【現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変 1】 二日市とふろう/ 景 オーバーラップノベルス

Amazon Kindle BOOK☆WALKER

「北海道開拓銀行を買収するわ」

2008年9月15日、リーマンショック勃発。
ある女性もまた時代の敗者となり――現代を舞台にした乙女ゲームの悪役令嬢・桂華院瑠奈に転生!?
時はバブル崩壊後の金融機関連鎖破綻前。
少し違う歴史を歩んだ世界で過ごす瑠奈は、大学進学に悩むメイドをきっかけに桂華グループの財政状況を知る。
このままでは破滅の一途を辿るばかり。
身内を救うべく執事の橘と向かった極東銀行で一条支店長を巻き込み、瑠奈は前世の知識を元にハイテク関連の投資を行う。
そうして得た莫大な利益で、これからの生活に安堵したのもつかの間――。
「助けてください。お嬢様」
北海道開拓銀行に勤める銀行員の土下座から訪れた日本経済最大の試練――不良債権による連鎖破綻の悪夢が襲いかかる。
「ならば、手は一つしかないわ」
報われないかつての『時代』の流れに抗うため、瑠奈が打つ起死回生の一手とは……!?
「小説家になろう」発、現代悪役令嬢日本再生譚!

ライトノベルの皮を被った歴史のIFを辿る架空戦記、ここに爆誕!
いやまさか、書籍化なるにしてもオーバーラップから出なさるとは思わなんだ。あらすじ読んでご覧なさいよ、冒頭から最後までそこらのライトノベル、悪役令嬢もののあらすじとは書いてある事が全然違うから。少なくとも、リーマンショックとか金融破綻とかの単語を悪役令嬢もので聞いた事はなかったなあ。
所謂ところの内政モノの一種でありますが、それを現代日本でやってやろうという途方も無い挑戦。異世界じゃないですよ? 歴史の彼方にある中世じゃないんですよ?
戦国時代でも幕末でも日露戦争でもない、第一次世界大戦でも第二次世界大戦でも戦後昭和の時代ですらない。
平成! 平成です! あのバブル崩壊後の失われた20年を舞台にした、これは政経シミュレーションノベルなのです。出来るのか、そんな事!? 現代を舞台に政経架空戦記なんか出来るのか!? と、本作がウェブ上ではじまった時には目を疑ったものです。
何しろ、情報が桁違いに多い。ある程度、パターンが構築され資料が集約され評価が固まりだしている戦国時代やWW兇里修譴箸呂錣韻違う。正直、今まで自分たちが生きて歩いてきた平成という時代を、自分たちは正確に把握しているのだろうか。あの時、あの時代、平成のあの頃、何が起こっていたのかすら、知らないし分かっちゃいない。でも、そういうものでしょう? だって、まだ平成は自分たちにとって「歴史」ではなく、「過去」だったのですから。
それがひっくり返されるわけですよ。過去が改変されるのです。それを、この作品で、この物語で目の当たりにしてしまった衝撃、今なお忘れられません。
知らなかった、過去になった時間はもういつだって「歴史」足り得るのです。

本作を手掛ける「二日市とふろう」さん。これはデビューを期に定めた新しいペンネームで、以前は「北部九州在住」を名乗ってウェブ上に作品を発表している方でした。この名前ならご存じの方も少なくないでしょう。
戦国系架空戦記の傑作中の傑作【大友の姫巫女】の作者さんです。この作品、鎌倉時代から続く九州地方の地縁血縁の闇を描いたり、日本の戦国時代を世界史の中での重要な地域と位置づけて描いた先駆の一つだったり、と他の戦国モノと一線を画する要素は多々あるのですが、特に印象的だったのが経済感、戦国時代の中で金融というものを極めて大きな要素として描いていた点だったんですね。実際の合戦の裏で債権が飛び交う仕手戦を描いてみせた人はこの人しか知りません。
思えば、この頃から既にこの作者さんのワザマエはここにあったんですなあ。「銭」に対する価値観が普通の人とまるで違っていた。
それがそのまま、膨大博識な現代の経済史・金融史・政治史へと繋がり、この現代日本、ひいては世界経済と国際政治が激動する時代の流れに挑むこの作品へとたどり着くに至ったのだ。

ちなみに、この物語の舞台となる「世界」はちょっと本来の史実と流れが変わっております。WW兇任硫そ戦線ノルマンディー上陸戦が失敗に終わったことで、バタフライエフェクトが起こり、日本は史実のイタリアさながらに「降伏」し、世界大戦最終盤に連合国側へと鞍替え。その後のバタバタで華族制度がしぶとく残り、財閥解体はなされず、樺太を首都にした東側国家として北日本共和国が分裂立国。朝鮮戦争ならぬ満州戦争が勃発、と紆余曲折をたどり、近年北日本の崩壊によって統一がなされたものの、北日本の経済難民が流れ込み、ロシアと繋がったアングラマネーが政財界に食い込み、と北の負の遺産が今なお日本を蝕む状況。
主人公である桂華院瑠奈もまたロシアの血を引き、華族制度と北側との闇によって実父が不慮の死を遂げ、というその生まれから闇を抱えた存在。その生まれの業、蒼き血の呪縛は自力で金と地盤を確立した彼女をなおも長く苛み続けることになるのですが、この一巻ではまだそれも入り口くらいまで。うん、これで入り口くらいまで。
彼女の生まれに纏わる業は、もう少し彼女が成長してから本格的に襲ってくることになるので、まだ幼稚舎から小学生に入学、という頃はそこまでは、そこまでは。
誘拐、とかそれ関係でされかかったりもしていますが。
そして、小学生にしてこの娘、数千億のマネーを右に左にと動かしまくっているのですが。
でも、桂華院瑠奈のアイデンティティというのがまた壮絶にしてかっこいいんですよね。彼女は金の亡者ではない。金銭欲や権力欲とは程遠い存在である。でも、彼女の前世の記憶にある、時代の流れという個人では抗いようのない暴力によって儚く押しつぶされた、人生を破滅させられた敗北者、敗残者としての記憶が、悔しさが、理不尽に対する怒りが、彼女の原動力なのだ。
自分ひとりの復讐ではなく、かつて自分と同じように時代の流れに無慈悲に、誰にも助けられる事無く潰されていった無数の人々。そう、みんな自分と一緒、かつての自分と同じ。
自分ひとりが勝ち上がっても、それは果たして勝利なのだろうか。自分を踏み躙ったモノ、時代そのものに対する勝利なのか。
自分の遠縁に当たる女性で、自分を支えるメイドさん、その息子が。コネを嫌って自分の力で努力し就職した銀行で頑張った末に、母のコネを頼りに破綻を免れるために小学生にもならない自分のような小娘に土下座して、助けを求める青年の姿に。かつての自分の惨めな最期を幻視して。
彼女は、瑠奈は怒りに奮い立つのだ。この人はかつての自分だ。時代に破れたかつての自分だ。努力しても報われない社会を生み出した時代の流れに、彼女は怒るのだ。
悪役令嬢として、正しく主人公に破れて破滅する。それは幾らでも受け入れよう。でも、こんな光景を見たくて悪役令嬢の役を引き受けたんじゃない。
「私が負けるのは主人公だけだ!」
「時代なんてどうしようもないものに負けたくない!」

かくして彼女は立ち上がる。かつての自分たちを救うため。
日本経済を救うため。

「北海道開拓銀行を買収するわ」

このフレーズを、この台詞をこの作品の代名詞として抽出したのは、文句なしにスマッシュヒットだと思う。この作品、この物語の肝を、実に的確に捉えたからこそのセレクションだったと思う。
まさにここから、小さな女王・桂華院瑠奈の戦いははじまったのだから。


しかし、あの悪夢の金融機関連鎖破綻で一番有名というか、マスメディアでも名前が取りざたされ飛び交ったのは山一證券だと思うんだけど。門外漢で特にそっちに関心があったわけでもない自分でも山一證券を巡る一連の報道は印象に強く残ってますし。
いや、本作では「一山証券」ってなってますけどね。
その不良債権の額が2600億円なのに対して、北海道拓殖銀行……本作では北海道開拓銀行、はその額なんと2兆3000億円。
……これ、破裂したんでしょ? したんですよ。そりゃ、北海道頓死するわ。
というか、本作においてさえこれって序の口、はじまりに過ぎないんですよね。
このあとも、これでもかこれでもか、と様々な金融機関、大企業の不良債権問題が持ち上がり、それを瑠奈さまが快刀乱麻、というには色々と泥臭かったりもするのですけれど、片っ端から片付け、救済し、合併し、とやっていくわけですけれど。やってもやっても、全然なくならないんですよ。幾らでも出てくる、まだまだ出てくる。
これ、本作では瑠奈さまがなんとか辛うじてセーフティゾーンに蹴り込んでいるんですけど、史実においてはこれらの爆弾、全部炸裂したんですよね。全部、イッちゃったんですよね……。

……むしろ、なんで日本まだ生き残ってんの?
と、言いたくなるんですけど。いやマジでこれ、読めば読むほど青ざめていくというか、日本失われて当然と言いたくなるというか、そりゃ大蔵省がなくなるよね。
ここから日本のみならず、アジア通貨危機にロシア金融危機に、と世界経済そのものがつんのめり出すわけで。うん、こと現代においては経済は一国で完結しているものではなく、密接に世界中と繋がっているわけで、日本経済にこれだけ深くコミットすれば、必然的に世界と、アメリカとも関わることになる。当然、官庁は黙ってみていないし、生き馬の目を抜く政治家たちもこれを見逃さない。
政治の季節の到来であり、謀略の糸も絡みだす。
尤も、良いように振る舞わされるお嬢様ではなく、むしろ何を相手にしようと主導権を握り続ける彼女が「小さな女王」と呼ばれるのは必然だったのでしょう。
当代の政治家たちが絡みだすことでまた、面白くなってくるんですよねえ。後に彼女の最大の壁となる政界のトリックスター、恋住総一郎。末尾にて満を持しての登場である。
その前に、渕上さんが登場するのですけど、この人も見逃せないんだよなあ。平成オジサン。

ちなみに、さすがに舞台となる時代が近すぎるせいか、登場する人物にしても企業にしても、本来のそれからは名前変えられています。でも人名の方は大体見たらわかるようになっていますし、企業の方もマメに本社の所在地とか一緒に描写されているので、それも踏まえて検索すると大体すぐわかるようになってるんですよね、これ。岩崎財閥なんかは、わりとまんまでしょう。創業者の名前ですし。

個々のエピソードとしては、やはり資源調達部の藤堂社長と、図書館の魔女高宮晴香さんのお話が、人物の深みと人に歴史ありという味わいを感じさせてくれるもので、良かったなあ、と。
一発で終わらずに、度々同じ人でも違う角度から掘り下げてくれると、より人物に味が出るんですけどね。

平成時代の日本を舞台にした日本経済再生譚。当時を詳しく知らなくても経済だの政治だのに興味がなくても、瑠奈お嬢様を起点とする数千億、兆にも至る金が飛び交い、国際情勢の闇がせめぎ合う、あまりにもダイナミックで、想像の範疇を越えていく展開は、手に汗握る熱量でワクワクが止まらなくなるでしょう。
失われたはずの可能性が、小さな少女の手によって掬われ取り戻されていく怒涛の展開は、胸をすく痛快さでしょう。
魑魅魍魎が跋扈する政界、財界、官界と真っ向から対峙する火花飛び散る駆け引きは、痺れることこの上なし。

さあお読みあれ、ここにはあり得ざる平成日本が顕在している。とびっきりの面白さだ!



PS:一巻発売記念SSが特設サイトにて公開されているようです。これもまた一人の女性の人生を通じて時代の流れを感じさせる情緒的なお話で、染み入りました。