【フシノカミ 2〜辺境から始める文明再生記〜】 雨川水海/大熊まい オーバーラップノベルス

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前世の記憶らしきものを持つ少年・アッシュは、『古代文明の伝説にあるような便利で豊かな生活』を今世に取り戻そうと寒村で奮闘していた。
その成果によって村の発展に貢献したアッシュは、都会である領都イツツへの留学の権利を手にする。
まだ見ぬ神殿の数多の蔵書へと思いを馳せるアッシュを迎え入れたのは、領主代行の好青年・イツキと、その弟を称する男装少女・アーサー――だけではない。
期待を下回る水準の技術力に、不足気味な資源など、山積した問題たちだった!
アッシュは、共に留学してきた村長家の一人娘・マイカに加え、アーサーすらも巻き込んで、危険とされる堆肥の利用、さらには毒とされている作物の食用化へと乗り出し、食糧事情の改善、ひいては都市全体の生活水準向上を目指していく!
しかし、そんなアッシュたちに、人類衰退の原因である“魔物"の足音が迫っていて――!?
理想の暮らしを手にするため、世界に変革をもたらす少年の軌跡を紡いだ文明復旧譚、第二幕!

リソースが極めて限られていた辺境地域のさらに開拓地の農村部という寒村を、見事に活性化させてみせたアッシュ。その功績もあって、村長家の娘にしてサキュラ辺境伯の領主家の血筋でもあるマイカの領都イツツへの留学に同行する事になるわけだが、ノスキュラ村とはキャパシティが段違いな都市部が舞台、となればアッシュもやれる事が全然違ってくるわけだ。
あれもこれも、とやりたいことが山程頭の中で唸っているにも関わらず、今まではどうしたって実現に至るまでの手段がなかった。技術も技術を生み出すための体制も、社会システムそのものも、それらを実行する教育を受けた人材も。
領都と言っても辺境部の都市なだけあって、決してアッシュの満足できる文明レベルではなかったものの、やはり村とは設備やら人材の層やらが全然違うんですよね。
とは言え、アッシュはマイカの母にして領主家の長女でもあるユイカさんの推薦があったものの、身の上はただの農民。ユイカさんの有能さをよく知っている彼女の弟にして領主代行のイツキさんや領主家の人間たちは十分以上にアッシュにも好意的ではあったんだけれど、それでも彼に対する認識は良識の範囲内であり、年の割には優秀、農民の割にはちゃんとしている、くらいの認識だったわけですよ、最初は。それでは、アッシュが目論んでいる文明向上計画なんて到底話も聞いて貰えない。
と、ここで一足飛びに無茶をしないのがアッシュである。この少年、わけの分からん勢いで皆を巻き込んで激走突進するわけだけれど、意外なほど段階を踏んで着実に物事を進めるんですよね。一歩一歩堅実に足場を固めて次の一歩へと進むのだ。その一歩がやたらと早いわ、歩幅が意味不明なほど広いわ、と巻き込まれた人たちが濁流に飲まれたみたいに正体をなくすはめになるのだけれど、それでも工程を見ると決して横紙破りとか不正とか独断専行はしないんですよね。
そこがまた彼の一番恐ろしいところでもある。
絶対に筋を通すんですよ、彼。関係各所に筋を通し、面通しをして、責任者各位にはちゃんと同意と協力を取り付けて、各種計画、稟議、プランにもちゃんと根拠となる前例や証拠資料を揃えた上で、ちゃんと許可を取り付けた上で計画を発動させる。
ここまでガッチリと正当な手段でゴーサインを貰ったなら、もう許可を出した方だって生半可なことでは計画を止められなくなる、というのをよく分かっているのだろう。
正当な手段、というのは遠回りに見えるかも知れないけれど、その強度においては途方もなくあらゆる横やりを跳ね飛ばす。一度始まってしまえば、用意には止められなくなる。つまるところ、変にショートカットしたり、勝手に物事を進めて既成事実化したり、という事をするよりも、何気に最短距離を突っ走ることになるのだ。そして、一度始まってしまえば、可能な範疇でやりたい放題行けるところまで突っ走れる。それこそ、許可を出したほうが想像もしていないレベルまで突っ走ってしまおうとも、何しろゴーサインは出ている訳だから止められる理由がなく、根拠がなく、手段がないわけだ。関係各所にもちゃんと協力を取り付けて、要となる人物も片っ端から懐に抱え込んでしまっているから、まず邪魔しようという勢力が存在しない。
アッシュくんがほとんどノンストップで周りの人達が目を白黒している間にわけの分からんスピードで物事を変革していけるのは、彼の前に障害がないからではなく、障害をぶっ壊しているわけでもなく、障害が障害足り得る前にそうでなくしてしまっているから、というのが一番近いのではないだろうか。
巻き込まれた人は大変だろうけれど、それが楽しくて仕方なくなるのは、最初彼のやることなすことに白目をむいて放心状態となりながら、いつの間にか同じように目をキラキラさせて、笑顔で彼のやることを手伝い、後押しし、自分の地位や能力の限りを尽くして喜んで彼に協力することからも明らかだろう。
楽しいのだ、アッシュと色々となにかやることは。大変だけれど、毎日がピカピカ輝いて、楽しくて仕方なくなるのだ。
あれほど鬱屈と憂いを抱えて日々を過ごしていたアーサーが、見違えるように明るくなったのはまさしくアッシュにアテられたからだろう。充実した日々が、この子にうつむいている暇を与えなかったのだ。前を向いてさえいれば、明るい光はいくらでも目に飛び込んでくる。見たこともない世界、いくらでもアッシュが見せてくれる。
しかし、光あれば影あり、勢いに邁進する彼についていけない人々はやはり一定数出てきてしまう。出る杭に我慢できなくなる層はどうしたって存在する。
アッシュは、理屈ではなく感情で突っかかってくるやつ、理不尽を押し付けてくるような相手は、眼中になく、無視しているけれど、そういった層が無視していればいなくなるわけじゃないんですよね。
強かなアッシュだから、決して油断しているわけじゃないし、理不尽を強要された場合やばい系の満面の笑みで裏から手を伸ばしてガッツリヤッてしまいそうな所あるけれど、まずもってそういう連中に邪魔させないことが最良ではあるんですよね。
そういう、アッシュの脇を突いてくるだろう勢力に対して、何気にマイカがアンテナを張り巡らせて警戒をビシビシ飛ばしているのがなかなか興味深いところでした。
都市部に入ってバージョンアップしたアッシュに対して、マイカも農村から都市部に一緒に出てきてアッシュのパートナーとして必要な部分をバージョンアップさせようとしている風なんですよね。
前回の熊に襲われた一件で、マイカは自分自身が強くなって騎士のようにアッシュを守るのだ、とユイカさんがドン引きするくらい夢中になって自分の役割を規定しようとしていましたけれど、今回人狼に襲われた件も相まって、直接的な武力を向上させてもいつも傍にアッシュが居て、彼を守っていなるシチュエーションでなければ、そうした力は意味をなさない、というのを思い知ってしまったわけです。今回、マイカはアッシュと同行してませんでしたからね。都市部での仕事の増大は必然的にアッシュをあっちこっちに走り回らせる羽目になり、マイカもマイカで色々とやることが増えて常に一緒に行動、という村での時みたいにはいかなくなりましたからね。
そんな異なる環境に置かれるようになった二人。それでもなお、自分がアッシュのために力を尽くすとしたら、彼の激走についていくには、彼の突進を助けるためにはどうしたら良いのか。
そうして、明らかに自分自身のスケール自体を格上げしようとしているマイカさん。自分ひとりでどうこうするのではなく、人の手を使い、立場を使い、彼に環境そのものを用意して、彼のもとに邪魔が入らないように手を尽くす。見ているステージ、立っているステージを階梯ごと上にあげないとたどり着けない結論へと至った彼女の、マイカの躍進が見事にアッシュから離れずについていっていて、この子もある種の化け物だよなあ、と思うのでした。
走っているスピードが、完全に周りの人と違うんですよね。アッシュと同じスピードで走ろうとしている。尤も、彼と深く関わることになった人たちは多かれ少なかれ、今まで歩いてきたスピードとは段違いの速度を要求され、本人も意図せずに突っ走りはじめているわけですけれど。
その点、理解者であるはずなのだけれどアッシュと常に接しているわけではない領主代行のイツキさんなんかは、アッシュを中心に加速していっている時代の速度に追いついていないどころか、加速そのものにまだよく気づいていない、というべきなのかもしれない。その辺のギャップは、マイカが一番よく理解してそう、というのも彼女がアッシュの脇を固め、或いは鎹となるだろう立ち位置に至る重要な要因なのかもしれません。何にせよ、アッシュ見ているのも面白いけど、マイカも同じくらい面白いなあ。アーサーはかなり色々と深い事情を抱えていて、重要人物かつヒロインとして食い込んできましたけれど、マイカも自力で同じ深度、同じ階位に自分から駆け上がってきた感があるんですよね。アーサーの正体が何であれ、マイカも対等のところまで自分であがってきそう。
うん、この怒涛怒涛の様々な登場人物を巻き込んでいく奔流の勢い、一巻に引き続きジェットコースターに乗っているみたいで、面白かったという以上に楽しかった!