エルちゃん、そのマスク脱げるんだ!!
いや、そりゃ普通脱げるけどさ。アプリのミニ知識でマスク用の柔軟剤を使ってるとか情報出てたけどさ。

エルコンドルパサー。それは黄金世代と呼ばれた98世代の中でもひときわ鮮烈な軌跡を辿ったウマである。
当時、競馬界では国内生産者の保護のために外国産馬……外国の牧場で生まれ輸入という形で日本に持ち込まれた馬にはクラシックへの出走権は与えられなかった。これが覆されるには「サンデーサイレンス」という日本競馬界をSS以前とSS以後に分け隔ててしまった神域の種牡馬とその産駒たちの登場を待たなければならないのだが、とにかく当時は98世代でも外国産馬であるエルコンドルパサー、そしてグラスワンダーはクラシック三冠とは違う路線を辿ることになる。
セイウンスカイ、スペシャルウィーク、キングヘイローといった面々と同じレースを走る機会は、クラシックレースが終わったあとの秋以降を待たなければならなかった(グラスワンダーは同年暮れの有馬記念でキングヘイロー、セイウンスカイと激突している。この二頭にエアグルーブをはじめとした6頭のG1馬たちを蹴散らしての勝利であった)。

とはいえ、ウマ娘の世界。トゥインクルシリーズと呼ばれるレース番組では、そんな出走制限は存在しません。なにしろウマ娘たちは全員娘さんなので、現実の競馬では男の馬である牡馬が出走できない桜花賞・オークス・秋華賞という牝馬三冠でも、元のモデルが牡馬であろうと出走できるという仕組みなのであります。
なので、外国産馬では出走できないという制限が存在しない以上、エルコンドルパサーもまたクラシックに出走できるんですね。アニメでも、正史と異なる展開としてエルが日本ダービーに出走するという話がありました。
アプリでの育成ストーリーでも、エルはNHKマイルCという3歳限定のマイル王決定戦を経たあとに日本ダービーを次のレースに選択することになります。
正史よりも一足早く、彼女はここで同世代のライバルと激突することになるのです。

ウマ娘のエルコンドルパサーは、帰国子女という設定で妙に胡散臭い英語交じりのインチキ臭い日本語を駆使しつつ、そのテンションの高い表情豊かなキャラクターで同世代の中でもムードメーカー的なキャラクターだ。同時に、自信家でもありデビュー前から世界最強のウマ娘になることを高らかに公言している。
でも、そんな自信家で強気ではっちゃけたテンションはどちらかというと演技も混じっていて、本来は弱気で臆病な自分を奮い立たせるために、マスクを被ることで本当の自分と違うキャラを全面に押し出しているのだという。
そんな彼女の脆い一面が一気に噴出するのが、日本ダービーに出走しながらスペシャルウィークをはじめとした同世代にこれ以上ない勝負付けをされてしまい、敗北してしまった時だった。

本当は、自分は最強でも何でもないんじゃないのか。世界を目指すなんて、身の丈にあわない烏滸がましい目標だったんじゃないか。

敢えて同世代みんなが目指すクラシック戦線とは違う路線を選び、孤高であることでより高みへと羽ばたこうとしていたエル。コンドルのように、高く高く、誰もいない空を舞うように飛ぶことを目指して、たった独りの戦いを選んできた自分は、もしかしたらライバルたちとの勝負から逃げて楽な道を選んでいただけじゃないのだろうか。
スペちゃんたちとの、どうしようもない実力差を突きつけられた時、エルが自身を奮い立たせるために鎧ってきた自負も自信も、すべてがもろく崩れ落ちてしまった。

思えば、アニメの第一期でもエルは、あのエセ外国人っぽい喋り方とか演技としてやってるっぽいところを見せてたんですよね。素に戻った時、普通に滑らかな日本語で喋っていましたしね。
そして自信家の顔が仮面に過ぎなくて、本当は臆病で気の小さい自分を隠しているというのも、5話の日本ダービーの本馬場入場前。地下馬道から日の光が差し込む地上を見上げながら、立ち尽くして顔を強張らせて握りしめた拳を震わせていた姿は、きっとエルコンドルパサーという娘の本当の姿だったのでしょう。

そして毎日王冠での圧巻の逃げ、いやたった独りの独走によって影も踏ませてもらえなかったサイレンススズカという最速の走りに、エルは世界のあまりの遠さを思い知らされてしまう。

本当の弱い自分を覆い隠してくれていたマスクも、もう自分を支えてはくれなかった。
マスクを脱ぎ捨ててへたり込むエルの素顔は、派手な言動とは裏腹の素朴な顔で、美人ではあるのだけれどどこか大人しげで内気そうですらある容貌でした。
こんな娘が必死に自分を奮い立たせ、夢のためにマスクを被って、走る自分を戦う自分を作り上げ、世界の頂きを目指していたのか。最強のウマ娘になるのだと自分に言い聞かせ、信じ込ませて走らせ続けていたのか。
そう思うと、泣き沈むこの娘の弱さが愛しくてたまらなくなってしまう。
この娘の弱さは、強さの裏返しだ。弱さに怖じけてしまわずに頑張ってきた証拠じゃないか。
そしてこの娘の奮い立つ「勇気」は、こんな所で挫けてしまう程度の弱虫とは違うのだ。

もう一度立ち上がったエルが被るマスクは、弱い自分を隠すものではもうなかった。それは彼女の勇気の証。スペシャルウィークをはじめとする、同い年のライバルたちと今度こそ真っ向から勝負して勝つための新しい翼。
そんな風に彼女をもう一度羽ばたかせてくれたのは、スペちゃんやグラスワンダーといった友人であり好敵手たる競い合う仲間たち。
今こそ、怪鳥はたった独りの檻の中から巣立っていく。

エルコンドルパサー、激戦のライバルたち。
僕らは、ひとりでは強くなれない

JRAのCMで流れた、エルコンドルパサーに送る詩。
実際のエルコンドルパサーは、その戦歴もあってむしろ「たったひとりで強くなった」と言わしめた馬だったけれど。
ウマ娘のエルコンドルパサーのシナリオは、まさにこのCMの言葉「ひとりでは強くなれない」を体現したような成長譚でした。
じわじわと、感動させられてしまいました。
なにげにこのゲームの育成シナリオ、全勝じゃなくても負けを挟む展開だからこそ味わい深いストーリーがあったりするので、侮れないです。