【薬屋のひとりごと 8】 日向 夏/しのとうこ ヒーロー文庫

Amazon Kindle BOOK☆WALKER

毒で体調を崩した姚が医局勤めに戻れるようになった頃、猫猫のもとに大量の書物が届いた。
送り主は、変人軍師こと羅漢。碁の教本を大量に作ったからと、猫猫に押し付けてきたらしい。
興味がないので売り飛ばそうかと考える猫猫の考えとは裏腹に、羅漢の本によって、宮中では碁の流行が広がっていくことになる。
一方、壬氏はただでさえ忙しい身の上に加えて、砂欧の巫女の毒殺騒ぎや蝗害の報告も重なり、多忙を極めていた。
そんな中、宮廷内で碁の大会が企画されていることを知った壬氏は、羅漢のもとに直接交渉をしかけに行く。
開催場所を壬氏の名前で提供する代わりに、さぼっている仕事をこなすように説得するのだが――。

変人軍師、酷い言われようだし(一番酷い言い草しているのは娘の猫猫なんだが)、実際まともに仕事もせずにフラフラしているろくでなしなんですよね。そもそも、頭の中身が常人と違いすぎるので、これに通常の仕事を期待するほうが間違っているのでしょうけれど。
というか、なんでそんな人を「太尉」になんかしてるんだ!?
太尉と言えば、古代中国では軍事を司る大臣みたいなもので、三公の一つにも数えられた王朝もある役職だ。偉いのである。超・偉いのである。
まあこの人、その偉さを活用するタイプではなく、派閥にも属さず中立らしいのだけれど、決して影響力が皆無ってわけじゃないんですよね。むしろ、影響力はワケワカランほどある、というべきなのかもしれない。だからこそ、太尉に祭り上げられているのかもしれないが。
そんなのが親父なのですから、猫猫も妓楼育ちのどこの馬の骨とも分からない下民出身の女官、というわけにはいかなくなっちゃってるんですよね。中立であろうと太尉の娘である。それも変人軍師の娘である。必然的に派閥争いと無関係とはいかなくなってしまっている。
身分としては、皇弟である壬氏さまとも釣り合いが取れなくない、という所ではあるんですけどね。ただこうなると、気楽に后の女官にする、という訳にはいかなくなったのか。玉葉様は猫猫をもう一度自分の所の侍女にしたかったみたいだけれど、猫猫をつけるということは必然的に中立である羅一族がその后の派閥についた、と見做される可能性が高くなってしまう、となるとそりゃ難しいよなあ。
玉葉さま、精神的にもタフで鷹揚としていてどんな難事にも堪えず物事を楽しめる、という大物感をずっと漂わせていましたけれど、今回彼女に迫っている危機というか圧迫は彼女をして相当にキツいものがあるみたいでかなりへこたれていただけに、猫猫を側に置きたいという気持ちはわりと切実なものがあったと思うのですけれど、さすがにこうなると難しそうだなあ。
まあ猫猫も、今は医局の手伝いに充実感を感じているようですし、それを途中で放り出して、というのは気持ちも進まないでしょう。玉葉后のことは結構好きみたいですし、あそこの侍女たちとも仲良くて居心地も良かったとは思うのですけれど、今回の医局の仕事はちゃんと正式に試験通って就いたものですしね。同僚の姚と燕燕ともここで離れ離れになるには惜しい関係を築いていますし。
て、猫猫とちゃんと友達になったのってこの二人が初めてなんじゃないだろうか。友人と呼ぶに足る相手は今までもいましたけれど、猫猫自身も認めていますけれど、一人はああなっちゃいましたし、もう一人も仕事の合間に顔を合わせるくらいの頻度でしか会えなかったですし、今は宮廷離れちゃってますしね。これだけいつも一緒に行動して、休みの日もたまに一緒に遊んだり、みたいな本格的な友人関係って姚と燕燕がはじめてと言っても過言ではないはず。
猫猫本人も、この淡白な娘が意外なほどこの二人を気にかけてますし、わりと素直に友達と思っているみたいですし。希少な関係だ。

とまあ、女三人寄れば姦しい、というにはちょっとあれな個性の三人ですけれど、猫猫が同世代の女の子と一緒に働き一緒に休み一緒に遊ぶ姿はなかなか眼福でありました。出会いから事件を経て関係も落ち着いたのがこの巻だっただけに、そのへんの三人の描写も多かったような気がします。
大きな事件もなく、囲碁大会の開催にまつわる諸事がメインでしたし。いや、三つ子兄弟の事件とかちょっとしたミステリーっぽい事件簿はありましたけれど。これ、羅門叔父さんがだいたい解決しちゃっているのを見ると、確かに羅一族ってみんな優秀なのなー。

羅漢軍師は別格にしても……あれは天才という以上にバカの方に一線越えてる気がするし……秀でた才覚の持ち主はあちらこちらに見受けられるわけで。
そういう際立った人物たちが目立ち始めると、確かに壬氏さまって有能では在るんだけれど柔軟さが足りてない所はありそうなんですよね。顔の良さが並外れて魔性の域に達しているだけに、人外魔境の一人のように見られてしまうけれど、中身は凡人という自己評価は間違っていない気がする。仕事の割り振りとかできなくて自分一人で抱え込んでパンクしかけてたり、かなり間が悪くて肝心なものは手に入れられないとか、結構ぽんこつな所も多いんですよね。当初から猫猫を振り回そうとして、逆にいつも振り回されてましたしw
さて、そんな壬氏さまもそろそろ形振り構わなくなってきたわけで。この囲碁大会で大人気なく策を弄しまくって盤外戦術に全身全霊注ぎ込んでしまっていたのには、なんとも微苦笑ものでしたわ。
それも、一見すると政治的な利益を得るための深慮遠謀に見えるんだけど、実質は一人の女性をゲットするための完全な私利私欲に全振りしてた、という残念っぷりは何とも壬氏さまだなあ、と。
それでうまくいくどころか、目的だった羅漢に娘さんをください、というお願いを聞いてもらう件については全く叶わなかった、というあたりなんぞは特に。
ラストの、あの自分の体を傷つけても、という周到かつ自分を追い詰め後に引けない事までして、皇族から離脱するという政治的決断も、難しい皇弟という立場での振る舞いや後継争いに関するスタンス、兄である主上に自分のことを諦めてもらう、など様々な思惑あってのことでしょうけれど……結局あれって、それら全部建前なんですよね。本当の目的は、猫猫を嫁にするための外堀を埋めることだったんですよね。
あそこまでどえらいことしでかしておいて、全部猫猫がどうやっても逃げられないように囲い込むため、というあたり、壬氏さま必死過ぎるw
いやもう完全に開き直ったというべきか。色んな意味で袖にされすぎて限界突破してしまったというべきか。ちょっと変なスイッチ入ってますよね!?
これはそろそろ猫猫も観念のし時、年貢の納め時じゃなかろうか。
やたらいい笑顔で猫猫を抱え込んでいる表紙絵、まさにこの巻を表している絵だったように思いますぞw