先日の12月29日でちょうど【月姫】の20周年だったそうで。
もうそんなになるのかー。
まさに「TYPE−MOON」奈須きのこ氏との初遭遇。ノベルゲー最盛期の中でも一線を画する伝奇ストーリーに、いったいどれだけ興奮しながらプレイしていたか。
エンディングに辿り着く度に魂が抜けるように放心していた事を今もありありと思い出せます。

今なお、アルクェイド・ブリュンスタッドは自分の中の吸血鬼像の中心に座り込んで動かないんだよなあ。
そして、今なお月姫2を夢見ているのです。

とりあえず、FGOとのコラボが一番現実的かなー、とも思っていますが。もし、アルクェイドがFGOに参戦となったら、自分本当に召喚できるまで金の糸目つけないんじゃないでしょうか。
さっちんでも可。さっちんでも狂う。



そう言えば、昔月姫のSSのこんぺなんかがあったりしまして、自分もその頃はSS書きとして活動してたんで、月姫の短編書いて参加した事があったんですよね。ちょっと懐かしく思って、自分のHPのSS置き場を探したのですが……見当たりませんでした。載せてなかったみたいで。
振り返ってみると、html化作業と同時に加筆修正しようとして、途中で放置してたみたいで。
色々と探してみたら、マイPCのフォルダの中に当時の投稿原稿を発見しまして、読んだらまー懐かしいこと懐かしいこと。

【第一次遠野大戦!! 菜食主義者は人喰いトマトの夢を視るか?】

タイトルw
こんぺの中でも一等タイトルで悪目立ちしていた気がします。琥珀さんにやりたい放題してもらって楽しかった思い出が。こんぺ作品ということで、だいぶはっちゃけて書いたコメディだかアクションだかわかんないものだったんですよね。
わりとウケて、けっこう上位に入賞させていただいたんじゃなかったかな。
もうその月姫SSこんぺの作品掲載ページはネット上には残っていないみたいですが。もう15、6年くらい前でしたものねえ、確か。
いやしかし、もうこういうの書けないよなあ。お話自体もうちょっと書き方忘れてしまいましたし、キャラの掛け合いとか無理だよなあ。

折角なので、こっそりここに掲載してしまいましょう。ファイル整えてHPに掲載するのめんどい、というのもあるんですが。昔の自分の作品晒すのって、露出趣味的な恥ずかしさがあるのですがw
20周年なんて節目というか機会も滅多とないでしょうし。











第一次遠野大戦!! 菜食主義者は人喰いトマトの夢を視るか?

 その夜、月は朧に沈んでいた。

 真夏の夜特有の粘り気の濃い夜気を気にする風もなく、人気のない坂をのぼっていく女が独り。
 足取りは軽く、これから遊園地にでも行くかのように楽しげだ。女がステップを踏むたびに、眩い蜂蜜色の髪が金色の軌跡を闇へと残す。
 坂をのぼりきると、其処には見上げるような塀が聳えている。端の見えない壁の連なりは遠野屋敷の外縁だった。

「うふふ、志貴まだ起きてるかな」

 闇が華やいだ。
 女が浮かべた笑顔は、鬱々とした闇をたじろがせるほど無邪気で晴れやかで。

 フワ――――リ

 女は助走も無しに二メートルを越える壁を軽やかに飛び越える。壁の向こうは屋敷の庭。鬱蒼とした緑に包まれたそこは、さながら森の中のよう。
 女は足音も無く庭へと降り立ち、だがそのまま動きを止めた。
 その貌に宿った笑みも霧散。
 浮かれた気分は怜悧へと変換され、音を立てて彼女の中の回路が切り替わる。
 夜風にざわめく葉の囀り。ドロリとたゆたう漆黒の闇。一見普段と変わらぬ庭の様子に、女の拡大された感覚は只ならぬ違和感を感じ取っていた。

(なに、これ?)

 それは確かに視線、そして悪意。だが、それらは普段この屋敷の主である少女が向けてくるものとは違い、彼女が今まで知識経験ともに触れた事のない異質な気配であった。そう、まるで森そのものから放たれているような……

 どうするか、ジワリと狭まってくる包囲に自問する。敵ならば叩き潰せばいい、簡単な話だ。だが、敵意に囲まれた場所が問題だった。ここは遠野屋敷。その庭先でこの異常。いったい何が起こっているのか。屋敷の住人は、志貴はどうしたのか。
 志貴に出会う前の彼女ならば、躊躇という概念すらなく敵意に対して自動的に殲滅を選択したであろう。だが、今の彼女はかつてのような、自身が孤独である事すらも知らぬ兵器ではなく、親愛を持ってアルクェイドと名を呼んでくれる相手を持つ女性であった。
 故に、屋敷の者たちの安否の不明に、迂闊に動く事への躊躇いを覚え――

「―――チッ!」

 敵の先制を許した。

 予期せぬ初撃は足元から。
 爆ぜる地面。土中から飛び出したのは螺旋を穿つ無数の蔓草。だが、その場に彼女の姿は既に無い。瞬き一つで十五メートルもの距離を移動したアルクェイドは、息付く暇も無く地を蹴り回避。鼻先を掠めたのは亜音速の散弾だ。弾雨が木々をへし折る音色を聞きながら、アルクェイドは肩に当たる寸前に掴み取った散弾の一粒を何の気なく一瞥する。

「へ?」

 吸血姫の幻想にも似た美貌が呆けて崩れた。

「……豆?」
「アルクェイドッ!!」

 自身にとっての唯一の男の声に、アルクェイドは頭上を振り仰ぐ。屋敷の二階の窓が開いており、そこから身を乗り出して自分を呼ぶ眼鏡の青年が。

「志貴っ」

 アルクェイドは声を弾ませ、だが敵意が志貴の方へも分散した事に気付き、眦を吊り上げた。
 いけないっ!
 咄嗟に攻撃に移ろうかという考えがよぎる。だが、索敵感度を最高にまで引きあげているにも関わらず、敵の姿どころか位置すらも判別できない。

「アルクェイド、中にっ!」
「―――ッ」

 不鮮明過ぎる敵の正体に、情報不足のまま戦うのは不確定要素が多すぎると判断したアルクェイドは、志貴の声に無条件で従った。
 一呼吸で壁を駆け上がる。だが、二階の窓枠に足を掛けた瞬間、アルクェイドはゾクリと背筋に悪寒を感じた。皮膚一枚の近さまで迫った殺意。後ろも見ずに右腕を払う。うなじに喰いつこうとした何かを爪が引き裂いた。パァンと水風船が弾けたような音。同時に、上半身にぬめった液体が降り注ぐ。

「アルクェイド!?」
「大丈夫っ」

 部屋に飛び込みながら怪我は無いと応答。背後で志貴が叩き潰すように窓を閉めた。
 一息ついたアルクェイドはげんなりと真っ赤な液体に濡れそぼった体を見下ろした。卸したての白いサマーセーターが赤い斑模様柄になってしまっている。

「あれ?」

 血塗れ、そう思ったのも束の間、アルクェイドは自分の体から血の匂いがしない事に気づいた。袖を鼻先に近づけてクンクンと嗅ぐ。

「……トマト?」

 吸血鬼にとって甘露にも似た香しき血の匂いは何処にもなく、真っ赤なそれが発するのはトマトの瑞々しい果汁の香り。
 混乱する。確かに今、自分が叩き潰したのは、殺気を発した相手そのものだったはずなのに。間違い無くそれは首筋に噛み付こうとした。だが、潰れたそれは明らかにトマトで。

「うーん?」
「此処は拙い。奥に行くぞ」
「ちょっと志貴ぃ、なにが起こってるわけ?」
「説明はあと。とにかく――」

 志貴は説明もせずにさっさと廊下に飛び出し、

「ああっ、もうこんなところにまで入り込んでやがる」
「入り込んでって、何が…………」

 口をポカンと開け、まじまじとそれを見つめたアルクェイドは、ゴシゴシと汚れてない方の袖で目を擦った。

「……し、志貴、わたしちょっと疲れてるのかなあ」

 もちろん消えない目の前の光景。

「大丈夫、お前はいつものように無駄に元気だ。俺が保証する」
「で、でも、志貴、これは……」
「アルクェイド、もうすっごく気持ちは分かる。俺だって信じたくないというか頭痛いというか、このまま布団に入って寝ちゃいたいんだけどさ」

 少年は泣き笑いでアルクェイドの肩を抱き、フルフルと首を振った。

「残念ながら、現実なんだ、これ」

 その瞬間、わらわらと廊下一杯に蠢く『それら』が一斉に嗤い出す。
 人外奇声のオーケストラに、アルクェイドは志貴の服の裾を掴み、泡を食った様子で喚きたてた。

「わーっ、気持ち悪いぃ。嗤ってる! オマケに口とかあるし、牙とか生えてるし、挙句に動いてるし!! なんなの、これぇ!?」
「なにって、見たら分かるだろ?」
「だって、これ。どう見ても――」

 げんなりと耳を塞いでいる志貴の胸座を揺さぶりながら、アルクェイドは声を張り上げた。

「野菜じゃないッ!!」

 野菜であった。
 二人を廊下の端に追いつめ、怪しく蠢き迫り来る脅威。廊下を埋め尽くす異形達の姿を一言で言い表すならば……野菜!!
 いわゆる一つのベジタボー。
 いや、なんか普通の野菜より大きさが数倍あったり、ギョロ目とか裂けた口とか付いていたりギザギザの牙とか生えてたり、挙句にピョンピョン跳ねて動き回ってるので、野菜かと問われると返事に詰まるのだが、ともかく見た目はアスパラだったりほうれん草だったりごぼうだったりキャベツだったりするので野菜なのである。

 端的に言うと、志貴とアルクェイドは野菜に囲まれていた。

「という風に表現すると、なんか長閑な野菜畑でのんびり和んでるみたいだな、俺たち」
「志貴、そんな場合じゃないと思うんだけど」

 アルクェイドは半眼になりながら、あははと笑う志貴に呟いた。
 そんな二人を嘲笑うように、先頭に居た野菜が喋り出した。

『ふふふ、恐怖の余り現実逃避か、人型どもめ』
「わっ、志貴、ブロッコリーが喋ったよッ!?」
『違うッ、私はカリフラワーだ!』

 カリフラワーは頭のブツブツを逆立て激怒した。

「わ、ごめんなさい」
『むっ、素直だな。まあいい、許してやろう』
「偉そうなカリフ……あ、なんでもないです」

 一抱えもある巨大なカリフラワーは、一歩前に出て大仰に胸(?)を逸らすとその三白眼で志貴とアルクェイドをねめつけ、倣岸な口調で宣告してきた。

『さあ、貴様ら。観念して大人しく食われるがいい』
「ええーっ、わたし別にあんたなんか食べたくないよ」
「不味そうだし、俺もあんまり……」
『違うッ! 貴様らが我々を食べるのではなく、我々が貴様らを食らうのだ!! ちなみに、私は不味くない!!』

 地団太を踏む――脚、無いけど――カリフラワー氏。

『おのれ、貴様ら。我々人喰い野菜結社『赤い緑黄色野菜の帝国』を侮辱するつもりかッ!?』
「赤い緑黄色?」
「なんか矛盾してるぞ」
『細かいところを気にするでない!』
「でも、名前のわりにあんた、白いじゃない」

 ガァーンと全身白のカリフラワーはよろめいた。

『お、おのれ、人が気にしている事を〜』
「き、気にしてたのか」
『当然だッ。白菜だとて、あの、あの葱ですら緑の部分があるのだぞ!?』
「そ、そうなんだ」

 なんかネギに因縁でもあるのか?
 理屈はわからないものの、その剣幕に志貴は怯んだ。

「そっか。気にしてたんだ。ごめんね〜」

 一方の心が純真なアルクェイドは素直に謝罪する。

『あ、謝っても私の傷ついた繊細な芯は……ふ、ふん、まあいい許してやろう。私の心はこの傘のように寛大なのだ』
「うん、ありがとう」
『だが、貴様らの命もここまでだというのは変わらんからな。さあ、覚悟を決めてこの切り込みたい―――』
「えいッ」

 暢気な掛け声、右腕一閃。ボフンッと乾いた音が響きカリフラワーの上半身が消し飛ぶ。
 ボテッ、と幹だけとなったカリフラワーの残骸が床に倒れた。

「……おまえ、何気に酷いよな」
「え? 倒したら拙かった?」
「いや、いいんだけどさ」

 志貴は投げやりに言葉を返し、『おおお、隊長が殺られたぁ!』『おのれ卑怯なぁぁ』『彼奴らを生かして返すナッ』『喰い殺せ!』『コンニャクイモの肥料にしてやれぇ!』などと定番の台詞で盛り上がってる野菜軍団を一瞥した。

「とりあえずさ、ここ突破してみんなの所に行こう」
「やっちゃっていいの?」
「ああ、うん」

 躊躇い気味に頷く志貴の前を、腕まくりしたアルクェイドが無邪気に腕をグルグル回しながら野菜の群れに突進していく。

「……生ごみの日って、何曜日だったかなあ」

 廊下一杯に散乱していく野菜クズを眺めながら、そんな事が心配になる志貴であった。









『陛下』
『なんじゃ、物々しい』
『先遣隊が全滅しました』

 しばし沈黙が流れる。
 やがて、哀切とも落胆とも取れぬ低い声が響いた。

『誰にやられた?』
『遠野の男、それと真祖の姫により』
『ふん、左様か。やはりこの屋敷の者どもは脅威じゃな。まずは総力をあげて遠野を駆逐する、よいな』
『御意』
『それにしても、あれほどの剛の者がここで果てるとは。惜しいブロッコリーを無くしたものじゃ。まだ長々と働けたであろうに』
『お言葉ですが陛下』
『なんじゃ?』
『彼奴はブロッコリーではなくカリフラワーです』
『………』
『………』
『さ、さあ、我が忠実なる騎士たちよ。次なる手を繰り出し、我らが覇道を阻む者どもを討伐するのじゃ』
『……御意』











 琥珀が買い物帰りに立ち寄ったビデオ店でふと手に取ったB級映画。これが事件の発端だった。
 巨大化した人喰いトマトが大暴れ、という環境保全を訴える映画を見終わった彼女は、鮮烈な感動を抱くと同時に心に湧き上がる使命感に気づいたのだ。

「わたしもトリカブトやチョウセンアサガオ程度を自家栽培しているぐらいで満足していてはまだまだですねぇ。やっぱり人喰い植物の一株や二株は栽培してみないと」

 意味不明であった。

 だが、一度決めたらどんな手練手管を使ってもやり遂げるのが琥珀さんの真骨頂。
 毎度の如く屋敷の敷地内にて勝手にアルクェイドと一戦繰り広げてたシエルを捉まえた琥珀は、得意の弁舌を駆使してこの稀代の魔術師でもある女性に切々と訴えたのだった。

「は? ええっと、すみません、琥珀さん。仰る意味がよく分からないんですけど」
「つまりですね、シエルさん。わたしは、カレーの真髄は野菜にあると思うんですよ」
「や、野菜ですか。ふむ、確かに本場インドでも日本のカレーでも、野菜は疎かに出来ない要素だとは思いますが」
「そうでしょう? そして、わたしが調査に調査を重ねた結果、闇に埋もれた一つの伝説を見つけたのです! そう、カレーの旨味を昇竜の如く引き出す失われた秘術を」
「な!? そ、それはいったい!?」
「トマトです!」
「とまと?」
「そう、とある特殊なトマトをふんだんに使う事で、カレーのコクと旨味はバナナにマヨネーズを掛けた時のように一変するのです。これ、まさしく味覚革命といっても過言ではないのですよ、シエルさん」

 埋葬機関第七位を冠する少女は、琥珀が語るその峻烈な内容に茫然自失した。

「そ、それが事実とすれば、なんと素晴らしい」
「食べてみたいと思いませんか、シエルさん」
「そ、そそそそりはもう!!」

 食いつかんばかりのシエルに、だが琥珀は哀愁を浮かべ、悲嘆に暮れた表情を袂で隠した。

「な、なにか問題でも?」
「ええ、はい、とぉっても大きな問題があるんですよぉ。実は、このカレーに必要な特殊なトマト以下特殊な野菜は大変特殊なものでして」
「て、ててて手に入らないんですか?」

 両手で顔を挟み潰してこの世の終わりを体現するシエル。

「いえ、手に入らないというか、危ないというか、ヤバいといいますか。でも、シエルさん」
「は、はい」
「貴女のご協力があれば、もしかしたら……」
「琥珀さんッ!!」
「はい、なんですかシエルさん?」
「わたしにご協力出来る事なら、なんなりと!!」









「……と、大雑把にはこういう経緯でして、はい」

 琥珀の話を黙って聞いていた遠野秋葉は、気怠げに髪を梳き一つ典雅に深呼吸をすると、

「つまり……貴女たちが元凶かぁぁぁぁ!!」

 核爆発。

「はぅ、ああ、いえ、これは、そのですね、秋葉さん。別に悪気があった訳ではなく、不可抗力というか誘惑に負けたというか」
「あははは、ぶっちゃけ仰る通り!」
「こっ、琥珀さん、そんなあっさり認めないで―――」
「……死なす」
「秋葉さま、落ち着いてください、秋葉さま」


 皆が立て篭もっている居間へと辿り着いた志貴とアルクェイドの前に繰り広げられていたのは、斯くの如き愉快な仲間割れ。柳眉を逆立てた鬼女の真っ赤な髪が渦巻き、あたふたと慌てる教会女とヒョコヒョコと逃げ回る割烹着の娘、そして一生懸命鬼女を制止しているメイド服の少女。
 まあ、やってる事はいつもと一緒だった。

 一応、琥珀の説明を聞いていたアルクェイドは、呆れ果てた様子でソファーに身を静めると、

「……でさ、原因に付いては凡そ想像できたけど、結局今どうなってるわけ?」
「現在、遠野邸の敷地75%が『赤い緑黄色野菜の帝国』を名乗る過激派に占拠され、なお攻勢を受けている真っ最中です。彼らの主張は現在のところただ一つ。我々野菜を搾取し続ける人間どもに革命の鉄槌を! だそうです」
「くっ、神をも恐れぬコミュニストめ。好き勝手な事をほざいているようですね。許せない」

 丁寧な翡翠の返答に、シエルは義憤を宿した拳を雄雄しく握り締めた。
 それを見た遠野秋葉は無言でスカートの裾を摘み上げると、燃え盛る法衣姿の少女の背中にヤクザ蹴り。前のめりにぶっ倒れ、前頭部を強打するシエル。

「ギャッ!? な、なにをするんですか、ご無体な!」
「好き勝手な事をほざいているのは貴女じゃありませんこと、シエル先輩」

 憤怒の笑みを貼り付けた秋葉は、グリグリと靴の踵でシエルの背中を踏み躙り、

「妖しげな妖術でッ、人の家の菜園をッ、化け物のッ、巣窟にッ、変えたのはッ……貴女でしょうがぁぁッ!」
「痛、アイタタ、痛い痛いッ。ふ、不可抗力です。それにそもそもこれは琥珀さんが―――」
「勝手に野菜が自己増殖するような術を掛けたり、予想外に知能が付き過ぎちゃったりしたのはシエルさんの所為で、わたしは関知してませんよー」
「あっ、ひどい。自分だけ責任逃れするつもりですかっ!」
「いやですねぇ、わたしは多少恣意的に情報をカットした事実だけを述べているだけで―――」
「ダマらっしゃいッ!!」

 比喩なくビリビリと居間が震えた。
 ひっくり返るシエルと琥珀を、秋葉は完全に据わりきった目で睨みつけ、

「それ以上戯けた事を言うつもりなら、私もいい加減―――」

 ―――パリンッ

「容赦というも……え、なに?」

 ガラスが破れ、飛び込んできたのは7つのジャガイモ。床を転がるそれを見た瞬間、電光の反応を見せたのは志貴とアルクェイド、そしてシエルの三人。それぞれ、翡翠、琥珀、秋葉を抱きかかえ障害物の陰へと飛び込む。
 転瞬、凄まじい爆音を撒き散らし、七つのジャガイモは自爆。爆圧が膨れ上がり、硬質化した芋の破片が一面に飛び散り、家具や壁へと突き刺さる。

「だ、大丈夫か、みんな!?」

 身を堅くしている翡翠の肩を抱き、志貴は粉塵渦巻き視界が利かない周囲に呼びかける。

「うん、大丈夫よ」
「はー、びっくりしました」
「けほっ、けほっ。なっ、なんですか、いったい?」
「いい加減、悠長に構えていられなくなったという事ですよ」

 抑揚の失せたシエルの声が響くや、視界を覆う煙の奥に特徴的な法衣のシルエットが舞った。クロスした両手に長大な剣の束が具現。腕がしなり、尋常ならざる速度で投擲される。八本の黒鍵が窓を破って侵入してきた無数の野菜たちに突き刺さった。同時に鉄甲作用が発現。
 肺腑を抉るような重い衝撃が走り、一瞬にして30を越える野菜たちが原型も残さず消し飛ぶ。
 震動の余韻の奥からヒラリと降り立ったシエルは、志貴に厳しい口調で告げた。

「遠野君、こうなったら元凶を断たねばなりません。さもなくばこの野菜たち、屋敷だけに飽き足らず街にまで被害を広げかねませんよ」
「そいつは…愉快な話じゃないですね」

 立ちあがる翡翠に手を貸しながら、志貴はまたぞろ破れた窓から侵入しようとしている凶悪な面相の野菜たちの姿に顔を顰めた。

「ねぇ、相談するのはいいけどここは拙いんじゃない? わたしやシエルはともかく、翡翠や妹は危ないよ」
「……だな。翡翠、まだ安全な場所ってあるか?」
「は、はい。今は使用していませんが、遊戯室が立て篭もるには最適かと思われます」
「よし、じゃあみんな。一旦そこで体勢を立て直そう」

 志貴とアルクェイドが遊戯室までの通路の安全を確かめるために走り、シエルが殿に立ち侵入してくるキラーベジタブルたちを食い止める。
 ピンッと張り詰めた、まさしく生死の境目といった雰囲気に、琥珀はわなわなと拳を震わせた。

「いやぁ、秋葉さま。なんだかぐぁぁっと盛り上がってきましたねぇ。アラモ砦かスターシップトルーパーズみたいじゃないですか」
「他人事みたいに云うのはその首か! 誰の所為でこうなったとっ!」
「あ、あぎはざま、ろーぶろーぶ」
「お二人とも遊んでいる場合ではありません。さぁ、早く」

 翡翠に窘められ、ルームメイト直伝の襟締めで琥珀を締め上げていた秋葉は渋々使用人の指導を中断し、兄たちの後に続いた。
 だが、居間を出て僅かも経たず、秋葉たちは立ち竦まざるをえなくなる。

「あ、秋葉、戻れ戻れッ!!」
「兄さ……じょ、冗談でしょ?」

 泡を食って戻ってくる志貴の背景。吹き抜けの玄関ホール。そこにズラと横一列に並ぶのは50cm近くもあろうかというお化け人参の一団だった。そして、次の瞬間横隊の背後に立つ指揮官らしきデカカボチャが高らかに命を下した。

『キャロットミサイル、総力斉射ッ、放てェェェ!!』

 ドギュルルルル〜〜と三角錐の底辺部分から煙を噴出し、人参たちが虚空に浮かぶ。さながら対戦車ロケット砲のように、人参たちは一斉に秋葉たち目掛けて加速した。

「うわぁ、来たぁぁ!」
「数多すぎ――て」

 七つ夜を抜いた志貴とアルクェイドが迎撃しようと立ち塞がるが、人参ミサイルの数は50を越え、既に至近距離。体術でどうにかなる状況ではなく――

「――ガァッ!」

 咆哮ッ!!
 高速処理された戦術思考に導かれ、アルクェイドは空を抉るようにして顎を模った右手を突き出した。金髪が逆巻き、カッと見開かれた瞳が血に塗れ、縦に裂ける。意識野が現実世界を侵食し、周辺全ての精霊が雪崩をうって真祖の姫に屈服した。
 マーブル・ファンタズム。
 だが、辺り一帯ごと消し飛ばす空想具現化が発現しようとした瞬間、彼女の視界は真紅の朱色に染め尽くされた。

「―――ッ!」

 咄嗟にアルクェイドは破壊の顕現を抑え込んだ。
 織り成す赤色。志貴とアルクェイドの眼に、瞬く間に茨のような真紅の壁が編み込まれていくのが見える。甲高い風切音を纏って襲来した人参の大群は次々に紅壁へと突っ込んだ。途端、爆ぜるように元の赤い髪へと解ける真紅の壁。だが、一拍の後、真紅の髪は独自の意思を持つかのようにイカレた速さでミサイルの大群に絡み付いていく。

「妹の檻髪!」
『なんだとぉ!?』

 人参ミサイルが次々に萎び、推進力を奪われて床へと転がり落ちて行くという有り得ぬ光景に、指揮官カボチャは目を剥いた。その眉間に、トスと軽い音を立てて投げナイフが突き刺さる。死点を貫かれ、お化けカボチャは物言わぬカボチャとなり停止した。

「ふぅ、い、今のはヤバかった。秋葉、でかした」

 ナイフを投擲した手で額を拭う兄に、髪を黒色に戻していた秋葉が薄い胸を傲然と反らしてみせる。

「ふふっこの程度、造作もありませんわ、兄さん」
「造作もないんですかぁ。じゃあ、今度食品加工なんか手伝って貰うのもいいかもしれませんね。ほらほら、翡翠ちゃん。この人参、見事なフリーズドライだよ」
「ね、姉さん」
「あはは、妹すごいじゃない。人間冷凍乾燥機だ」

 キャッキャとはしゃぐ琥珀とアルクェイドの声に紛れて、志貴はピアノ線が切れるような音を聞いた気がした。

「い、いけません、秋葉さま!」
「秋葉っ、待て、キレるなぁ!」
「はっ、はは放して兄さん。こここののしっししれ痴れ者どもは一度殺して、殺してっ、キェェェ!」
「略奪はやめなさいぃ」
「志貴がんばれぇ。そのままバックドロップだぁ」
「おまえも無邪気に応援してるんじゃない、このバカ女ぁ!」
「なにやってるんですかっ!」

 騒ぎが聞こえたのだろうか。居間の方からシエルの怒声が響いてくる。

「もうあまり持ちません! さっさと避難してくださいっ!」

 ドンガラガッシャンと一際大きく爆音が連鎖し、屋敷が土台ごと揺れる。

「ほら、持たないんだって。秋葉、おまえもいい加減にしろって。遊戯室に行くぞ」
「こはぁくぅぅ、覚えていなさいよぉぉ」
「妹、その台詞ってまるっきり悪役だね」
「黙れッ、このアーパー吸血鬼ぃ!」
「秋葉さま、それ以上怒ると血圧が……」
「うきぃぃぃ!!」










 先代当主の逝去以来、封鎖されていた遊戯室。だが翡翠に導かれて辿り着いたそこは志貴が思い描いていたものとはかなり違っていた。

「……カラオケルーム?」

 てっきりビリヤード台でも置いてある広く格調高い部屋を想像していたのだが、そこは十人前後が寛げる広さはあるものの、窮屈な閉塞感に包まれており、奥には埃を被ったカラオケデッキが置かれているだけの部屋だった。

「親父のやつ、こんな部屋作ってたのか」
「志貴ぃ、わたしカラオケって初めて」
「はいはい、今度連れてってやるから、そんなに目を輝かすな。今はダメだからな」
「えーっ」
「だーめ」

 不服そうなアルクェイドの抗議は聞き流す。

「頑丈なつくりですね。これなら、入口さえ抑えていればそうそう中へは入ってこられない」

 その代わり逃げ場もありませんけどね、とシエルは難しそうな顔をして呟いた。

「あら、逃げ場ならありますよ」

 あっけらかんとそう言って壁に伝う紐を引く琥珀。パカッと丁度カラオケで歌う人が立つ所の床に穴が空いた。

「ここからなら地下牢まで一直線。その代わり落ちたら最後、閉じ込められてさあ大変。あははは……はは…は」

 ふと琥珀は、周囲に嫌ぁな沈黙が流れ、嫌ぁな視線が自分に注がれてるのに気づいた。
 笑顔を貼り付けたまま、パッと紐を離す琥珀。パタと塞がる落とし穴。

「ああ、今のは目の錯覚ですから、忘れてください。気のせい気のせい。今日も暑いですからねえ」
「……えっと、話を戻しますね」

 シエルはコホンと咳払いをして話を再開した。

「とりあえず、ここに立て篭もっていればしばらくは安全でしょう。ただ、元凶を断たない事には事態は悪化の一途を辿ることになります」
「それで、その断たなきゃならない元凶ってのは何なのよ」
「トマトです」

 アルクェイドの質問にシエルは嫌そうに答えた。

「菜園にあったトマトの苗木に、術式を付与した賢石を埋め込んだんです。その賢石さえ取り除けば…」

 その後を、秋葉が続けた。

「この馬鹿げた騒ぎが収まる、という事ですか?」
「ええ、魔力の元を断たれて、元の野菜に戻るはずです」
「じゃあ、とっととその賢石とやらを取りに行きましょうよ。あ、別にわたし一人で行ってもいいんだけど」
「いや、俺も行くよ。何があるか分からないし。えっと、シエル先輩は残ってくれないかな」
「ちょ、ちょっと待ってください。こういう荒事はわたしの領分です、遠野君こそ残って」
「いや、そこを曲げて頼みますよ、先輩」

 手を合わせながら志貴は目線で秋葉を指す。妹を心配する彼の意を悟り、だがシエルは頬を膨らませる。

「だったら、自分が残ればいいでしょうに」
「篭城戦だと、俺の力は余り役に立たないですからね。というわけで、秋葉、先輩の言うこと聞くんだぞ」
「えっ? でも、兄さん、私も――」
「妹はここに残っててよ。妹の能力なら、ここで防ぐのにも適してるわ。それに外だと死角から襲われるかもしれないしね。だいたい戦えるのがシエルだけだと、ヘマやったとき大変だし」
「誰がヘマなんかッ」

 怒るシエルを押しのけて、憮然とした秋葉が堪えるように応じる。

「…わかりました。私だって、道理ぐらいは理解できます」
「うん、いい子だ、秋葉。翡翠たちを頼む」
「分かっています、兄さんも気をつけて。アルクェイドさん、兄さんに傷一つつけたら承知しませんよッ」
「了解よ。シエルもせいぜいミスんないようにしなさいよ」
「さっさと行け、あーぱー!」
「志貴さま、お気をつけて」
「二人とも、がんばってください。まだまだ四天王とか三羽烏とかそれっぽい強敵が残ってそうですからねぇ」

 うわぁそれは嫌だなあ。
 琥珀の声援にげんなりしながら、志貴はアルクェイドと連れ立ち遊戯室を後にした。










『はっはっはっ、我々赤ピーマン・緑ピーマン・黄ピーマンのピーマン三兄弟を倒さずして、庭に出れると思うなよ。通して欲しくば、赤ピーマン緑ピーマン黄ピーマンと噛まずに10回言ってみ―――ぶろらぁぁぁぁぁ!?』

 アルクェイドの一撃で、一瞬にしてパエリアの具と成り果てるピーマン3。

「三羽烏とか三兄弟とか関係無しだな」
「ちゃっちゃと行くわよ、志貴」
「へいへい」

 完全に従者気分で姫君の後に続いて玄関を潜る。普段はしんと静まり返っている遠野家の庭だが、朧月に浮く今の庭は、どこか無数の息遣いを潜ませたざわめきを感じさせる。

 庭の奥にある琥珀の菜園に駆け出す二人。だが、林の奥にぽかりと拓いた小さな広場に差し掛かった所で二人は自然と脚を止めた。
 影が一つ、佇んでいる。梢の隙間から差し込む月光に照らされたそれは、カウボーイハットと薄汚い外套を身につけた一本のトウモロコシ。

「し、シュールだ」

 艶々と輝く黄金色の粒の奥から、トウモロコシは瞼を薄らと開けた。

『来たか』

 くぐもった、だが不思議と通りのいい凝る声。

『コーン・ザ・トライガンナー。オレの名だ。覚えなくても構わん。死出の道逝くお前達には無用の響きだ』
「ねえ志貴。あの帽子とマント、どこで手に入れたんだろう」
「俺が知りたい」
「ふぅん、どっちにしても」

 詰まらなそうに鼻を鳴らしたアルクェイド。次の瞬間、

「カウボーイゴッコに付き合ってる暇はないわよ」

 吸血姫は重力を無視して水平に跳んだ。捻った体躯はなだらかな螺旋を描き、遠心力の加わった爪撃をトウモロコシの顔面へと叩きつけ―――

「――ッ!?」

 刹那、眼前に出現した青緑。全身を駆け巡った凄まじい悪寒に、アルクェイドは顔を歪めた。
 背後の志貴には総てが見えた。
 トウモロコシの皮が手のように動き、さながらクイックドロウの如くその背に負っていた1メートル半ほどもある長大なサヤエンドウを抜き放つや、縦方向に立て構えアルクェイドの眼前に突き出したのだ。

「アルクェイドッ!!」
『飛び散れ』

 抑揚の欠けた宣告。割れるサヤエンドウ。
 アルクェイドの悲鳴は、切り裂くような爆音にかき消された。
 それは、さながら至近距離からの対人地雷の炸裂。千を軽く越える硬化豆子弾がアルクェイドの全身に満遍なく着弾した。
 華奢な体がごみクズのように吹き飛ばされる。壊れた人形のように地面を三度バウンドしたアルクェイドは、そのまま轍のような傷を大地に残し、ようやく止まる。
 だが、それで攻撃が途絶えた訳ではなかった。
 楯のように構えていたサヤエンドウの皮が閉まるや、どこからともなく取り出したベルト式弾倉をエンドウの側部に繋ぎ、トランクの如く持ちかえると、先端を立ち込める土煙の方へと向けた。アルクェイドが倒れ伏している方角に。

『踊れ』

 ガチャンと重々しい接合音。弾倉が装填。
 そして一拍の空白の後、広場は電気ノコギリに似た狂気じみた絶凶に包まれた。悪夢的な情景だった。秒間20発を越す弾丸が土煙を蜂の巣にし、着弾によりさらなる土煙を巻き上げる。煙奥に倒れる女の末路は容易に想像できた。ミンチだ。

『ピリオドだ』

 それでもトウモロコシは容赦を知らない。ベルトを外すや、今度はサヤエンドウをひっくり返し身体を斜めに傾けて、人間ならば肩があるであろう部分に抱え持つ。そして、標的を消し炭にする焼夷ロケット豆弾を発射せんとトリガーを―――

「いい加減にしろよ、お前」

 総毛起つ。感情が磨耗したような擦れた声。それは耳元から聞こえた。
 ――疾い!
 横合いより、地を這うようなとんでもない低姿勢で突っ込んできた志貴。一瞬たりとも気を逸らさなかったにも関わらず、接近にまるで気がつかなかった事に恐懼する。
 そして、眼が合った。

『―――――ぉぉッッ!!』

 奈落のような蒼い眸が――――死を映していた。

 脳裏から何もかもが消し飛び、反射的に抱えていたエンドウの砲身を自分の足元に向けて、トウモロコシは引鉄を引いた。
 大地が震え、大気が戦慄く。
 爆風が空間を舐め尽くし、間一髪急制動を掛けた志貴は、吹き飛ばされたものの爆風に逆らわず受身を取って地面を転がる。すぐさま跳ね起きた志貴は油断無く七つ夜を構えて立ち昇る炎を睨み据えた。
 炎は、僅かな時間舞い踊っただけですぐに消えうせる。立ち込める白煙。そして漂ってくる香ばしい匂い。

『恐ろ…しいな。直死の魔眼か。そして、その使い手』

 焼け焦げた帽子を、拾い上げる姿が白煙の向こうに垣間見えた。

『ふっ、だが恐怖もまた心地よいものだ。身体の芯まで熱くなる』

 こんがりと全身を焼き色に染めた焼きモロコシが、ユラリと姿を現した。
 食欲をそそる香りを漂わせる頭に帽子を被りなおし、低くも愉しげな声で告げる。

『だが、意外に激しやすい。あの程度の攻撃で、真祖の姫が滅するとは貴様も思ってはいないだろうに』
「そりゃあな」

 視界の端には、丁度アルクェイドが煤塗れの金髪を振り乱しながら立ちあがろうとしている姿が映っている。
 服は無残なボロ布と化しあられもない姿。だが、恐るべき事にその下の白い肌には傷一つついていない。
 それでも志貴は怒りを殺しながら、吐き捨てる。

「でも、あいつが痛めつけられてるのを黙って見てられるほど、俺も無神経じゃないんでね」

 怒りとは裏腹に、意識は清廉な泉のように透き通っていた。浮かび上がる死線を眼でなぞりながら、遠野志貴は全身を駆け巡る痺れに打ち震えていた。身体の隅々、そう頭の天辺から脚の爪先まで総てを完璧に制御化に強いた感触。
 今なら三秒と掛からず、アレを微塵に解体出来る自信があった。
 だが―――

「ま……ちな…さい。し…き」

 そんな冴え渡った感覚は、アルクェイドの壊れた鈴のような声が響いた瞬間、煙のように吹き散らされた。

「今、わたしちょっとイイ気分なの」
「アルクェイド、お前」

 乱れた前髪をかきあげる。その指の隙間から覗く眸は爛々とした血の色に濡れていて、
 志貴は乾いた咽喉をゴクリと鳴らした。
 ユラと立ったその姿、千々に破れた衣服の無残さとその下から覗く青磁の肌の幻想じみた美しさが異様なコントラストを描いていて……さながら悪夢のような凄絶美。

「ここまで好い様にぶっ飛ばされたのは、シエル以来よ」

 引き裂かれた三日月の孤を描く、紅の口唇。
 零れるものは、怒りと愉悦。

「これって、屈辱、よね? あは、あははは」

 背筋を仰け反らせて哄笑しだしたアルクェイド。怯える世界に同期して、志貴は心底怖気を抱く。

「志貴、志貴、ダメよ。ダメだからね。そいつは―――」

 艶然と彼女は敵を見据えた。その面差しは朱に濡れ、闇に濡れ、殺意に濡れた艶やかな凶笑が――

「わたしが、壊すんだからッ!」

 絶殺宣告!
 アルクェイド・ブリュンスタッドは一筋の閃光となって駆け出し―――



「……あへ?」

 三歩と行かず、ベチッと顔面からすっ転んだ。

「あ、アルクェイド?」
「はら? ち、力がはいらな……ヘックチュンッ!」

 慌てて駆け寄る志貴の前でくしゃみ連発、挙句にダバダバと滝のような涙を流し始めるアルクェイド。

「か、花粉症か?」
「ちが…ひぇっくしゅん! うぇぇ、こ、この臭い、くしゅんっくしゅんっ!」
『無駄だ、真祖の姫。しばらくは戦うどころか動けまい』
「お前、何を…」
『弾倉の一割に、対吸血鬼用に生みだされた同志、催涙効果付き弛緩にんにくを装填してあった。我々とて無策で地上最強生物に立ち向かうほど愚かではない』
「にんにくだと?」

 ギョッと振り返ると、真っ赤な目をして滂沱の涙を流しながら突っ伏してるアルクェイド。既に目の赤い理由が違ってるし。

「あ、アルクェイド、だいじょうぶかぁ?」
「ぶびー、にんにく嫌いぃ」
「だ、だめか」

 鼻水を垂らしながら悶えるアルクェイド。百年の恋も冷めようかという姿だ。

『さあ、魔眼の使い手よ。同じマガンの使い手同士、心行くまで殺し合おうぞ』

 いや、あんたのは魔銃というよりサヤエンドウだろう、という突っ込みを胸に留め、志貴は七つ夜を握り締める。相手が魔銃使いだろうが、サヤエンドウ使いだろうが、焼きもろこしだろうが。

「…強敵には違いないしな」

 焼きもろこしは新たに三挺のサヤエンドウを抜いた。先ほどの狂気じみた兇器ではなく拳銃タイプ。それを見た瞬間、志貴はすばやく駆け出した。障害物のない広場は、接近戦しか出来ない自分には屠殺場と変わらない。
 もろこしも、銃を持つ以外の皮を蜘蛛の脚のように駆使して、走り出す。
 戦場は紅葉の並ぶ林へと移った。

『ここなら、銃弾が届かぬとでも思ったか』

 サヤエンドウが吼えた。
 上下に重ねた銃口から12発の弾丸が連射。機関銃並の速さで放たれた銃弾の帯は、寸分の狂い無く紅葉の幹に着弾し、粉砕。飛び散る木屑の向こうに志貴の背が姿を見せる。最後の銃を、重ねた二挺の上に添え、三挺同時にトリガーを――

「くぉ!?」

 呻きながら、志貴は咄嗟に前方の木を蹴って転進。肩を掠めた三連弾が木の幹を抉った。疾駆する脚を止めぬまま毒づく。

「くそっ、長引けば……」

 やられる。
 どうしようもないほどの確信。

『逃げていては埒があかないぞ』

 同感だ。殺るなら、今この瞬間から攻勢に転じなければ。
 相手の揶揄に小さく頷き、志貴は軽くステップを踏んだ。舞踏のごとく180度ターン。さらにバク転で慣性を瞬殺するや一気に再加速。驚きに呻く焼きもろこし。
 志貴が走るは、転じた時に両断した紅葉の木。敵の方向へと倒れていく幹を、志貴は一気に駆け昇った。

『その程度でッ!』
 
 焼きもろこしは三挺拳銃を全力乱射。倒れゆく紅葉は地面を揺るがす事もなく四散。だが、その上には既に志貴の姿は無く――
 ガンスリンガーが志貴の姿を見つけたときには、既に彼は別の木を蹴っていた。慌てて銃口をそちらに向けんとして、拳銃使いは愕然とした。
 狭い空間に生え揃う紅葉の林。そして宙に網を張る無数の枝。そのすべてを足場として、

『ぬうっ!』

 遠野志貴は、縦横無尽に虚空を駆けた。

『的が――!』

 絞れない。
 上下左右を駆使し尽くす、常軌を逸した三次元高速機動。狙いも付けず撃ちまくるも、放った弾丸は遠野志貴を掠めも出来ず。
 気がつけば―――

『青い……』

 魔眼の光が、天頂から―――

『直死―――ッ!』


 ――――斬


 枝を蹴り折り直下一閃、縦に走る死の線に刃を滑らせ、志貴は膝を着く。

『み…ご……ぉ』

 そして、裂音。
 二つに割れて崩れ落ちた焼きもろこしにしばし黙祷を捧げ、遠野志貴は踵を返した。





「ふぁばらべでぐらんで?」
「いや、もう何言ってるか分からん」

 涙と鼻水塗れの姫君は顔も真っ赤で、もうぐったり。大丈夫かと尋ねるのも憚られるご様子。

「こりゃダメだな。アルクェイド、お前はここで休んでなさい。あとは俺がやっとくからさ」
「だべぼぼぼびりぶぶべりば? べっぎゅしゅんっ」
「いや、だから何言ってるか分からん」

 不満げな様子だったが、もう反論する気力もないらしく、アルクェイドは力無く頷く。正直、彼女抜きは不安だったが回復するのを待つわけにもいかないだろう。秋葉たちの方が心配だ。

「じゃあ大人しくしてろよ」
「ぶぇっくしゅん!」

 花粉症には気をつけよう。
 何気にそんな教訓を得ながら、志貴は野菜たちの本拠である菜園へと走り出した。








 志貴の記憶にある琥珀の菜園は家庭菜園の域を越えないこじんまりしたものだった。妖しげな植物を栽培している温室の方が遥かに力を入れていたぐらいである。だが……

「凄いな、これは」

 辺り一面、見渡す限り緑の葉や蔦が覆い尽くしている。あらゆる野菜の緑黄が、ざわざわと蠢いている様は不気味でもあり、また壮観でもあった。
 茫然と志貴が『野菜畑』を見渡していると、緑の一角が突然盛り上がる。巨大な茎が塔を成して左右に割れる。その内より姿を現したのは、3メートルを越えようかという巨大なトマトであった。志貴は思わず感嘆の吐息を漏らす。トマトはその巨大さとは裏腹に瑞々しい綺麗な赤色に染まり、醜悪さはまるで無く、それどころか高貴さすら漂わせていた。
 美味しいと主張してた琥珀の言葉もこれを見れば信じていいと思える。

『控えよッ、陛下が御前であるぞ!』

 いきり立つ怒声に、志貴は巨大トマトの傍らに、一回り小さなトマト――小さいとは言え人の身長ほどはあったが――がぶら下がり、鋭く此方を睨んでいるのに気付いた。

「陛下?」
『予の事であるぞよ』

 志貴はギョッと後退った。何時の間にか、巨大トマトが目を開き、凶悪な牙を露としている。脳裏に浮かんだ人喰いトマトという単語がなるほどすんなりと目の前の物体と重なる。

『ふわっはっは、よくぞ我が元まで参った、人間。予こそが神聖野菜帝国皇帝(予定)のトマトである。ちなみに名前はまだ無い』
「そ、そうですか」

 思わず畏まる志貴に、トマト皇帝は上機嫌にプルプルと震えた。

『うふふ、歴戦の勇者といえど、予を前にしては戦くばかりか。それも仕方あるまい。予の威光は然程に強烈なり! どうじゃ、畏怖の余り内臓から爆散して飛び散っても構わんぞよ?』
「いや、構わんとか言われても」

 生憎と志貴は死線は視れても、内臓から爆散する方法は知らなかった。
 困った彼を見て、トマトは再びプルプルと震える。

『なんと、さすがは魔眼の主よ。予の尊姿を見て爆散どころか失明すらせぬとは。余程精神が頑強とみえる』

 感嘆していたらしい。

『ふっ、その腹の据わり様、気に入った。遠野志貴よ、予の領地の半分を貴様にやろう。どうじゃ、ともに支配者とならんかえ?』
『へ、陛下!』
『なんじゃ、トマト騎士。口出しは無用ぞ』
『いえ、ですが人間如きにその様な』
『ええい、黙っておれ。予はその男が気に入ったのじゃ』

 何やら言い争ってる大トマトと小トマトに、これって受けたらやっぱりゲームオーバー? と思いながら志貴は恐る恐る告げた。

「えっと……領地って言っても、ここは元々俺の家なんだけど」
『馬鹿者!!』

 怒られた。

「ご、ごめん」

 反射的に謝ってしまった志貴に、トマト帝はプリプリと言い放つ。

『そなたは出世払いという言葉を知らんのか!』
「おいおい」
『ぬう、信じておらんな。予はいずれ世に帝国を打ち建てるトマトであるぞよ〜』

 大トマトは蔦を腕のように翻し、一面の野菜畑を指し示す。

『見よ、ここにて収穫を待つ野菜たちは第二世代人喰い野菜。この遠野屋敷を制圧した後に、外界に撃ってでる尖兵となるものどもじゃ。こやつらは凶悪じゃぞ。なにしろ天然の有機栽培じゃ!』

 ……こいつ有機栽培の意味分かってるのか?
 
 志貴の真摯な疑問を無視して、トマト帝の舌鋒は好調さを増していく。

『そのスペックは第一世代のおよそ1.7倍。こやつらを前にしては軟弱な人間どもなどまさに有象無象ぞ。どうじゃ、人間。予の誘い、断るには惜しいと思わんか?』

 得意げなトマト帝の横で、トマト騎士が憎悪に塗れた視線をよこしてくるのを、志貴は感じ取っていた。余程、自分が気に入らないらしい。まあ、当然かもしれないが。

「あんまり気が乗らないなあ」
『うぬぬ、それは暗にもっと具体的な将来設計の提示を要求しておるのか。良かろう、教えて進ぜよう。今後の予定としては、麓の街を制圧し、それを足がかりにして……』
「人間を襲いまくるのか。それとも、世界征服でもするつもりか?」

 揶揄を混ぜて訊ねると、当然だと言わんばかりに邪笑を浮かべるトマト騎士の横で、トマト帝はプルプルと震え、

『愚か者めっ!』

 またも怒られた。

「な、なんだよ、違うのか?」
『今時世界征服など出来るわけなかろう。現実を見んか、現実を。なんじゃ、まっまさかそなた世界の半分を所望しているのではあるまいな!? そ、そそそれはちょっと予に期待されても困る』
「い、いや別に世界の半分なんていらないけど」
『そ、そうか。よかった。本気だったらどうしようかと思ったぞよ〜』

 ほっと胸(?)を撫で下ろすトマト帝。

『とりあえず甲子園百個分くらいの広さは手に入れたいのぅ、とか思うとるんじゃが……もっと欲しい?』
「い、いや、そもそもいらないし。支配とか興味無いんで」

 志貴の言葉を聞いた途端、トマト帝は口をつぐむようにして沈黙した。

「お、おい?」

 何か凹んだみたいな沈黙に落ちつかなくなった志貴に、大トマトはボソボソと口を開いた。

『……あのな、人間。そういう相手の夢や野望の形をどうでもいいみたいに言うの、感心せんぞ。相手、傷つくから。実際、予はちょっと傷ついた』
「あ、ごめん」
『もうよい』

 思わず謝った志貴に、大トマトは気だるげに蔦を振るった。

『懐柔するだけ無駄であったな。仕方あるまい。所詮我らは喰うか喰われるかの間柄。ならば宿命に添い、喰らい合うとしよう。なに、おかしな事ではない。そもそも野菜と人間はそういう関係なのじゃから』
「そういう関係って、むちゃくちゃ言ってるな、おい」
『歴史解釈の違いじゃな。さあトマトの騎士よ、魔眼使いを討ち果たすがよい』

 戦の開幕を告げるトマトの言葉に、志貴は釈然としないまま七つ夜を構えなおした。だが、相手と目された小トマトは動こうとはしない。

『どうしたのじゃ、騎士よ。予の声が聞こえぬのか?』
『聞こえておりますよ、陛下』
『ならば、早く予の命を――』
『御免被る』
『なっ?』
『いい加減ね、あんたにゃうんざりなんだよ!!』
「おい!?」

 唖然とする志貴の目の前で、グチャリと熟れた果肉が爆ぜた。茫然と目を見開く大トマトの身体を、無数の蔦が貫いたのだ。
 蔦は果肉を蹂躙し尽くし、やがて奥から拳大の蒼く輝く光石を抉り出す。

『な、何故……』
『何故? はんっ、自分の胸に手を当てて考えてみやがれ、って胸なんざないか』

 地面に落ちて潰れる大トマト。息絶えたそれを嘲り見下しながら、小トマトは顎を開き、美味そうに賢石を飲み下す。

『偶々賢石を埋めこまれたからって貴様のような頭の悪いのに一々命令されるなんざたまらないんだよ。皇帝? 騎士? オレたちは人喰い野菜だぞ、くだらない遊びにこれ以上付き合ってられるか。オレたちはな、本能のままに人間を襲いまくり、食い散らかし、食い尽くし、根絶やしにして、最終的にこの世界をオレたち野菜で覆い尽くす、そういう存在なんだ。シンプルで合理的で迷いのない、進化の頂点に立つ存在、それがオレたちキラーベジタブルなんだよ。それをぐだぐだ訳のわからんことにつき合わせやがって。おい、人間、オレはなんか間違った事言ってるか?』

 問われ、熱の失せた眼でトマトの残骸を見つめたまま志貴はそっけなく唇を動かす。

「いや、きっとお宅らはお前の言うような存在なんだろ。間違ってはいないんじゃないか」
『くくくっ、そうだろ? そうだよな。そういうわけだからよ、オレ様がバカトマトの代わりにちゃっちゃと世界の頂点に立ってやるよ。まずはこの屋敷の化け物どもから食ってやる。太ももの肉も、腸も、脳味噌も残さずなぁ。まずはてめえだ、さっさと』
「でも」

 眼鏡を外す。蒼い眼が月夜に顕現し、刃の線が閃いた。志貴に襲いかかった蔦の束は刹那に微塵と化す。
 掻き消えた志貴の姿に、咄嗟に小トマトは自身を茎から切り離した。正解だった。地面を弾んで退いたトマトの眼に、見事なまでに裁断された自分の茎の飛び散る様が映る。

「むかつくな。気に入らない」
『なっ、ななな』
「正直、助かったよ。あのでっかいやつ相手にするの気が引けてたんだ。なんか憎めなかったしな。お前みたいな下司な小物だとやりやすい」

 トマトの表面が恐怖に青ざめる。本物の化け物がどういったものなのか、今更のように悟ったのだ。
 そして、後悔するには遅すぎた。

『と、遠ぉ野志貴ぃぃぃ!!」
「気安く呼ぶな、ベジタブル」

 瞬閃。
 駆け抜けた志貴の背後で、17に分割されたトマトが醜く中身をぶちまけた。


 光を失い地面に転がっている二つに割れた賢石。拾い上げ、ポケットに締まった志貴はざわめきが失せ、静寂が戻った野菜畑を見渡した。夜光に浮かぶ緑の庭は、もう長閑でしかない。ただ一つの違和感は、中央で潰れている巨大なトマトの残骸だ。
 志貴はまだ艶やかさの残るトマトの表面を撫でると、小さく呟く。

「野菜、しばらく食べる気にはなれないかもな」

 そんな、少し切ない気分の志貴だった。









「ダメですよ、志貴さん。そんな時は逆に食べない方が相手に失礼なんです。自然の掟です」
『そうじゃぞ、シキ。失礼なのじゃ』
「はぁ」

 一夜明けた遠野家のキッチンである。
 琥珀に窘められ、志貴は目の前に出された野菜カレーを口に含んだ。

「どうですか?」
『どうじゃ?』

 あ、これは。

「おいしい、美味しいですよ、琥珀さん。こりゃすごい」
「そうですかぁ、よかった」
『当然じゃ、予の身体を使っておるのじゃからの』

 他の皆がまだ疲れて眠っている中、琥珀に呼び出された志貴が頼まれたのが、例の野菜を使ったカレーの味見であった。
 激戦の後だけに一眠りした志貴のお腹は空腹を訴えており、皿に盛られたカレーはすぐさま空になる。

「美味しかったです、ごちそうさま」
「はい、お粗末様でした」
『よい食べっぷりじゃのう』
「でも作りがいがあります。普段志貴さんはあんまり食べてくれませんから」
「あの、それで琥珀さん」
「はい、なんですか?」

 口元を拭い、志貴はそれまで意識して無視していた琥珀さんの肩に乗った赤いそれに、やっと目を合わせる事が出来た。

「それはいったい」
「ああ、この子ですか? あの大きなトマトを解体してたら中から出てきたんですよ。お話してたら仲良くなっちゃいました」

 そう言って、肩のトマトを撫で撫でしている琥珀さん。当のトマトは相変わらず小さくなっても偉そうに、

『わははは、予はこれでも不死身なのじゃ……自分でも知らなかったがの。まあなんじゃ、今後は某ほうき少女の相棒兼使い魔として世界の支配者を目指すからして、以後よろしく頼むぞな』
「あはは、同志が出来てわたしも心強いです」
『うむ、頼りにするがよいぞ』
「……賢石は壊れたはずなんだが」
『そなたはほんに細かいのぅ。長生き出来んぞ』
「さて、あなたの事、秋葉さまにはどう言いましょうかねえ」
『なんなら、食べてしまうかえ? 骨も残さず処理できるぞ』
「それは魅力的ですけど、エレガントじゃありませんよ」
『左様かぁ。華麗さは大事じゃのう』
「ですよねぇ」

 さて、腹もふくれたしもう一眠りするか。

 目の前の現実から逃げ出すように、志貴はフラフラと盛り上がってるキッチンを後にした。


 遠野家の平和はまだまだ遠いようだった。