【フシノカミ 4 ~辺境から始める文明再生記~】  雨川水海/大熊まい オーバーラップノベルス

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『古代文明の伝説にあるような便利で豊かな生活』を今世に取り戻すため、領都イツツに留学したアッシュは二年間の軍子会を修了。
新設された部署・領地改革推進室に配属されたアッシュは、生活水準をより良くするために日々励んでいた。
そんな彼のもとに持ち込まれた新たな問題は、『村の救済』。同じ部署に所属する侍女・レンゲの幼馴染みが住まうアジョル村が滅びの危機に瀕しているという。
アッシュとマイカが率いる視察遠征隊を待っていたのは、荒れた畑に、痩せ細った村人たち。
限界を迎えた村を救済する唯一の方法は、禁忌とされてきた畜糞堆肥による農法で……?
さらに、追い打ちをかけるように凶報が届く。
それは、アジョル村を襲うもう一つの脅威、魔物・トレント襲来の知らせだった――。
絶対的な脅威を前に、アッシュたちは村人を救う決意を固める――!


思えばこれまでのアッシュの凄まじいバイタリティの原動力というのは、理不尽を強いて最低限の生存すらも難しくしてしまう衰退した文明、生きることすらままならない環境への怒りだったように思う。
アッシュくんはいつだってニコニコとしていて、感情的にならずに声を荒げる事すらない非常に温厚な性格の子に見えるけれど、もしかしたら彼はいつだって怒りの炎をたぎらせていたのかもしれない。
これまで、その怒りというのは環境そのものに向いていて、その環境を改善するために彼は突っ走ってきたわけです。彼の周りの人たちというのは、言わば同志でした。理解者であり協力者であり共犯者であり、彼の怒りを共有してくれる人たちだったと言えます。彼らは賢明で聡明で、現時点で未熟で理解が乏しくても、それを克服しようという意思がありました。それどころか、時として暴走するアッシュを導いてくれる人たちでもありました。
アッシュにとっては、理想的な人々だったと言えるでしょう。
でも今回、アッシュが志すものとは正反対の、逆の方向を向いた人たちが現れました。意欲ある人たちの邪魔をし、理不尽を退けようという意思を罵り、貴重なリソースを食いつぶして、人の善意を好意を優しさを踏みにじり、弱者という立場にかまけて視野狭く自分の周りだけで利益を確保しようとし既得権益にしがみつこうとする寄生虫。その卑しさによって、人の心を傷つけ、社会を行き詰まらせる輩たち。
アッシュくんが環境という不特定のものではなく、誰か、或いは特定の集団に対してこれだけ怒りを抱いたのは初めてだったんじゃないでしょうか。
でもこの子の怒りは、激高とか声を荒げたりとかわかりやすい形では現れないんですよね。エンジンにハイオク燃料打ち込んでニトロ点火してアクセルペダルを全開に踏み込んでしまう、という形で現れるのである。
火がつく、という表現では収まらない、ブレーキが壊れたような自分でも止められない暴走ブルドーザーの発進である。怒涛の津波のように企画計画が立案され周りを巻き込みまくり、最終決着点までノンストップで大計画が動き始めるのである。
良いだろう、そんなに助けて欲しかったら助けてやろう。お前たちの望むとおりに手を差し伸べ、至れり尽くせりで助けてやろう。ただし、助かりたかったら覚悟しろ。徹底的に覚悟しろ。完璧なまでに行き届いた配慮で行き届かせてやろう、完全なサポートで尽くし尽くしてやろう。
結果としてこの世の地獄を味わうことになるだろうが、そっちが望んだことなんだから構わないですよね?

全ては、一つの村を救うためなのだ。
ほら、よく言うじゃないですか。
地獄への道は善意で舗装されている、と。
私の決意も、人助けが目的なんだから立派な善意だよ。
さあ、みんなで地獄へと突撃しよう。


阿鼻叫喚の地獄絵図のはじまりである。

本来、地獄への道は善意で舗装されている、という格言って、善意で色々とやってあげたら結果として地獄のようになってしまった、という無自覚の酷いありさまを言うと思うのだけれど、このことわざを自覚的に使う奴ははじめてみましたよ。
本気で善意だけで、意図的に地獄を作り出そうという奴をはじめてみましたよ。
主人公なんですけどね、そいつ。
善意だから仕方ない、善意だからオッケオッケー、大丈夫大丈夫、みんなが幸せになれるなら、ちょっと地獄を体験するくらい大したこと無いよね♪の精神である。
どれほど抵抗しても、反発しても、彼は声を荒らげないし理不尽に振り切ったりしない。懇切丁寧に慇懃にわかりやすく誤解しようがないくらい噛み砕いて、言って聞かせるのである。ニコニコと笑顔を崩さないまま、穏やかな声音のまま、理性的に論理的に有無を言わせぬほど筋の通った言葉で、正論で……ずたずたに八つ裂きにしていくのだ。
怖いよ!
こんなに笑顔が怖い主人公、丁寧な物言いが怖い主人公、滅多と居ねえですよ!
態度も言い分にも理不尽なところが一つもないところが逆に怖い!

今回は、これまで周りの人が危惧していたアッシュくんの一番ヤバい側面が噴出してしまった回だったんじゃないでしょうか。
ただ、それを暴走やダメな行為として制止するのではなく、劇薬を薄めて誰でも安全に飲めるけど効果も薄くなってしまう薬とするのでなく、敢えて劇薬を劇薬のままで、劇症を起こしだした劇物に恐れおののきながら、逃げず引かず心中覚悟で乗っかったマイカは、大いなる決断決意覚悟でした。
最大の理解者であるマイカだからこそ、アッシュを盲信はしていないんですよね。アッシュくんだから大丈夫、と根拠なく信じているわけじゃない。彼の危険性を一番把握しているのが、アッシュを引き立てたマイカの母であり、今のマイカでしょう。
最悪、どれだけの惨劇が起こり、アッシュ自身も酷いことになるか、正確に思い描くことが出来るのが彼女らでしょう。
その予測に恐怖しながらも、一度はアッシュを制止しなくてはと思い定めながらも、マイカは敢えてアッシュを止めるのではなく、逸りに逸っている彼のやりたいようにさせようと決断します。それが自分たちの破滅に繋がるのだとしても、死なばもろとも。彼の破滅に、最後まで付き合う覚悟を。本当の意味で心中する覚悟を決めるんですね。
最近のマイカさんなら、アッシュを制御することは叶ったでしょう。脳筋だった頃から見違えて、政治力知力ともに最上級のものを備えた彼女。唯一、アッシュをコントロールしてのける女。そんなマイカが、敢えて制御を放り捨てたのである。一緒に、地獄を見ることにしたのである。
アッシュという化け物が、全力で大暴れするのを許し認め、自分もまたそれを全力で手伝うのだと、一緒にやるのだと、決めたのだ。アッシュという存在からひとかけらも削り取らず、抑え込まず、文明を再生するという大偉業に挑めるだけの器を、彼女は保ってみせたのである。これからも保ち続けるのだと決めたのである。
この瞬間、マイカは、もうアッシュの背中を追いかけるだけの存在ではなくなったのでしょう。本当の意味で、アッシュの隣に並び立ったのです。

ついに、追いついた。


しかし、こんな二人に他の人たちが置いてけぼりにされる、というわけではなく、みんな必死についてってるんですよね。今回の主役の一人とも言えたグレンくんもその一人。
彼を見てもわかるように、アッシュに対してみんな信者、というふうな信じ方をしてるわけじゃないんですよね。信仰ではなく、皆が理解者なのだ。彼がやろうとしていることにあっけに取られながらも、ちゃんと理解しようと努力して、聞いて見て噛み締めて飲み込んで、自分のものにしている。
こういう人たちに囲まれている、というのはアッシュくんほんと恵まれていると思います。彼自身、痛感していらっしゃいますけど。良き人と巡り合うという意味で、彼は運に恵まれている。マイカさんだけでもSSRなんですけどね。上司の領主代行のイツキさまが、ほんと理想の上司だもんなあ。

そろそろ、王都の方の話にもなってくるのかな。イツキ様の父親の辺境伯がちらほらと登場フラグ立てて来ていますし。王都は、それこそ話の通じない連中の巣窟みたいですし、さてアッシュの豪腕がどう唸ることになるのか。どんなひでえことになってしまうのか、色んな意味で楽しみです。