【剣とティアラとハイヒール〜公爵令嬢には英雄の魂が宿る〜】 三上テンセイ/小山内 富士見ファンタジア文庫

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魔物と争い続ける王国の英雄・オルトゥス(♂)は、生涯をかけ国を守る約束を果たせず戦死した。
――はずが目を覚ますと、公爵令嬢・セレティナ(♀)へ転生していた!
可愛らしい美少女でも変わらず、今世も国を護る騎士になろうと決意する。
しかし、病弱な身体な上に、過酷な淑女の宿命も立ちはだかる。
恐ろしい鬼母のマナー教育、したくもない男との結婚と難題ばかりで騎士への道は遠ざかっていく……。
その折、王城へ向かう道中、魔物の襲撃で誰も知らない彼女の真の力が明らかになる!
魔族を一刀両断する強さ、社交界でも踊りぬく可憐さで
人々を瞬く間に魅了する新ヒロイン誕生――?
見た目は可憐、中身は大胆不敵!
病弱令嬢の騎士道ヒロイック・ファンタジー開幕!


TS転生モノ。それも異世界じゃなくて、同じ世界に生まれ変わる形なので年代ギャップはあるものの、前世からの知り合いが沢山いる、という形になる。
TS転生(男→女)の難しい所は前世は男であったにも関わらず生まれ変わったら女だった、という肉体と魂の性差によって生じるブレをどう表現するか、という所にあると思うんですよね。
肉体こそ女であるものの意識としては男としての意識が非常に高いパターンから、肉体の方に魂の方が馴染んでいって女性としての自認が高まっていくパターンまで色々あると思うのです。この濃度に関しては個々人の好みにもよるのでしょう。なかにはTSしてる意味あるの?というものもあるし、やけに男を忌避してしまってラブコメ要素を自ら消し去ってしまっているものもあるので、塩梅にも難しいものがあるのでしょう。
個人的には女に染まってしまうパターンが好きです、はい!

本作はというと、前世の記憶が戻った当初は英雄オルトゥスの意識が強いものの、段々とセレティナとしての自分に馴染んでいっていて、オルトゥスとしての記憶や志ははっきりと残ってはいるものの、今世で家族となったアルデライト公爵家の人たちへと注ぐ愛情は、娘セレティナとしてのものであるようなんですよね。
幼い頃から厳しく母メリアに躾けられた淑女教育のおかげで、所作振る舞いは完全完璧に意識せずとも貴族令嬢のものとなっていますし、感情の高ぶり方や窮地に立っての勇ましさも、男の英雄としての雄々しさではなく、女性としての凛々しい麗しさ、といった風情なのでもうその在り方はほぼ女性に寄っていると見ていいのでしょう。何より物腰や思考の柔和さが、多少お転婆な所も含めて完全に少女のものなんですよね。
正しく、生まれ変わった別人であると言っていいのかも。
ただ、その国王陛下への強烈な忠誠心であり、王室への敬愛も変わらず、オルトゥス時代の知人友人への意識や捉え方は前世から変わっていないので、年上の人たちに幼い少女らしからぬ目線となっているのがまた妙に面白いんですよね。それも男目線じゃなくて、女性的な感覚になっている所なんぞが特に。オルトゥス時代にはまだ生まれるか生まれていないかくらいだった王子たちへの目線は、どこか親友の子供を見るかのようなものなんですが、王子からすると年上のように感じつつそれは雄々しき英雄からの如きものじゃなくて、母親のような慈母のごとき包容力を感じているわけで、その辺りからもオルトゥスではなく女性であるセレティナの方が本質になっている感じがあるんですよね。
さながら別人でもあり同一人物でもある。この融合の塩梅がなかなか絶妙な具合なんですよ。

また転生ものは、新たな家族を得る物語でもあります。本作においては当初は公爵家の家族たちは騎士を目指すセレティナの障害となる存在のように見えていました。厳しく貴族令嬢としてのマナー教育を躾けてくる母は、女性は女性らしくという凝り固まった思想にしがみつく旧来の貴族の夫人の典型のようでしたし、父である公爵や兄もまさに貴族らしい貴族、という感じに見えていたんですね。
しかし、それはセレティナが騎士になるという、守旧貴族の価値観からすれば異端とも異常とも言える夢を、本心を打ち明けたその時から一変する。
今まで教え込んできた貴族令嬢としての常識、淑女としてのマナー、女としての在り方を蹴り飛ばすようなセレティナの夢に激怒して、初めて反抗するセレティナに思わず手を上げてしまう母メリア。
でもそれは、型にはまった公爵家という枠組みの中に自らをはめ込んでいた彼らを、アルデライト家という家族に戻すきっかけになる一発でもあったんですね。
今まで人形のように母の指導に言いなりに従ってきた妹の初めての反抗に感心して、妹の勇気に寄り添って彼女を外の世界に連れ出した兄に、娘を叩いた手のひらの痛みに今まで自分がどれだけ頑なになっていたかに気づき、自分の原点を思い出した母メリア。
セレティナとなって生まれてはじめて剣を握って命のやり取りをすることになる事件を通じて、彼らは心から通じ合った、お互いへの愛情を十全に感じて信じられる家族となるのである。
オルトゥスの時代、孤児であった彼は王への敬愛や戦友たちとの友情こそ交わしたものの、家族の愛情だけは縁がなかったんですね。それを、今世では初めて無償の愛というものを両親や兄から与えられ、また自らも惜しみなく家族へ愛を捧げることの出来ることの幸せを知るのである。
かつて、国王陛下への強烈な忠誠心と、ともに戦う戦友たちとの共感が英雄オルトゥスの強さの源だったとしたら、今世のセレティナはそこに愛すべき人守るべき人のために戦う、というさらに強力な動機、戦う理由、命を懸けて全身全霊を振り絞るに十分な原動力を手に入れたと言えるのでしょう。
肉体的には非力な少女となり、その上生来の病弱さでどう鍛えても体力がつかないという前世と比べれば大きすぎるハンデを背負ったセレティナですけれど、ある意味彼女は前世よりもさらに強くなるファクターを手にしたのではないでしょうか。
愛する人達のために戦う時、人はもっとも強くなれる。
ありきたりだけれど、決して色褪せることのない強さの源だ。セレティナの戦う姿には、儚い姿で血に塗れながら凄絶に舞う美しさと同時に、気圧されるような迫力が感じられる。全身に漲る強い意志には、それに足る戦う理由が乗っている。これぞ、オルトゥスのときとはまた違う、新たな英雄像であるのでしょう。やっぱり、背負うもの強く希うものがあるほど、盛り上がるんですよね。
まあオルトゥスの時代も、彼が狂信的なほど忠誠を誓っていた国王陛下が、それに相応しいこの人のためなら死ねる! という人物だったんで、それはそれでオルトゥスが気合い入りまくってるのも当然だったんですけどね。啓蒙君主的な人であり、情に厚く孤児だったオルトゥスに身分に寄らず手を差し伸べ、彼の成長を見守り続けた王様なんですよね。激烈に支持を受ける層と、激烈に反発する層を生みそうな人物でもあるのですが、カリスマであることは疑いようがないよなあ。政治家として甘い所もありそうなんですけど。でも、王妃を失いながら子供たちを実に真っ当に育て上げたのを見ると人の親としても立派この上ない人ですし。
セレティナが、王様好きすぎて後添えになります、とか言い出さないか心配になるくらいなんだが。
王子たちや姫のことも、同世代というよりもどこか親世代な目線で見てる所あるし。

作中、一番度肝を抜かれたのはやっぱりメリア母様でしょう。いや、事情がわかれば彼女がどうしてあれだけ峻厳に子供たちに貴族教育を施していたのか大いに理解できるのですが、その来歴が明らかにされたときはまじかー!となりましたよ、うん。
まさか、この人が作中でも屈指の存在感を示すキャラになるとは、予想もしていなかった。でも、このお母様がセレティナに注ぐ愛情の強さ、深さがこれでもかと伝わってきて、うん終わってみれば本当に好きなキャラになっていました。
パパである公爵も娘のことを溺愛してるんですけれど、それだけではなくて嫡男であるお兄ちゃんののシーンがあれ、好きなんですよね。父と息子の交流であり、輝く妹姫のかげに隠れがちだけれどしっかりと次期公爵として努力し、同時に妹の事も兄として守っている息子をしっかりと認めて可愛がる、父親の鑑みたいなやり取りで。一方的にセレティナが愛されるだけの関係じゃなくて家族四人が深い絆と愛情で結ばれているのがわかるシーンでもあったんですよねえ。

黒幕である魔女と、オルトゥスの関係がまだ明らかになっていなかったり、裏で何が動き出しているのかまだまだ不鮮明だったりと、話はまだはじまったばかりの感はありますが、それだけにこれからどんどんとスケール大きな話になっていきそうで、実に楽しみです。
てか、ヒロインはエリアノール姫とウェリアス王子二人なのかこれ。なんぞ、兄妹でヒロイン競争はじめそう。実は魔女が真打ちっぽいけれど。