【クロの戦記 5 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです】 サイトウアユム/むつみまさと HJ文庫

Amazon Kindle BOOK☆WALKER

『僕は――この国を変える』
ちょっと過激な王道戦記、緊迫の撤退戦が始まる!!

戦況が覆り、帝国軍は追われる立場となった。神聖アルゴ王国を相手に、クロノは仲間を逃がすための絶望的な戦いに身を投じる。

「大丈夫、去年ほど戦力差はないよ」

千五百人の亜人を前に、平凡な少年でしかなかったクロノは笑う。内心の恐怖を押し殺し、必ず帰るという誓いを守るために――
一方帝都では、幽閉されていた皇女ティリアが帝都から追放されることに。その行先はエラキス侯爵領で……
エロティック王道戦記、策謀渦巻く泥沼の戦争を戦う第5弾!!


泥沼の撤退戦。烈火の如く攻め寄せてくる敵の大軍を、寡兵で押し止める事を求められた決死の殿戦。そう書くと壮絶で勇壮な合戦絵巻を思い起こせるのだろうけれど、ここで繰り広げられるのは敵も味方もボロクズのように次々とくたばっていく、尊厳も何もなく殺し殺されていく血まみれのゴミ捨て場だ。
そこで戦えと強いられた哀れな兵卒たちが死んでいく、みんなして死んでいく。自分が生き残るために、殺して殺して、殺されていく。
人間も獣人も関係ない、この場この瞬間ではある意味この上なく平等な空間だったのかもしれない、とふと思った。
だが、現実はそこに集められたのは愚者どもの愚かな行いとはるか天上でうごめく政治的な思惑というやつに駒として動かされた最底辺の掃き溜めが集められたに過ぎない。ここには等しく価値がない人間が集められたに過ぎない。そんなものは、平等でもなんでもない。
目の前で次々と自分の部下たちが死んでいく。自分の無能さで、自分の無力さで、自分の命令に従った部下たちが死んでいく。辛うじて生き残りながら、クロノは苦しむことになる。
自分の能力の無さに。どうして自分の為なんかに部下たちが生命を捨てて戦ってくれたのかわからずに。自分が軽く放った言葉が、彼らを死地に走らせてしまったのか。彼らを庇護する自分の立場が、彼らに生命を賭けさせてしまったのか。
そして、トドメにこの戦いそのものが、自分たちが命を懸けて、部下を犠牲にして戦ったこの戦いそのものが茶番に過ぎなかったことを知らされて、彼は怒り狂い、絶望するのだ。
あの戦いが無駄だった。部下たちの犠牲がすべて無駄だった。使い捨てにされ、生きたかっただろうに殺されて、自分に理想を託して死んでいった。そんな託された自分は、駒である事も知らず好き勝手に動かされるだけのぼんくらだった、という事実。期待の重さに耐えきれず、自分の無能さに呆れ果て、絶望し、逃げ出して……そこで、彼は本当に素朴で簡単な事実にたどり着くのだ。
スラムで出会った小さな少女との会話で、彼はごくごくシンプルな答えにたどり着く。
ただ、自分は死んだ彼らのことを好きだったことを。今も生きて自分を慕ってくれる部下たちのことを好きなことを。家族が、友人が、自分が大切に思う人たちの事を愛していることを。
そんな彼らのために、自分には出来ることがある。大好きな彼らのために、彼らを好きな自分のために、理想を掲げる覚悟を。世界を敵に回す覚悟を、臆病者が振り絞る勇気の行く先を、彼は決めたのだ。
悩んだはての、苦しんだはての、向こう側だ。クロノの苦悩は続くだろう。これからもどうしようもなくままならない現実を前に、もどかしく思い通りにならない自分の無能さにため息を吐き絶望し続けるだろう。
それでも、彼は為すべきを決めた。その一事を以て、彼は成ったのだ。英雄ではないとしても、望みを掴もうと足掻く者に。

登場人物を見渡してみると、その多くが自分のあるべき姿、在りたい形すら見つけられず、息苦しい現実に喘ぎながら、場の流れに流されいく。流されながらも苦しみ悩みながら、自分のできることを探して模索して、それすらもままならずに天を仰いでいる。
中間管理職を強いられているベティス隊長や、英雄であるはずのラインハルト、イグニスなどもそれは変わらない。まったく、変わらない。
優秀で有能で人並み外れた英雄だったり才人だったりと謳われている人であろうと、何も変わらず自分の愚かさ、無力さ、矮小さにいつだって打ちひしがれている。思い通りになることなど、ものが見える人ほど少なくて、力ある人ほど力を振るえない現実を思い知らされている。

逆に物が見えない愚か者ほど、悩みもしないし考えもしない。そういう輩こそ、現実を見ないし、見ないからこそ好き勝手振る舞える。自分が何でも出来ると思っているし、何でも知っていると思っている。そんな在り方のまま、現実をより地獄の方向へとかき回していくのだ。
中には、レオンハルトの侍女のように聡くなく無知であり考えもしない愚か者だからこそ、もっとも真理に近しく物事の本質を理解しているような人物もいるけれど、そういう人はやはり稀だ。

クロノは決めた。これからも悩み苦しみ続けるだろうけれど、建前でも柵でもない自分の中の、自分の奥底の欲するものを見つけて、それを掴むと決めたのだ。
訪れようとしているのは、時代の変革期だ。激動の時代がはじまろうとしている。現実のままならなさに、立ち向かえずにただ流されているだけなら、どこまでも押し流されていくだろう時代が。
自分の弱さ愚かさ矮小さを受け入れて、その上で自分の往く道を決めたものだけが、切り開いて進んでいける激流の時代が。
きっと地位や身分に関わらず篩は平等にかけられる。

ティリアは、ティリア皇女は……うん、今まさに現実に翻弄され振り回されてる真っ最中。皇太子としての立場を追われてクロノのもとに払い下げられるという屈辱を味わわされているのも、現実に思い知らされている真っ最中なら、夜な夜なクロノの寝室の隣の部屋に忍び込んで彼の女性関係をでばがめして、愛欲まみれの日々というやつを目の当たりにして寝不足になるのも、まあ現実を目の当たりにしている真っ最中の中の一事なのでしょう。
自ら、そのさなかに飛び込む勇気、自分のクロノへの気持ちを自覚する一方で、クロノを利用してやれ、と目論むのもまた、選択したと言える行動なのでしょうけれど。
その選択の結果、自分の前に広がるだろう、自分の行く先に強いられるだろう現実の厳しさ、重さを彼女はまだ知る由もない。彼女はまだ、知らない。本当の現実の苦しみも、懊悩も。
ティリアはまだ、自分の進むべき道も望むべき先も、決めていない。

エルフのアホい双子はあれどうなんでしょうね。彼女らに限らず、クロノの部下の亜人たちはもうとっくに決めているとも言えるのでしょうけれど。レイラは悩める分、それだけメインヒロインという事なのでしょうか。でも、デネブとアリデッドの二人は過酷だった戦場の中でもあの明るさのおかげで癒やしでした。この娘たちのお陰でどれだけ心救われたか。この娘らには幸せになって欲しいなあ。