【放課後は、異世界喫茶でコーヒーを 5】 風見鶏/u介 富士見ファンタジア文庫

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「小市民さん、そのナイトを誰にも渡さないでいただけませんか」

冬がすぐそこまで迫る頃。昼間営業に戻ったユウの店は実に穏やかだった。気がかりなのは、治療魔術師になるための勉強で忙しいリナリアとの空いた距離。そんな折、次々とユウにチェスの勝負をしかけてくる輩が現れ?

暖炉に火が灯る。
しんと痺れるような冷気を、炎の揺らめきがじんわりと温めていく。
冬の到来を感じさせると同時に、ドアをくぐればぬくもりと静けさとコーヒーの香りが迎えてくれる、そんなユウの喫茶店の雰囲気を味わい深く伝えてくれる、そんな冒頭の情景描写でありました。
前巻から長らく積んでしまって間が空いたのですが、一気に雰囲気に持っていかれた、そんな感じです。そういえば、前巻は歌姫の到来もあって随分とにぎやかなことになっていましたが、そんなお祭り騒ぎから一区切りついて、落ち着きが戻った静かな空気感を印象づける意味もあったのでしょう。
季節がかわり、冬が来て、どこかより人恋しさを感じさせる空気の冷たさが、感傷を強めていく。

リナリアが街を出る。

夢を追うために、治療魔術師になるために、受験の準備に忙しいリナリアはもう滅多に店に顔を出すことはない。それが、ユウの感傷を強めたことは否めないだろう。
突然異世界に放り出され、元の世界を恋しく思いながら故郷にしがみつくように「喫茶店」という形で拠り所を求めたユウ。やがてその店は、様々な客たちの居場所になりユウはマスターとしてそんな訪れる客たちの人生に触れていく。
時に客と店主の領分を越えて踏み込み、彼らの人生に関わっていく。そうして、ユウはこの世界、そして人との繋がりを深めていった。その一つ一つの出会いやエピソードは元の世界に未練を持ち、頑なにこの世界と深く関わることを拒絶して店に籠もっていたユウの心を解きほぐしていく。
いつしか、店の外に出て街を見渡すことが増え、覚えようとしなかったこの世界の文字についても、歌姫から送られてきた手紙の返事を書くために、ついに常連客のアイナに家庭教師を頼んで覚えていくことを決断する。それが、元の世界への未練に区切りをつけ、この世界に自分を刻みつける一因になるとわかっていても。
この世界に馴染んでいく。この世界の人々に愛着と親愛を抱いていく。そんな実感はユウの心に暖かな火を灯す。さながら、冬の暖炉のぬくもりのように。
でも、寂しさは不思議と募って消えることはない。この世界に馴染めば馴染むほど、元の世界との繋がりが断たれていくような感覚を得て。望郷の念は消えない。
チェス、という元の世界でもよく遊び、祖父に学び、結構本格的に研鑽を積んだ趣味。今回の話では、とある名職人の作による駒にまつわるチェス勝負に巻き込まれるユウだが、そこで拠り所になったのは元の世界での研鑽だった。彼の強さの担保は、元の世界での積み重ねだ。
しかし、その経験がチェス勝負の重要な武器となり、ひいてはアイナの結婚話に深く足を踏み入れることになる。或いは、アイナが目指す夢にまつわる話、というべきか。
無理やり意図せずこの世界に送り込まれたユウ。強制された未来、という意味ではアイナの望まぬ結婚話というのは、ユウにとっても見過ごせないものだっただろう。かと言って、客と店主の関係でそこまで無造作に踏み込むことはできない。それでも客としてではなく友人として、チェス勝負はまさにできる範囲のことだった。
そうして、ユウはこの世界に出来た友人の人生に、将来に、自ら進む道に手を貸すことが出来た。
彼の喫茶店は、そしてそこでカップを磨きながら客たちを迎えるマスターの存在は、幾多の人々の居場所となっている。翼を休める止り木として、掛け替えのない場所になっている。彼に背中を押され、自分の人生を選んで歩いていく人たちがいる。
そうやって、客たちの休める場所を提供し、彼らを送り出し、そうしてユウはふと寂寥に襲われるのだ。それは1人で故郷を恋しがりながら閉じ籠もっていた頃とはまた違う、親しく思う人たちが多く出来たからこその、世界と繋がったからこその、孤独。
誰かの居場所になれた自分を顧みて、しかし自分自身の帰る場所はここにあるのだろうか、という疑問。自分の人生を見つけて、旅立っていく親しくなった人たち。いっときここに留まったとしても、いずれ離れていく人たち。送り出す立場が、より彼の孤独感を深めていく。
リナリアの旅立ちが近づいているのも、ユウの心に大きな空隙をうみはじめているのでしょう。彼女の未来を応援しながら、しかし彼女の追いかける世界はこの店に居続けるユウにははるか遠いものである。日々がすぎるごとに、彼女は自分から離れる準備を進めていく。
コルレオーネ氏の、過去にまつわるお話が挟まれたのも、大いに意味のある構成なのでしょう。あれもまた、離れがたく思いながら人生を別かたれた物語だ。
彼女が街から居なくなる日が近づいている。別れは近い。

暖炉の前で丸くなってるノルトリが、完全に猫で癒やされました。てかこの娘、客じゃなくてもうただの飼い猫だろう、これ。