【虐殺スペック赤三月さんと低スペック九木野瀬くん plan.2】 蓮見景夏/こーやふ オーバーラップ文庫

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周囲の心を殺すほどの圧倒的な才能『虐殺スペック』。
低スペックな俺、九木野瀬伊吹は、【万能】の虐殺スペックを持つ絶対的美少女・赤三月朝火の攻略本制作に巻き込まれてしまった。
夏休み前の休日に出かけた俺は、本屋で出くわした朝火に誘われ、黒花とともにテニスの試合を見学することに。
試合を優位に進めていた朝火だが、あろうことかケガをしてしまう。
真意を問いただすと、「人間関係」の攻略法のためにサンプルを取ったとか言い始め!?
そして、『あいつ』も学校にやってきて――。
低スペックが虐殺スペックと挑む人生攻略本制作、第2巻!
あー、これ終盤あたりから展開に巻きが入っている様子が伺えるんですが。歌ノ森という赤三月に匹敵する総合虐殺スペック・戦争の持ち主の登場までは予定通りだったのか、それとも九木野瀬伊吹の過去に因縁を持つ彼女の出現自体がクライマックスへのトリガーだったのか。
九木野瀬くんの容姿と恋愛に関しての人生攻略本作成、黒花に宿題出されてまだそれがはじまった所で急転してしまいましたからね。いや、ここで状況がそっちに急転してしまうのは、九木野瀬の変化の分量が足りない、少なくとも人生攻略本の作成が全然進んでなくて、赤三月が密かに抱えているだろう問題や悩みに対してのアプローチ、或いは攻略の材料が全然足りないままポイント・オブ・ノーリターンを越えてしまったんじゃないだろうか。

……黒花夜はアホかわいいなー(現実逃避)

赤三月朝火が九木野瀬伊吹に何を求めていたのか。詳しい所は結局の所わからない。話はそこまでいかなかったし、そこに行くにはまだ赤三月も九木野瀬もスタートラインに立っていなかった、というのがラストの展開で明らかになる。
ふたりとも、お互いの実像をちゃんと直視しきれていなかった。相手に幻想を押し付けて、そうして出来た虚像を見ていただけだった。いや、それは赤三月朝火という人物を、九木野瀬伊吹という人物を形作る様々な側面の中の一つであり、実像でもあったのだけれど、その一面だけを見ていることでやはり本来の姿とはまた違った虚飾をかぶせた上っ面だけ。その内実を無視していた、目に入っていなかった、というべきか。
九木野瀬伊吹の場合は、赤三月たちを虐殺スペックなんて言葉で繕って自分とは根本から存在が違うという線引きしていた。というよりも、あれは憧れに近い特別視、いやここまで来ると神聖視していたとすら言えるのかもしれない。信奉に近いナニカ。
しかし赤三月だろうと、中学時代から近しい仲だった歌ノ森だろうと、彼女らがどれだけ特別な存在で世間からも隔絶している能力の持ち主であり、実績を伴う才能の塊であったとしても、一皮剥けばただの年相応の女の子だ、という当たり前の事実を、この男は信じていなかった。
彼女らは本当に特別で余人とは違う存在なのだと、本気で思っていたのだ。
それが間違いだということを、すでに彼は中学時代に歌ノ森との出来事でわかっていたはずなのに。痛感していたはずなのに。
彼は未だそれを「裏切り」だとしか感じ取れていなかったのか。
だから、赤三月で同じことを繰り返し、また戻ってきた歌ノ森にすらもう一度それを求めてしまった。
特別な人間なんて、いなかったのに。
一方でまた、赤三月の方も何もかも投げ捨ててこの世からおさらばしてしまおうと思った瞬間に、自殺してしまおうとした瞬間に、自分の前に現れた九木野瀬のことを特別視していたのか。他と違うナニカを持った特別な存在。彼のことを中学時代から実は知っていて、中学時代の歌ノ森を思いも寄らない形で変えてしまった謎の男。それがすべてを終わらせようとしたときに、自分の前に現れて、こう言っちゃなんだけれど、自分を救ってくれた。止めてくれた。もう一度始めさせてくれた。
ああ、舞い上がってたのか赤三月朝火は。
そのわりに、扱いが酷いなんてものじゃなかった気がするけれど、それだけ気のおけない素の顔を見せていた、他のクラスメイトには見せないような姿を預けていた、というのはそりゃあ特別視だ。
そんな特別なナニカなのに、この男は何もかもがうまくいってない。この自分が特別な存在だと思っている男がそんな体たらくというのは納得できない。そのための、彼がうまく人生を歩けるための人生攻略本、というわけだったのか。いやはや、浮かれまくってるじゃないか。
しかし、その男は一皮剥けばただ挫折して、一方的に憧れて神聖視していたものに裏切られたと思い込んで人生すねてしまっただけの、ただのつまらない普通の男だった。
ただの人間だった。
失望、と彼女はそう評して、そう語ったけれど……。
でも、切り捨てたわけじゃあないんだよなあ。あの日の再現で身を投げて、でも普通のつまらない人間の男にすぎなかった彼はもう一度必死になって、今度は自分と空を飛んでくれた。
テニスのとき、己を顧みずにわりと自業自得なことをしていた自分のことを守ろうとしてくれた。
幻想から目が覚めて、憧れに冷水を浴びせられて、現実に立ち返って、彼がただのその辺にいるのと同じ人間だと失望して、でもそうしてただの人間の彼と向き合ってみれば、彼がしてくれたこれまでの事は何一つ失われてなかったんですよね。
だから、赤三月の心は死ななかった。同じように、今度こそ自分の中の幻想を失いながら九木野瀬伊吹も素直にそれを受け入れることができた。

熱が冷めて、痛々しい妄想から解き放たれて、誰も特別なんかじゃないと理解して、ようやくスペックだとかそういうのを抜きにした、ただの人間として向き合うことができるようになった。
ようやくここで、赤三月朝火と九木野瀬伊吹はスタートラインに立てたのだ。

……ってところである意味ここからが本番のはずなのですが。わりと酷いことを言ってしまって泣かせた歌ノ森へのフォローとか、赤三月が自殺しようとしていた本当の理由、彼女の中の爆弾とか大事なことはまだまだ残っているし、何より人生攻略本の中の「恋愛」項目。ラブコメがはじまりそうで始まらないまま。
終わりっぽいなあ、これ。てか事実としてこの2巻が出たの一年半近く前なので、こりゃあ続きは出なさそう。
ある意味、終盤に巻きを入れつつこの物語の趣旨にラストで見事に切り込んで、なんだかんだと綺麗に着地させて余韻を感じさせるエンディングに持ち込んでみせたのは結構凄くね、と思ったり。
ここで終わるのは非常にもったいない作品でした。次回作にも大いに期待したいなあ。