【フシノカミ 3〜辺境から始める文明再生記〜】 雨川水海/大熊まい オーバーラップノベルス

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失われし航空技術を取り戻す!

『古代文明の伝説にあるような便利で豊かな生活』を今世に取り戻すため、領都イツツに留学したアッシュは、堆肥とトマトの食用化問題に一区切りをつけていた。
さらに、人狼との戦いで負った傷も癒え、アッシュは再び都市全体の生活水準向上を目指す。
そのさなか、アッシュが所属する軍子会では、少年ヘルメスの夢が嗤われていた。騒ぎの原因は、ヘルメスが手にしていた歪で不格好で――
しかし、精緻な細工物。それは、紛れもない航空機の模型だった。
自動車どころか内燃機関すら存在せず、絶対に空を飛べないと口々に嗤われる中で、ヘルメスはただ一人、諦めることなく空飛ぶことを夢見ていた。
空へ思いを馳せるヘルメスに感銘を受けたアッシュは、彼を嗤う人を見返すため、そして自身の夢のためにも、ヘルメスとともに航空技術の再現に挑む――!
理想の暮らしを手にするため、世界に変革をもたらす少年の軌跡を紡いだ文明復旧譚、第三幕!

さらっと触れられているだけでまだ突っ込んだ問題にまで取り上げられてはいないけれど、地下資源の類が古代文明時代にほとんど取り尽くされてしまっているのではないか、という推論はこれアッシュの高度な文明水準を取り戻すという目標に相当な障害になっていまうのではないだろうか、これ。石炭や石油などの燃料資源もそうだけど、鉱石のたぐいも殆どないとなると、なるほどなあ。石材が重要視されるのも無理ないのか。
ともあれまずは一歩一歩……その一歩の幅がやたら大きくて超大型人型決戦兵器並の一歩な気がするし、歩く速度も競歩だろうそれ、という速度なのだけれど、それでも一歩一歩、ちゃんと足場を確かめ固めつつ進めるアッシュ。まずは煉瓦関係を進めようとしていた所に、独自に航空機の研究を行いこの時代に古代文明時代の伝説であり実在すら疑われていた飛行機械の再生を目指すヘルメスと出会い、彼を応援するためにまず人の手で空を飛ぶ飛行機模型を作成することに。
目に見える形での伝説の再現。そして、同世代の同じ古代文明の再現を目指す同志を仲間に加え、様々な分野の人の協力を仰ぐことで、領都全体が新たな時代へとステージを進めることへの熱量、機運が盛り上がっていく。
アーサーにもアッシュが強調して言っていたことだけれど、彼は本当に何でも一人でやっているようで、協力者を見つけること、手伝ってくれる人を集めることをいとわないどころか、むしろそれを重視しているんですよね。自分の目指す夢が、決して一人では出来ないことを知っているのである。
この何もかも乏しく足りなく生きるだけで精一杯な時代に、ただ生きること以外の事にかまける事、夢を見て夢を追いかける事がどれだけ難しいか、彼自身ユイカさんの読書会に招かれるまで死んだようにこの時代を生きていたからこそ、身に沁みて分かっているから。
無力感も絶望も諦観も、ずっとずっと抱えていたからこそ、その苦しさ辛さ、悔しさを知っている。
だから、彼は夢追い人であると同時に自分と同じように、夢を追おうとして挫折しようとしている人、理不尽に膝を屈しようとしている人、無理解に悔し涙を流している人に、手を差し伸べる事を惜しまない。そこでうつむいている人たちは、かつての自分だからこそ。
そして、そんな夢追い人たちは皆総じて、アッシュが抱く夢の助けになる人だからこそ、彼は人情と打算を全開にして、全力で彼らを自分の夢に巻き込んでいくのである。
それも、無責任に巻き込むのではなく、アフターケアまでびっしり揃えた上で万全の体制を用意した上で、なので居たせり尽くせりである。それに、一方的じゃないんですよね。何も考えずに自分について来い、という牽引型でもない。
自分で考え、自分で立ち、自分で歩き、その上で自分を助けてくれたら嬉しいな、と後ろではなく横に立って一緒に歩いてくれる人に惜しみない笑顔を向けるのだ。
だいたい、その笑顔にやられるのである、どいつもこいつも。
だから、誰も彼も手を尽くしてアッシュに協力するけれど、それはアッシュの案件という他人事じゃないんですよね。みんな、自分のこと、自分がやりたいこと、自分がやりがいを感じていること、自分が成し遂げたいこと、自分がたどり着きたいこと、そんな風に自分のことだと胸に抱いて、志して、アッシュを手伝うのである。だから、みんな笑顔なのだ。充実した顔をしているのだ。楽しそうに、ウキウキと、目の前に積み上がっていく課題だの問題だのに悲鳴をあげながらも、そこに挑んでいくのだ。
領都イツツそのものが、明るい笑顔で溢れていく。

しかし、アッシュ論については今回の領主代行のイツキ様の見解が実にわかりやすく簡潔で納得の行くものでしたね。起承転結ぜんぶアッシュが担っていると。アッシュが問題を起こし、アッシュが問題を承り、アッシュが問題を転がして、アッシュが問題を解決している。ある程度その問題が周知され例えばイツキの元にまで報告が上がってくる頃には、もう問題は完結してしまっているわけだ。だから、信頼できる部下たちからは、問題ありません、という報告しか来ない。もう意味不明の混沌としか言いようがないわけわからない出来事があったにも関わらず、だ。
なんかもうドッタンバッタン大騒ぎで目が回りそうな大事に振り回されたはずなのに、なんかもう何事もなかったかのように安定して落ち着いた結果が一緒についてきて、なんかもうナニゴトー!? と目を白黒させるしかないんですよね。
イツキ様が毎度、報告を聞く度に「ひらがな」でしか喋らなくなるのも、うんわかるわかる。
これだけなら、トラブルメーカーという事でアッシュの事はちょっとコイツどうなの? と成果をいくら上げたってドン引きしてしまう所もあるのだけれど、同時にこの少年は粋と侠気を兼ね備えた気持ちのいい男でもあるんですよね。
この少年がアーサーの事を実は最初から察していて、でも何も聞かず問わず受け入れてくれていた事。そして今、アーサーのもとの危機が訪れようとしているときにも、何も聞かずあの子の事を助けようとしてくれている事、そしてそれをイツキにも知らせて安心させようとしてくれたのに気づいた時の、あのイツキさまの感動は、この少年の心意気への痺れるような感慨は、読者である自分のそれでもありました。
アーサー自身へのアッシュの言葉も、この娘が感じていた負い目を全部無しにして、前を向かせてくれる事で、この娘が必要としていた言葉や思い、全部満たしてくれたものだったんですよね。アッシュに語らせたイツキさま、グッドジョブである。
んでもって、アーサーの女の子としての部分、恋する少女としての気持ちまでは今のアッシュは受け止められないものだったけれど、それをきちんと整理して封じさせてしまわず大切に宝箱にしまわせたのがマイカだった、というのが……色んな意味でマイカはアッシュのパートナーだよなあ、と思わせてくれました。アッシュじゃどうしても出来ないことを、マイカが全部フォローしてくれるのですから。
この幼馴染、最初はそこまで出来なかったのにねえ。領都に来てからマイカは、本当に努力してアッシュをどんな風に助けられるかを考えて考えて、自分の成長する方向を完全にしてみせたんですよねえ。その方向性が、母親のユイカさんそっくりだった、というのは実に面白いところでありますけれど。
あのアッシュを見事にコントロールして、同時に彼が欲したものをあらゆる手を尽くして用意してみせた手腕は、本気で領主位引き継いでも不思議でないくらいのクオリティに、既に現状で至りつつあるんですよねえ。この娘、本気で自分をアッシュに釣り合うまでの高みに駆け上がるつもりだ。

恩師でもあるフォルケ神官が王都に戻り、アーサーもまた王都へと帰ったことで、次回以降王都関連の話になってきそうな予感。この領都イツツはいる人みんなイイ人で、同時に有能で聡く気持ちの良い人たちばかりだったので、楽しかったのだけれど、さていつまでここを舞台に遊んでいられるのか。マイカは、どこまでもついていけるのか。なんにせよ、どうやったってアッシュの行く所大騒ぎになるわけですから、ある意味安心して楽しみに出来ます。