【祈る神の名を知らず、願う心の形も見えず、それでも月は夜空に昇る。】  品森 晶/みすみ MF文庫J

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失われた英雄の呼び名を、この世界はまだ知らない。

世界を滅ぼす邪神の眷属への対抗手段である“遺物”。
それを扱う才能を持たぬ【亜人】を純血人類たる【貴族】が従属させ、確固たる身分制度が敷かれた時代。
そんな千年後の世界に蘇った英雄・セロトは、人類の衰退ぶりに愕然としつつも、とある問題の解決のため、貴族の身分を得て、全ての叡智が眠るという【学院】に通い始める。
しかし、入学時の検査で遺物適正が最低ランクと判明。
劣等貴族と侮られることになるが、実技で実力の片鱗を見せていき……?
これは悪夢のような世界と、苦痛に満ちた虚構、そして闇を裂く微かな希望についての物語。
『幻想再帰のアリュージョニスト』の著者が贈る純血のハイ・ファンタジー。


主人公が多重人格ならぬ多重存在? 人格だけじゃなくて意識から身体から全部入れ替わるのである。変身じゃなくて、完全に別の存在が入れ替わるのだ。
セロト、アド、ドーパという三人の存在が出現するのだけれど、彼らが表に出るためにはそれぞれ、三人いるヒロインが求めることによって、表に出てくるんですね。
これだけだと召喚、みたいにも思えるのだけれど、良く良く見ていると元々不確定で曖昧な存在をヒロインが観測することで、彼女たちが望んだ形で主人公が実体を得ているようなのだ。
主人公たちはヒロインたちが望むように振る舞い、彼女らが乞い願うような在り方でヒロイン達と接し、この世界と相対する。
こう言うと、主人公たちは主体性も個性も何もないヒロインの願望の写し鏡、みたいにも思えるのだけれど……いや、実際そういう存在に近いのだろうけれど、一方で彼らにもちゃんと自意識と人格もあることがややこしさを増している。決して、ヒロインたちの人形ではないのだ。
とはいえ、露骨にその行動原理に影響を受けるし、彼女たちの精神状態によってはもろに煽りをくうこともある。
物語の主体は、セロトたち三人の主人公サイドではなく、リエミア、アンジェリカ、ミードの三人のヒロインたちの方にあるのかもしれない。アドを含め主人公たちは多くを語り、行動も積極的に起こすけれど、物語の行方を左右するのは女性陣の判断であり迷いであり暴走だ。
究極、彼女らの願いによって行動基準を整えている主人公たちは、物語を牽引し得ない。
彼女たちの願望を投影された存在である彼ら主人公。そもそも、主人公が作者や読者の願望を投影される対象として描かれる存在であるのなら、これ以上無いくらい主人公らしい主人公たちなのかもしれない。一つの露骨なくらいの回答として描かれている、のだろうか。

この三人の主人公、名前がセロト、アド、ドーパなんだけれど、これってセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンという三大神経伝達物質がモデルっぽいんですよね。
それぞれの神経伝達物質が果たしている役割が、ちょうどそれぞれのキャラに当てはまるように造形されている。面白いことに、三人のヒロイン達の精神状態がこのセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンの過不足によって引き起こされる状態とも対応してるんですよね。
ドーパと対応しているミードの状態が一番ヤバいといえばヤバいのですけど。凄く真剣深刻に精神の破綻、廃人化の危機について語っていたのに、いざ一線を超えて廃人になったと思ったら、弟依存症の姉堕ちってこれシリアスなんでしょうか、ギャグなんでしょうか。判断できないんですけど!?

いやもうなんか全体的に話は濃密に描かれていくのですけれど、とにかく読むのに凄まじいカロリーを必要としました。なんか凄く読みにくいのよ。シーンから別のシーンに移動する際にとっかかりが全然ないように見えるものだから、なんかやたらと唐突に場面転換が起こってるように感じるんですよね。凹凸が全然ない壁をクライミングするみたいな感じで、とっかかりがないのですよ。だからか、話が進んでいるのに読んでるこっちの意識が置いてけぼりにされてしまって、なんだか訳が分からなくなることがしばしば。かなり注意深く気をつけながら読み進めないといけないので、読むことそのものに疲れてしまいました。
こういう作風みたいだから、仕方ないんでしょうけれど。