【ロクでなし魔術講師と禁忌教典 18】  羊太郎/三嶋 くろね 富士見ファンタジア文庫

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タウム天文神殿、メルガリウスの謎ーー決戦の時、来たる!

天の智慧研究会が、帝国に宣戦布告! フェジテに迫る危機を前に、頼みの切り札・セリカが姿を消した。向かう先はタウムの天文神殿。そこで待ち受ける最高指導者・フェロード=ベリフ。その、驚愕の正体はーー

グレン・レーダスにとってセリカ=アルフォネアとは如何なる存在だったか。
命の恩人であり、育ての親、魔術の師であり、彼が正義の魔術師を目指すきっかけとなる憧れの人だった。
家族であり、母だった。最も大切な人だった、と言っても良い。
そんな彼女が別れの手紙を残して姿を消した。しかし同時に王都を壊滅させた死者の軍団がフェジテに迫る。ここで追いかけなければもう二度とセリカには会えないだろう。しかし、彼女を追いかけるということは、フェジテに迫る破滅を前に教え子や友人たちを残していくということ。
グレン・レーダスは究極の選択を迫られた。その選択に正解はない。どちらを選んでも、生涯傷痕として残る後悔が刻まれる。
それでも、彼は選択した。苦しみ藻掻きながら、心を切り刻まれながら、魂を根こそぎ削り取られるような喪失感に耐えながら、それでも選んだのだ。
痛みを抱える覚悟を決めて、一生悔やみ続けることをわかった上で。二度とあの人に会えないと理解した上で。
それでも選んだ。
後悔の恐ろしさを知っている彼が、それでもさらなる後悔を刻みつけた。
尊ぶべき決断である。敬すべき取捨であった。
最後まで選ぶことができずにズルズルと流されてしまう事もできただろう。自分にはどちらも捨てられないと、意味なく抗う真似をして誤魔化すこともできただろう。
それでも、グレンはきっちり選んだ。それを、彼の成長だというのは、余りにも酷だろうけれど。
でも、彼が選択したからこそ、その大切なものを選別する選択を強要する状況そのものをひっくり返す皆の好意に、価値が生まれたのだ。
何も選べないまま、一方的に選択肢をなくされて送り出されるのと、自ら選択した上で自分たちは大丈夫だから行って来い、こちらは任せろ、と背中を押され託される事とはやはり根本から価値が異なってくるじゃないですか。
信義の問題である。グレンはそれに応え、それに応じて皆もまた信じて義を通して返した。それが彼を究極の選択から開放してくれた。
今まで積み重ねてきた信頼の、友情の、帰結である。長い長いシリーズ物の中で一人ひとり積み重ねて築き上げてきた人間関係の結実でもありました。長期シリーズの醍醐味でもあるんですよね、こういうのって。短いお話の中ではなかなか積み上げられない蓄積です。

しかし、最終的にパーティーはやはりグレンとシスティとルミアになるんですね。リィエルは、どうしても剣姫との対決、剣の究極にまつわる因果が待っているし、イヴはもう軍指揮官としての能力が極まってしまっているのでそちらの役割をどうしても求められてしまっていますし、立場上離れられないのは仕方ないのですけれど。
それに、黒幕との因縁を考えるとどうしても対象はルミアとシスティになってしまいますし。

そのシスティは、再生怪人じゃないけれど、死者から復活したあのジン=ガニスと再戦することに。ジンというテロリストは、システィが本格的に実戦に参加することになったきっかけとも言うべき人物であり、実戦の……殺し合いの恐ろしさをシスティに刻み込んだ人物でした。恐怖に押し潰されたシスティは実力を発揮しきれず、精神的に踏み躙られ泣き喚いて命乞いまでする羽目になった相手である。初期のシスティの精神的な弱さを象徴する相手でもあり、天才と呼ばれていてもシスティはあくまで一般人の少女に過ぎなかったことを示す相手でもありました。この頃のシスティは、グレンが抱えている闇にもルミアの秘められた過去もとてもじゃないけれど向き合える娘じゃなかった。戦いにも真実にも耐えられるような心の強さを持ちえていなかったんですね。
それなのに、本当の殺し合いの中に放り込まれて矜持も夢も意思も何もかもがぐちゃぐちゃに踏み躙られた。その相手こそが、ジン・ガニスだったわけです。
システィーナ=フィーベルがもう幼い小娘ではなく、一人の魔術師であることを改めて示すにはもっとも相応しい相手だったと言えるでしょう。システィの成長をこれ以上なく実感できる相手でした。
もう彼女は本物の魔術師であり、一人の戦士なのですから。今や特務分室の一員に加わっても遜色ない、と皆からお墨付きを得られるほどの、覚悟と実力を兼ね備えた凄腕の超一流の魔術師へと至ったシスティには、かつて自分が怯え逃げ惑ったテロリスト崩れなどもはや敵にもならなかった。ここまで手も足も出させずに一蹴するまでに、実力が隔絶しているとまでは思わなかったけれど。
命乞いをするジンを、一顧だにせず処理するシスティの冷徹さには正直痺れました。もうこの娘を、少女とは呼べないなあ。
黒幕フェロード=ベリフの正体についても、向こうから明かされる前に気づいて、正対することになっても動揺することなかったことも、システィの精神的な成長を感じさせて余りあるところでした。

しかし、ここに来て本格的にクゥトルフ神話要素が強くなってきたな。ジャティスのあの狂気に満ちた正義も、元来のものであるのは確かだけれど、外なる神の情報を直視してしまった事によるSAN値の欠損だと考えれば、よくわかるんですよね。
それ以外にも、歴史上において狂気に侵されたという重要人物たちも、SAN値が減少していき最終的に削れきってしまったと解釈できますし。あの鉄心のアルベルトをして、言葉にして出せずに精神に支障を来す素振りを見せるとか、通常の狂気とはどこか異なっていましたし。
魔王が王家に仕掛けてきた計画など、邪悪を通り越して狂気ですらありますし。
これまで幾つも仕掛けられてきた伏線が次々と明らかになり、この世界に、歴史に沈められてきた秘密が、真実が浮き彫りになっていき、狂気がすべてを覆い隠していく展開はまさにクライマックス。
いや、まだ最終段階に足を踏み入れたところ、なのかしらこれ。
セリカが思い出した真実とは、何よりセイカの本当の正体とは。まだ肝心な所が明らかになっていないだけに、こっからが本番だ。