【貴サークルは"救世主"に配置されました】  小田一文/肋兵器 GA文庫

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GA文庫大賞《金賞》受賞作
100部売れなきゃ世界が滅ぶ!? 同人誌に懸ける青春ファンタジー
「ずっと……ずっと、あなたを探していました、世界を救うために」
自分の同人誌によって、魔王の復活が防がれる。突如現れた女子高生ヒメにそう諭された同人作家のナイト。
ヒメの甲斐甲斐しい協力のもと、新刊制作に取り組むのだが……
「えっ、二年間で六部だけ……?」
「どうして『ふゆこみ』に当選した旨を報告していないのですか?」
「一日三枚イラストを描いて下さい」
「生きた線が引けていません」
即売会で百部完売しないと世界が滅ぶっていうけど、この娘厳しくない!?
「自信を持って下さい。きっと売れます」
同人誌にかける青春ファンタジー、制作開始!

これ、誰にとっての青春かというと、ナイトよりもヒメの方かもしんないね。
同人誌即売会で100部も同人誌を売らないと世界が滅ぶ、なんてフレーズを聞かされると、ついついコメディよりのラブコメで、その世界の危機というのもゆるい感じの話しなのかな、と思ってしまうのですがどうしてどうして。

ガチで人類滅亡じゃないですかー。

人類文明そのものが崩壊しちゃってるし、種の存続そのものがヤバいことになっちゃってるし。ガチのアポカリプスである。
それも予測ではなく確定未来。ヒロインのヒメが実際に何度も体験してきた正史であり、タイムリープによって何度も何度もやり直した末にそれでも変わらなかった未来、という当事者実体験済みの代物である。
いやこれが、なんで同人誌売るのと関係してるんだよ? と思うくらいのシリアスさである。
これでいきなりヒメが、同人誌100部完売してください、でないと世界滅びるから! と押しかけてくるトンチキならコメディ路線一直線なのですけど、ナイトを探して訪ねてきた時はヒメ自身も彼が世界を救うための重要な鍵となる人物であり、救世主なのだ、という事実は知っていても、彼がどのような役割を果たして世界を救うのかはわかってなかったんですよね。
彼女も最初は、ナイトがとてつもない力を秘めた勇者様的な救世主だと思っていたようですけれど。普通はそう思いますよね。強大な「人類の敵」を打ち破るのにはそれ以上に強力な力を持った存在の助けが、と考えるのは破壊と死が渦巻く戦場でずっと生きてきた人間にとっては当たり前の思考のたどり着く果てなのでしょう。
しかし、ようやく見つけた救世主には、何の力も秘められていなかった。
このあと、ヒメがナイトの住むアパートの隣に引っ越してきて、彼の同人誌づくりを手伝い始めるまでにはしばらく間がある。
同人誌なるものの存在すら知らず知識を持たなかった彼女が、それを調べるまで。自分が仲間からもらった最後の、「ナイトと彼の所属する星霜煌炎騎士団同盟が世界を救う。ナイトを支えることが貴女の役割」という預言を、ナイトが同人誌を作ることを支え守ることが世界を救うことに繋がるのだと解釈して、自分の使命を果たすために訪れるわけだけれど。
そんな解釈に至るまでにヒメの中にはどれだけの葛藤があっただろうか。そもそも、ナイトに何の力もないと解った時に絶望を感じなかったわけがないだろう。あれだけストーカーじみた事までして必死に脇目も振らずナイトの存在にたどり着き、彼のもとまで押し掛けてきた彼女である。それが素直に一端引き下がった、というのはそれだけ彼女も混乱しショックを受けていたとは考えられないだろうか。
ヒメがそれでも諦めず、自分が仲間から託された預言を必死で解釈し直してこじつけでも無理矢理にでも納得できる理屈をみつけるまで、決してすんなりいったとは思えない。
そもそも、売れっ子でもない即売会で一部も売れない事も少なくないなんて底辺同人作家の同人誌作りを手伝って、それに何の意味があるのか。同人誌、という存在自体を理解していなくて即席で知識を身に着けたことが逆に偏見を抱かなかった、というのもあるんだろうけれど、もうヒメに預言を疑うだけの余地が、余裕がなかった、とも言えるんですよね。
それだけ、彼女は絶望を繰り返してきた。世界の破滅を目の当たりにしてきた。人類が滅ぶ光景を目にしてきた。何度も何度も、大切な仲間たちが目の前で死んでいくのを、自分の腕の中で冷たくなっていくのを体験していた。
これが最後だと、本当に最期だと思い定めてきたタイムリープである。果たして、平和な時代を生きてきたナイトには想像もつかない感じ取ることもできない狂気が、不退転の覚悟が、彼女の中に蠢いていたとしても全然不思議ではないんですよね。
それ以上に、ヒメにとって預言を託して逝った仲間である、恐らく年齢としてはだいぶ下になるだろう妹みたいな娘であったクラリスという子の遺した言葉を、預言を、疑うなんて出来なかったのだろうけど。

100部、という部数はヒメやナイトの間から出た数字ではない。たまたま、仲の悪い同業者とのトラブルから偶然飛び出した条件だ。しかし、それを目標とすることで彼らは具体的に達成に向かって動き出すことになる。
それまでは、ヒメのナイトへのお世話、日常生活のサポートや同人誌制作のお手伝い、というのはどこか責任感とか義務感に後押しされたものであって、熱量のベクトルはあくまで世界を救うため、あの未来をもう見ないため、というベクトルに向かっていて、必ずしもナイト個人や同人誌というものに向いていたわけじゃないと思うんですよね。
でも、具体的な目標が定まってそれに向けて、プラス1名加わった二人だけのサークル「星霜煌炎騎士団同盟」が動き出したときから、ちょっとずつヒメの意識は変わってくるように見えるのだ。

これまで何度も何度も、彼女の言葉を信じるならば延べ数百年にもなるだろう長い長い時間、繰り返し繰り返し、「魔王」の送り出す正体不明の怪物と戦い続けてきた、戦うことが、破壊と死がいつも隣り合わせで日常だったヒメにとっての、もう思い出せないくらい昔に遠ざかっていた平穏な日常。一つの目標に向かって、毎日毎日ドタバタと大騒ぎして、時に大声を張り上げて意見をぶつけ合い、主張を叩きつけ合いながら、仲間たちと一心不乱に邁進する日々。それは確実に、ヒメの中の熱量の向かう先を変えていく。脇目も振らない、振る余裕もない切羽詰まっているのが常態だった日々が、いつしか「夢中」のなかに埋もれていく。
それは、時守緋芽にとっての、間違いなく青春だったのだ。数百年越しの遅れてきた青春。

これ、本当は主人公ってヒメの方じゃなかったのかな、とすら思えるほどに、彼女は生き生きとしてウンウンと唸るナイトの背中を叱咤激励する。
未来では共に戦った戦友の、平和だった頃の想像もしなかった思わぬ姿を目の当たりにして、でも中身の芯の頼もしくも一本気通った所は何も変わっていないのを実感して、地獄のような未来がどれほど多くの人の将来を歪め潰えさせてしまったのかを改めて実感する。
また今の自分と同じように、いやそれよりも遥かに入れ込んで自分の趣味に、好きな事に夢中になって一途に直向きに邁進した結果を持ち寄ったコミケットというイベントの凄まじい熱気を、集った人々の尋常でない数を目の当たりにして……平和だからこそ人はこんなにも好きな事に打ち込める、こんなにもいっぱいの人たちが夢中になって好きな事に挑める。お祭りだ。こういうものが、自分が守ろうとしてきたものなんだ、と。
ずっと戦ってきたいつしか擦り切れて摩耗してわからなくなっていた平和、いつしか自動的に妄執的にただ世界を救うのだと思い定めて突き進んでいたことを実感し、その救おうとしていた世界がどんなものだったのかを、今こうして思い出し噛みしめることが出来たことに喜びを感じる。
責務でも義務でも使命でもない、ただ心からこの世界を守りたいと思えた。

ヒメとナイト、二人三脚の努力に他にもデスメイドなど手助けしてくれる人たちの友誼も加わり、今までろくに売れることがなかった同人誌が、はじめてどんどん売れていく、その流れと熱を逃さないようにナイトがさらに力を振り絞ってスケブなんかをスタートして場を盛り上げていくという熱さと、会場の外で思わぬ敵からの横槍を未だかつてない意気込みで世界を守るという願いを叶えるために激闘するヒメの熱量が、折り重なって上昇していくクライマックスは実に素晴らしい流れでありました。
トンチキな条件に思えた、同人誌100部売らないと世界が滅びる、逆に言うとナイトが同人誌100部売ったら世界が救われる、という条件がちゃんと真っ当な意味を持っていた。それが本当に世界を滅ぼす、あるいは世界を救う鍵でありきっかけだった、という所なんぞはストーリー展開としてピッタリとピースがキレイにハマる感覚があって、うん良かったです。

これ、続くとなると妙にハードルあがりそうな感じもあるのだけど、これ1巻でもうまく纏められていて面白かった。