【終末なにしてますか? もう一度だけ、会えますか?#10】 枯野 瑛/ue 角川スニーカー文庫

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終わりゆく世界を救うために、この幸せな楽園を[壊す/護る]。

浮遊大陸群を救う、最後の戦いが始まった。〈最後の獣〉の結界内に広がるのは、在りし日の地上を模した風景。散り散りになる妖精兵たち、ティアットの前にはエマと名乗る女性と、白いマントの少年が現れて――。

これもまた世界、か。
〈いずれ訪れる最後の獣(ヘリテイエ)〉が創り出した世界というのは、言わば再演だ。核となった存在から抽出した思い出から形作られる世界。揺籃の世界と章タイトルにもあるように、それは夢のまどろみ、揺りかごの中で見る夢。の、はずだった。
でも、最後の獣が取り込んだのは星神エリクと地神たち。かつて、人類種が地上に反映していた頃、旧世界を文字通り形作ってた神たちだ。
思えば、かつての旧世界もまた揺籃の世界だったじゃないか。あれは、神の夢見る世界だった。だからこそ、神が目をさますことで夢の住人だった人は滅びた。
かつての旧世界と、最後の獣の結界の中に広がる世界にどれほどの違いがあるのだろうか。
もちろん、最後の獣の世界は繰り返される過去の情景だ。そこに生きる人達は、再現された存在であり、その果ては行き詰まってる……はずだったのに。

モーントシャインの存在がその前提を崩し去っている。本来なら、外から取り込んだ核となる人物をもって形成されるはずの世界が、その世界の中から新たな核を自ら生み出してしまった。
それって、仮初の夢の世界で命が生まれたという事じゃないのか。それは、旧世界と同じように仮初めの夢の中であっても、人が生まれ世界は続き未来へと繋がっていく、そんな可能性が生まれたという事ではないのか?
モーントシャインの誕生は、黄金妖精たちの誕生と、何が違うのだろう。
かつて、兵器として消費されていた彼女たちは、様々な事柄を経て生命として生きていく権利を得ている。まだ命の価値というものに対してあやふやな感性しか持たない黄金妖精たちだけど、それでも彼女たちは生きている。生きていく意思を持ってここにある。
ならば、モーントシャインは。
ああなるほど、パニバルがどうしてモーントシャインに育成を施し、彼に自ら行く末を選択するように促しているのか、その理由が何となくわかってきた気がする。いや、どうかな。わからないな。まだわからない。パニバルという不思議な女性の本質は、7巻で大いに語られ、その中でティアットというパニバルにとっての英雄の誕生と共にほんの少しの変化を迎えたはずだ。
未来を守りたいわけじゃない。未来に焦がれているわけでもない。ただパニバルは、新たに生まれた命に自ら選択する機会を与えたかった。それが幸福な終わりに焦がれた彼女の、役割だとでも言うように。その願いの在り処がどこにあるのかは、まだわからない。やっぱり不思議ちゃんだよ、パニバルは。
見てくれは、すっごい美人になったのにね。いつのまにか、大人の女性になってるじゃないですか。挿絵に描かれる彼女はもう少女の殻を破り捨てている。どこぞで黒幕でも気取っていそうな貫目のある雰囲気を醸し出している。謎めいた美女感マシマシである。
パニバルに限らず、コロンもティアットももう少女とは呼べない妙齢の女性への階を登りだしている。アルミタとユーディアが一端の少女になろうとしているのを横目に見ているから、なおさらだ。あの小玉みたいだったアルミタが、こんなに大きくなっちゃって。
と、そんな感慨を抱いたのはこれが初めてではなく、このシリーズ。【終末なにしてますか? もう一度だけ、会えますか?】がはじまった時にティアットたちに感じていた事なんですよね。
幼女だったちびっ子だったあのラキシュを含めた四人組のお子様カルテットが、一端の少女となってはじまった新シリーズ。そこに、世代の移り変わりを、継承を、引き継がれていくものを強く感じたものですけれど、ここに来てティアットたちが先輩として振る舞う時期になってたんですね。
実戦を知らずまだ右往左往しているアルミタたちを、なんだかんだとしっかり導いていくティアットたちの姿はちゃんと先輩していて、そこにクトリ世代の黄金妖精たちがかつてこの娘たちに見せていた背中を、今ちゃんと後輩たちに見せられているんだなあ、と思うと感慨深いものがあります。

ラキシュも、きっと美人になったんだろうな。

大人になった彼女たちは、もう自らが歩く道を選んでいる。ティアットも、パニバルも、コロンも、自分の道を進んでいる。ならば、その道が離れることもあるだろう。お互いに道を譲らずぶち当たることもあるだろう。それもまた、生きるということだ。彼女たちは、死霊として発生した彼女たちは、今こうして間違いなく生きている。世界が滅びるその時まで。
かつて、リーリァたちがそうであったように。

ならば、エルクは? 永遠の幼子である彼女は? 紅湖伯は文字通り、この世界を彼女の揺り籠としたいみたいだけれど、リーリァ・アスプレイに憧れたこの子は、クトリの恋を応援したこの子は、黄金妖精たちの夢を見続けた彼女は、モーントシャインと並んだエルクは。
いつまで幼子で居続けるだろうか。

長き長き物語の終わりが近づいている。最終巻は来月すぐに。待ち遠しくもいつまでもこのまま微睡んでいたい気にもなる。この世界も、物語も、一人ひとりも、好きであるが故に。


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