で神学会議に動揺が走るなか、イクスとユーイの思惑が“星拝”の日に交差する。

杖職人たちの物語、雪と星の第3巻。
面白いもので、これって文章の筆致の質なんだろうか、冒頭から物語から伝わってくるのは静謐と言っていい静けさなんですよ。元々静かなお話だったのですが、舞台が冬となり雪がけぶる季節、そしてイクスたちが訪れた街は神の街と呼ばれる聖職者たちが集う場所であるせいか、行間からシンとした冷たいような痛いような静寂が伝わってくるのである。
イクスという人間自身、多弁ではなく物静かな男、というのもあるのだろう。彼らが招かれた場所が修道院という騒がしさから遠く離れた場所、というのもあるのでしょう。でも、登場人物の一人である見習い職人のシュノという子は黙っていたら死ぬのではないか、と思えるほどに益体もない事を喋り続けるえらい騒がしい子だったのですが、こういう子が一人常に居続けているにも関わらず、この静謐という印象は物語の最初から最後まで揺るぎないのである。
静かな世界、静かな物語、こういう印象を頭から強烈に突き付けてくるだけの色を、文章に込めることができるというだけで、この作者さんはある種の特異な才能の持ち主だよなあ、と思ったり。
今回はさらに主人公の一人であるイクスが、職人としての在り方により求道者のように踏み込んでいく、という話の中身にも大きな要素があったようにも思います。
図らずも、同時に同じ街で行われている教会新派の信仰規定の会議の中で、杖の職人を聖職者として教会に取り込むべきではないか、という話し合いが持たれているのですけれど、彼ら杖職人のより良い杖を作るために目の前の作業に没頭していく姿は、神に祈りを捧げる聖職者の姿に重なるようにも見えるのです。一方で、彼らが求めるのは杖という道具への探求であり、神の信仰とは全く異なるはずなのですけれど、そこにまた一神教の信仰論理が、何事にも神の意志、神の奇跡が介在するという論法が杖職人たちの在り方にまで入り込んでくるのである。果たしてそれは受容なのか、侵略なのか。
ユーイもまた、そうした教会新派内の信仰論争の中に放り込まれ、自分の立ち位置を模索するはめになっていく。彼女の場合、異教徒の姫であり敗残者であり虜囚にも似た存在、という立場もあって、元々難しい舵取りを求められる立場だったのですが、結局これって彼女生贄に等しい立ち位置だったんですよね。彼女自身、何も出来ないまま翻弄されるしかなかったはずの所から、ほぼ自力でその信仰論争、或いは教会新派内の政争においてプレイヤーとしての立場を、誰にも悟られないままスルッともぎ取ってみせたその手練手管たるや、いったいいつの間にそんなものを身に着けたのか。
彼女の目指すものが、いわゆる政治の世界にあるというのなら、頼もしいというべきか空恐ろしいというべきか。
図らずもユーイのピンチを目にしたイクスが仕掛けた論陣の、ある意味初々しいとすら思える素朴さを思えば、ユーイのそれは彼女自身の欲望もあいまって悪辣ですらあるんですよね。しかし、彼女としては最低限のあがきでしかなくもあるのですが。主導権を掠め取ったとはいえ、彼女が教会の尖兵という立ち位置に追いやられてしまったのは確かですし。でもユーイ、その立場を利用して将来的にイクスの身柄をゲットしようと図ったのは、さてどういう真意によるものなんですかね。というか、彼を欲した理由というのはなんなんだろう。個人的な感情? 或いは、彼が考案してしまった熟練の職人という存在を無為にする量産化の発想の確保のためだろうか。まあ、安易にどちらか片一方、なんてものではないのだろうけど。まあ彼が考案した杖の話を聞いたのはすべてが片付いた後なので、それはないのだけれど、イクスという杖職人の腕前と彼がもたらす魔法杖の強大さを求めていたのは間違いない、実際ユーイは明言しているし。
……でも、イクスが思いついてしまって彼自身、苦悩しているそれって、国家規模で見ても相当にやばい戦力となりかねないものなだけに、これを利用する目算を立てているのなら、ユーイの中でかなりの深度の野望みたいなものが湧いているのだろうか。
これだけ、身勝手に翻弄されて場合によっては処刑されかねない所に放り込まれた身としては、何も考えないわけにはいかないのだろうけど。
しかし、イクスのアプローチがまさかそっちの方向に行くとはなあ。師匠は、彼のような発想は出来なくても、彼がそっちの方向に向かってしまう事は想定していた、ということなのだろうか。魔力無しのイクスにしか出来ない発想。それはもう、究極の杖の向こう側、と言っていいのかもしれない。
しかしだからこそ、彼は職人としての柱を失ってしまった。彼の中の神を裏切ってしまった。
背信者二人、というラストシーンの表現は、なんとも胸を締め付けるものがあった。その罪は己のうちにあり、お互いに許しあえる関係ではない。いいじゃないかそれで、と許してくれる人も今の所彼らにはいないんだろう。彼らの救いは、どこにあるのだろう。少なくとも、彼らの前から竜は去り、彼らの中にはもう神は居ない。