【公女殿下の家庭教師 6.慟哭の剣姫と南方戦役】  七野りく/cura 富士見ファンタジア文庫

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あいつが隣にいない世界なんて、私はいらない

アレン、生死不明。凶報を受けた彼の教え子たちは、それぞれ王国を巡る陰謀が動いていることに気づく。リディヤがいる南都でも、侯国との開戦が近づき――。アレンの隣に立つため、リディヤは自ら剣を握る!

この表紙のメスガキっぽい娘さん、リディヤだったの!? 髪切ると途端に見た目幼くなるんですね。ある意味、見た目相応だった、という事なのかもしれませんが。見た目もティナたちの方に寄ってしまった感がありますし。

東都動乱でリチャード公子と近衛騎士団と共に獅子奮迅の働きを見せるアレン。獅子奮迅というよりも、死に体になりながらの決死行というべきか。
取り残されていた獣人の領民たちをなんとか救出してくるも、彼に向けられたのは嫌悪と罵声でしかなかった。と、言ってもそれを行ったのは族長クラスの保守派の老人たちだけなのですけれど、彼らは獣人族の指導者層である事は間違いなく、長らく彼らのそうした意思こそが獣人族全体の意思でもあったんですよね。アレンにとっては、彼らこそが自己否定の象徴だったわけだ。
人間でありながら獣人の両親に育てられた存在。でも、人間としても認められず、獣人としても受け入れられず、ずっと中途半端に虐げられ突き放されてきた存在。
彼の自己肯定感の低さの理由がようやくわかってきた気がします。正直、両親や獣人の友人たち、親身になってくれた獣人の大人たちをはじめとして、アレンを全肯定してくれた人達は枚挙にいとまがないと思います。人間の社会の方に出てからも、リンスター家やハワード家のように全面的に彼を受け入れ、それこそ家族同然に受け入れてくれた人達は本当に本当にたくさんいたんですよね。肯定しすぎだろう、というくらい彼の能力も人柄も人格も全部まるごと受け入れて認めて称賛して肯定してくれていた。
にも関わらず、彼にはどうにもそんな肯定が響いていた様子がなかった。穏やかに笑っていながら、心のどこかで自分に与えられるそれに実感を感じていないようだった。自分に向けられる温かい感情を尊く感じながら、どこかでそれを受け取る権利がないように思っているようだった。
確かに、アレンへの肯定は彼を救っていたのだろう。でも、彼にかけられた呪いは厳然として彼を犯し続けていたのだ。
それを植え付けたのが、あの元族長達の罵声に象徴される「否定」だったのだろう。
結局、誰も彼にかけられた呪いは解けなかったのだ。悔しいだろうな、虚しいだろうな。どれほど言葉を尽くしても、心を寄せても、本当の意味で彼の根源には届かなかったのだから。
アレンの両親の慟哭が、リチャードの悲痛な叫びが、胸に突き刺さる。
ハワード公爵家やリンスター公爵家の面々が、アレンMIAの報告にあれだけブチ切れた理由の片隅には、同じくこの「悔しさ」があると思うんですよね。
アレンが与えてくれたものに対して、自分たちはそれに見合う「報い」を与えてやれていなかった。彼を本当の意味で「救う」ことが出来ていなかった。結果として、むざむざと彼を死地に踏み出させてしまった。それが必要な決死だったとしても、自分の価値を低く見て捨て駒にする形で放り捨てさせてしまった。君が大切だ、君を大事に思っている、君を愛している。家族のように思っている。その想いに彼は確かに応えてくれたけれど、その応答がこんな形であったということが。愛情に報いるために、自分を投げ捨てる形であったなんて事は。
悔しいじゃないですか。
彼をこんなつまらない事で喪わしめようとした相手は当然万死に値するし、彼にそんな選択をさせてしまった自分たちには怒りを禁じえない。
ブチ切れる要因としては、煮えたぎる原因としては、十分以上でしょう。一族まるごと、完全に火がついてしまうあたりに、リンスターもハワードも逆鱗に触れられた龍と尾を踏まれた虎の如き、完全にヤベえ一族だというのがよく伝わってきます。
個人的には、リディアにこそ何やってたんだ、と言いたくなる所ですけどね。アレンがいなくなってぶっ壊れてしまうほど依存しておきながら、結局アレンを引き止められるだけのものを彼に刻めていなかったんですから。
アレン様なら絶対大丈夫、と無事を疑いもしていない人達もそれはそれで信頼というよりも信仰に近いものを感じ取ってしまい、どうかと思うのですけれど。
自己肯定の低さから、惹きつけるだけひきつけ魅了するだけ魅了しておいて、釣った魚には餌をあんまりやらないアレンも悪いっちゃ悪いのですが。責任ちゃんととって関係中途半端にしていなかったら、もう少し彼女たちも覚悟みたいなものが定まっていたんじゃないかなあ、と思わずにはいられないのでした。

せめて、アレンの破滅的な献身を目の当たりにしてようやく心改め、彼と運命をともにして謝罪した元族長たちの言葉が、根源であり起源である彼らの拒絶と絶対否定が終わりを告げ、獣人種族がアレンを受け入れたことで彼の呪縛を解けてくれていたら、と願うばかりです。

七野りく・作品感想