【刹那の風景 1.68番目の元勇者と獣人の弟子】 緑青・薄浅黄/sime  ドラゴンノベルス

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二度目の人生は棄てられ勇者、三度目の人生は獣人のわんこ族と旅に出ます。

68番目の勇者として異世界に召喚されつつも病弱で見放されていた杉本刹那は、23番目の勇者カイルからその命と共に大いなる知識と力を受け継ぎ、勇者の責務からも解放される。三度目の人生にしてようやく自由を得た刹那は、冒険者として生きていくことに。見るもの全てが新しい旅の中で生まれる出会いと別れ、それが彼とそしてこの世界を変えていく。

不知の病で若くして死んで、異世界に転生させられたと思ったらそこでも同じ病気で動けず、ってどんな地獄なんだ。
絶望のダブルバインドですべてを諦めてしまった刹那の前に現れたのは、23番目の勇者だというカイル。かつて、同じように勇者から力と知識を受け継ぎ悠久の時を生きてきたカイルは、二人分の勇者の力と長く生きた知識と経験を刹那に託してこの世界から消失する。
一時間にも満たない僅かな邂逅でありながら、まるで生来の親友のように或いは兄弟のように打ち解けたカイルと刹那。それでいながら、同じ時を生きることが出来ず、託すという形でカイルは刹那に未来を与えて去っていった。
まさに、一期一会の邂逅だったのだ。
世界を旅したい、生まれてこの方病室に閉じ込められつづけた刹那が抱いた願いは、こうして異なる世界で叶えられることになった。でもそれは、一所に留まること無く流離い続ける旅から旅への人生が約束された、ということでもあるんですよね。
実際、最初に冒険者ギルドに登録して居を構えた街では、良き出会いに恵まれ続ける。ギルド長には随分と親切にされて良く面倒を見てもらったし、宿では女将(?)に我が子のように慈しんでもらった。そして、まだ冒険者として右も左もわからない刹那に、臨時パーティを組んだベテラン冒険者は冒険者としての様々な心得や心構え、ノウハウを教授してくれて、先々の心配までしてくれた上で刹那を一廉の男として見込んでくれた。
それでも、刹那は居心地のよかったこの街を、旅立っていく。それはこの国ではひどい扱いを受ける獣人の子アルトを拾い弟子にした事がきっかけだったかもしれないけれど、アルトと出会っていなくても早晩旅立っていたのは、ベテラン冒険者のアギトの誘いを丁寧に断っていたことからも明らかだろう。
刹那の風景というタイトルは、主人公である刹那のいる風景というだけではなく、彼の一所に留まらない人生の常に移り変わる景色を表してのことなのかもしれない。
悠久の時を生きることになる青年の人生の旅路を、刹那の風景と名付けるのもまたどこか詩的じゃないですか。

この物語は、主人公刹那の人生の旅路を描いたお話だ。きっと、長い長い話になるのだろう。人と違う時間を生きることになった刹那は、本質的に人の集まりの中に留まることが出来なくなった存在だ。彼の人生は、一つの場所で送られることはない。でもだからなのだろうか、彼の物語はどこか人との出会いに比重が傾けられているように見える。
上記したように、彼の旅立ちは最初からかけがえのない出会いに恵まれ、そして別れを内包していた。長く付き合うことも出来ただろうギルド長やアギトさんと言った人たちとも、惜しみながらも手を振って別れを選んだ。これからもきっと、刹那の旅には出会いと別れが寄り添い続けるのだろう。
そんな中、奴隷商人に虐げられていた獣人の子供を刹那は引き取ることになる。アルトという名の獣人の子は刹那に懐き、この子は弟子という形で刹那の旅に連れ添う。
最初、もしかして実は女の子の可能性も、とボロボロの風体や栄養不良からの成長不足から性別がわかりにくくなっていたものだから、ちょっと期待したんですけれど、一緒にお風呂に入って丸洗いする、という誤解しようのない入念な確認作業が介在してしまったために、性別誤認という可能性はきっぱりとなくなってしまった。
とはいえ、男の子だろうと女の子だろうとアルトの可愛さはかわらない。なんかもう、健気で一生懸命慕ってくる幼い子供の可愛らしさはなんなんでしょうね。無条件で庇護欲が湧いてくる愛おしさに、ギューッと抱きしめてあげたくなる。きっと、そうすれば向こうも嬉しそうに抱きついてきてくれるだろうから。
でも、刹那はアルトを目一杯可愛がりながら、最初からいつか大きくなって自分の手元から巣立っていく日の事を考えているんですよね。アルトが一人前になり、師匠の自分が心配する必要がないくらい自立して、旅立っていく日のことを思い描いている。それを、とても嬉しいことだと考えながら。
それは、刹那にとっては寂しくても哀しくはない、良き別れ、なのでしょう。今は、懸命に離れまいと抱きつき手を握ってくる幼子を優しく包み込みながら。
刹那のこの穏やかで優しく、しかしどこか遠い精神性がこの作品の空気感を形作っているような気がします。
果たして、刹那が一人の弟子を連れながら歩く世界が、次に見せてくれる風景はどんなものなのか。
どこか切ないような、落ち着くような、穏やかな気持ちにさせてくれる作品でした。