【時をかけてきた娘、増えました。】  今慈 ムジナ/木なこ ガガガ文庫

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未来からの娘、来る。え? 一人じゃない?

気になるクラスの女の子、安達藍に話しかけることもできず、特別なことなど何もない高校生活。

でもある日、自室に発生したワームホールから、未来から来た僕の娘が現れる!?
「わたしは安達七彩。大女優、安達藍の娘です」
未来から娘が来たこと。そして奥さんが、あの安達!?
混乱する僕をよそに、七彩は安達と僕をくっつけるために奔走する。

そのお陰か、安達とも少し親しくなり未来への希望が見えた、ある日の夕方。
七彩と公園を歩いていると……
「あたしとママがいながら一体どういうわけ!?」
また突如現れたワームホールから、別の娘が現れた!!

僕が未来で浮気しているかもしれないということはさておき、もう一つの運命の相手に出会いに行くことに。
まさか、これが未来での浮気につながるんじゃ……?

――運命の相手が二人!?
今、未来の娘も参加した、時空や恋がみだれるラブコメディが開幕する!!
未来から自分達の子供を名乗る娘が来て、まだ現在では恋人同士じゃない主人公とヒロインの間を取り持とうと奔走する、みたいな展開の話は定番の一つとして存在しますけれど、それが異なる平行未来から母親の違う娘が自分の母親とくっつけるべく現れる、というパターンはなかなか珍しい。
場合によってはどちらかの存在が消えてしまう、という修羅モードになってしまいますもんね。幸いにして、この作品においては主人公の清水くんがヒロインのどちらを選ぼうと、選ばれなかった側の娘は二度とこの時間軸に接続できなくなる、というだけで歴史自体が消滅してしまうようなえげつない展開にはならないようなので一安心ではあるのですが。
下手をすると、自分達の世界を守るために殺伐を通り越して血風が舞いかねない案件になってしまいますからね。主人公もそんなんなったらラブコメとかしてられませんから、気分的にも。
しかし、二人の娘たちの奔走のおかげで強制的に「二股」を掛けかねない立場に立たされてしまう清水くん……のはずなんですけど。
……いやこれ、片方のヒロイン、安達藍がちょっと強烈すぎやしませんかね!?
元々清水は彼女に片思いしていて、もう一人のヒロインとなる小日向の方は認知すらしていなかった、というスタートラインの差があるのですが、そういう清水の認知や恋心の問題じゃなくてただただひたすらにこの「安達藍」という娘のキャラクターの存在感が激烈すぎるんですよ。
彼女・安達は天才である。未来においては大女優として大成することになる演技の天才。全国に知られた名門演劇部ではあるものの、高校の部活程度に収まる器ではない本物。
この天才キャラ、というのが曲者なのだ。天才という冠を被るキャラは多かれど、本当の意味で「天才」である事を描かれたキャラクターは少ない。並の筆力、並の感性では「本物の天才」というものを表現しきれないからだ。自然、天才と言っても普遍的な理解の範疇に収まってしまう。
しかして、この安達藍という人物はどうだろう。
彼女が本当に天才なのかはわからない。だが、この少女が見ている世界は常人が見ている世界と全く異なる地平に存在しているのは確かだ。同じ言葉を喋り、同じ世界を見ているはずなのに、彼女と他の人間が見ているもの、聞こえているものは決して合致しない。逸脱してしまっている存在だ。
その回路の接続を間違えてしまったかのような在り方は、作者のデビュー作である【ふあゆ】に出てくる登場人物たちを想起させられた。あれらこそはまさに正気と狂気の地平を揺るぎなく綱渡りする者たちだったけれど、それと比べると安達は決して怪物のような類ではない。自分が食い違ってしまっている事に怯え、不安に苛まれながら、自分の世界と繋がる人に恋い焦がれるただの少女だ。
彼女にとって、演技とは生きがいであると同時に他者と世界を接続させるツールでもあるのだろう。「演じる」という行為を通じて、何とか安達は他の人達と意思疎通を図ろうとしているのだ。
親友である持田恵はその「演技」を抜きにしても自分と繋がろうとしてくれる人だ。その恵相手ですら意識の地平が違うことでコミュニケーションを損失する事が度重なり、何も動じていない感じていないような無表情の奥で彼女がかなりの悩みを抱え、模索している事が伺える。
そんな中で、安達は清水という同級生と出会ったのだ。演技抜きで、何もかもが食い違ってしまう自分の言動を、そのまま受け入れてくれる少年に。
実のところ、清水は安達の世界の理解者ではない。彼は他の人と何も変わることなく、安達が存在している地平を認識できない。別に理解したから彼女の言動を受け入れているわけじゃないのだ。
わからなくても、通じていなくても、ただあるがまま受け入れているだけに過ぎない。流されているだけ、とも言えるかもしれない。そのため、なあなあで対応したために致命的な錯誤をおかしてしまう事が度々繰り返される。
それでも、安達にとって清水という人物はある意味ちゃんと自分と繋がろうとしてくれた数少ない人であり、きっと初めての異性だったのだ。
気になるし、意識する。興味を抱き、関心が注がれ、彼のことを目で追うようになる。よくよく見ると、安達が彼女にとってはかなり必死に懸命に、清水と意思疎通を図ろうとしているのが見て取れる。身振り手振りで言葉の通じない相手に何とか意思を伝えようとするように、安達藍にとってはあの唐突で何を考えているかわからないマイペースの言動は、必死のコミュニケーションだったではないだろうか。
そう考えて見ると、途端に安達の宇宙人めいた不思議ちゃんの在り方に、生の感情が透けて見えてくる。彼女は本当に、懸命だったのだ。必死だったのだ。
だからこそ、清水の主体性に欠けた応答に真面目に取り組み、彼の言葉を真剣に捉え、結局どうしても彼と地平を同じくできず、どうしようもない錯誤がお互いの間に横たわっているのだと思い知った時、演じるという行為を突き詰めて自分自身を消し去って徹底改造してしまおう、とまで振り切ってしまったのではないだろうか。
彼女の切実さ、必死さが見えてくると、なんかどうしようもなくこの娘の事が可愛らしく魅力的に見えてきたんですよね。
彼女のそれは、恋だったのだろうか。ただ自分の存在している地平に同じように立ってくれる人を探し求めていただけだったのか、本当の意味で理解してくれる人を求めているだけだったのか、自分を受け入れてくれる人を求めていたのか。演じている自分ではない、素の自分に触れてきた相手への好奇だったのか。
ただ、人が恋しかったのか。
まあそれはどうでもいいことだ、きっと。そのはじまりがどのようなものだろうと、その中身がどのような理由で形成されていようと、さして関係はない。
清水は本当の自分をみつけてくれた。自分自身すらも知らなかった安達藍を引き出してくれた。演劇を手段としてだけではなく、ただただ好きで夢中になれる自分を引っ張り出してくれた。
そうして安達が清水に抱いだ言葉にできないふくらむ気持ち、それはどの地平においても変わらない。恋と呼ぶのだろう。
清水の方も、ただ曖昧なままあるがまま受け入れるのではなく、彼女の見ている地平を理解できなくても、そこに立っている安達を見つけることはできた。理解は出来なくても、見つけて、掴まえて、一緒にいる事が出来たのだ。安達藍はどうしたって一人だろう。でも、孤独にはさせないように寄り添えたのだ。

この二人を取り持つ存在として、娘たちの活動があったわけだけれど、いやでもやっぱりこれ、安達藍というキャラクターの存在感の強烈さが、他の諸々の要素をだいぶかき消しちゃってると思うんですよね。娘たちが引っ掻き回すラブコメとか、ダブルヒロイン制の二股展開とか、安達の存在の眩しさにどうしてもそれ以外が薄くなってしまった印象だったんですよね。
これ、もし続編があったとして小日向ちゃん、巻き返せるのか? 安達以上の存在感を出せるのだろうか。ラストにさらにどかんと大きな爆弾を投じてきましたけれど、果たしてこれが燃料になるのか。なんか、これはこれでオチとなってて、ある意味キレイに終わらせた感もあるんですよね。1巻完結なんだろうか。
いずれにしても、特に安達と清水による独特のコミュニケーションに基づいたラブコメという所にのみ焦点を当てても、それだけでかなりグッと惹きつけられ魅入らされるものがある、思わず低く唸りながら、面白れえぇ、とこぼしてしまうようなお話でした。