【おお魔王、死んでしまうとは何事か ~小役人、魔王復活の旅に出る~】  榊一郎/ 鶴崎 貴大 講談社ラノベ文庫

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二つある心臓のうちの一つを〈勇者〉に捧げ、人類との講和を求めた女の〈魔王〉が、戦争の継続を望む魔族に殺害されてしまったという話を上司から聞かされたクレトは、魔王復活の任務に就くように命じられる。吹けば飛ぶような木っ端役人に、選択の余地などない。人類と魔族の戦争に終止符を打つためにクレトは〈魔王〉の側近である犬耳しっぽの魔族の少女や、〈魔王〉復活に必要な心臓を持つ人類最強の〈勇者〉たちと共に、魔族領域へと向かうことに。そこで待つトラブルを解決するのは……役人特有の小賢しさ!?『アウトブレイク・カンパニー』の著者と『異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術』のイラストレーターが贈る、新作ファンタジー開幕!!

これホントに、魔王さんなんで死んじゃってるんですか!? て話だなあ。
人魔講和の鍵となる魔王の死によって、講和ムードから一転戦争継続へと世間の空気が変わる中で、一縷の望みを託して魔王復活のために魔族領域に送り込まれることになった小役人クレト。
……こんなショタ坊やにこんな重大事を任せる時点で、もう諦めムードもイイ所なのですが。未だ戦争が続いている中で、魔族領域から魔王を復活させるのを手伝って欲しい、なんて個人で偲んできた魔族なんか信用し難い、というのはよくわかるし、リスクを減らすために損なっても惜しくない人材を派遣するという手段も理解できるのだけれど、そんな中途半端してどうするんだ、とも思うわけで。
クレトは、別に秘めたる実力とか来歴が在るわけではなく、特別優秀というわけでもない孤児上がりの別に将来性もあるわけじゃない非エリート階層。そりゃ捨て駒にして惜しくはないだろうけど。
実際、勇者から魔王復活の鍵となる魔王の心臓の回収からして、そんな期待されてた様子もないんですよね。おそらく、そこで頓挫するんじゃないかとすら思われたんじゃなかろうか。
それがどうしてか、勇者がクレトのその場のノリの誤魔化しに乗ってしまい、一緒に魔族領域まで同行、というよりもクレトの行く所ならどこでもどこまでもついていく、という風になってしまったので勇者という最大戦力が加わるという望外のことがあったわけだけれど。

クレトには志も理念も野心もなにもない。役人になったのも、食いっぱぐれないためだ。孤児として辛酸を嘗めてきた彼にとって、公務員というのはそれこそ望みうる最高の食い扶持だっただろう。
逆に言うと、食い扶持でしかないんですよね。彼は保身的ではあるけれど、役人としてありがちな組織内での立場を守る或いは立身出世を目指した保身とは縁がない。孤児で天涯孤独、というのもある意味しがらみのなさとも言えて、実際この出張任務を任されてから逃亡を幾度も図っている。
小心者で心身ともに身の丈の小さい人間だけれど、だからこそあんまり「小役人」という感じでもないんですよね。
組織内での立場に拘りがないからこそ、そこに足を取られずに自由に振る舞うことが出来、後先をあんまり考えずに現場判断で大胆に行動できるとも言える。
官僚の中にも稀にいるんですよね。破天荒と言っていいくらい、官民巻き込み政財界を引きずり回して大胆不敵に大仕事をやってのけるような特異点が。
彼がその類かというと、小役人ならずとも性格的に小人物であることは間違いないはずなんだけれど……視点もそんなに広く高いわけではなく、目の前に突きつけられる戦争の現実、魔族と人間との解消できない民族対立、貧富の問題や治安や倫理の低下による人心の荒廃、そこから芽生える悪心や俗欲、それによって傷つけられた人々の憎悪の連鎖。
利害と感情の問題が複雑に絡み合って、此処まで来るともう利を説いても人の善心に訴えても紐解けないくらい、社会全体の問題は複雑深化していると言っていいでしょう。
人魔の戦争の終結は、それらを解決するための最初に一歩であり、大前提であると言えます。そのために、魔王を復活させる、というのは目指すべき大目標でしょう。それを達成するためには、結局目の前に立ちふさがるトラブルを一つ一つ片付けていくしかない。
正しい理念や信念、正義の志という大上段から振り下ろす刃では、容易に切り崩せない茨の道です。だからこそ、小役人の出番なのかもしれません。クレトのような子は、結局目の前のことしかわからないから、そこから一歩一歩切り崩していくしかない。組織の人間は、前例やら組織の利益に囚われて目の前の事よりも後ろのこと上のこと先のことに引っ掛けられて、動けなくなる事が多いのだけれど、クレトくんの場合は彼に保身にはそういうの関係ないですし、彼自身の守りは勇者ちゃんが完全に担ってもらえるので、ある意味怖いものなし、とも言えるんですよね。
だからといって、あの発想の自由さ、大胆さ、やれそうだからやってしまおう、というスタンス。現場感覚で目の前の人たちを口車に乗せ、空手形じゃなく実務的にも説得力のある結果を導き出す、という手腕は、ちょっとおかしいくらいなんですけどね。小役人じゃないよなあ、これ。

だいたい、このクレトくんショタすぎでしょう。仮にも役人やってたにしては、ちびっこすぎる。ショタコンが湧くじゃないですか。本人は魔族に忌避感を持たないどころか、ケモミミ尻尾属性というちびっこのくせに業が深すぎるところがあるのですけれど、魔族領から逃れてきた人魔ハーフのミユリからして、かなりヤバいショタ属性の持ち主なので相性は良いのかもしれませんけど。
というか、お互い属性を目の前にすると正気を失うレベル、というのはやはり業が深すぎる。ひとつ間違えるとズブズブになりそう。
そもそも、この魔王復活を目指すパーティー、全然仲間意識ないんですよね。完全に仕事上の付き合い。同行者という以上のものはなく、護衛の騎士さんは任務と割り切って交友深める気ないですし、エルフさんはこれまた講和そのものに対してもやる気なさそう。勇者ちゃんはというと、元が名前も与えられていない幼児の頃から無機質な作業で創り上げられた暗殺者というほかなく……よくこの娘、魔王の説得に聞く耳持ったなあ。
兵器として作られながら、なんだかんだと自分で考える事がこの時から出来ていた、とも言えるのだろうけれど。それでも、クレトにくっついてきたのはいびつな価値観と刷り込みに近いものがあるわけで。
病んでる様子がないのが幸いか。野生動物とロボットの間の子みたいな無感情だけど、これで理性的で理知的な面も見受けられるので、懐いている様子はある意味本当の意味で感情と理性に則ったうえで懐いている感じがするので、信頼できるのではないだろうか。

ともあれ、小役人というには大胆すぎる大仕事をやってのけたクレト。これ、寄り道トラブルと言えるので本道はこれからなんだけれど、巻き込まれ系でありながら最終的に全部手のひらの上で転がしているという軍師タイプの主人公となりそうで、かなり殺伐とした世界観だからこそ映えてきそう。
続くのなら、なかなか先が楽しみなシリーズの始まりでした。