【スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました 4】  森田季節/紅緒 GAノベル

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300年スライムを倒し続けていたら、
いつのまにか――子供になってました!?

ハルカラが焼いた毒きのこをうっかり食べてしまったせいです…(蒼白)
おかげで家族は目の色変えて私をあやそうとする始末(やめてー! )
ベルゼブブと魔王の城に行ったら、今度はペコラに捕まってしまい(もうどうにでもして…)、
なんとか戻ったと思っても、今度は村に来ている変な吟遊詩人と出会ったり、娘二人が世界精霊会議という謎の会議に招待されたりで――!?

巻き込まれ体質だからって、
私はスローライフを諦めないんだからね! !

本書だけの書き下ろし短編を収録!
「小説家になろう」で人気の異世界アットホームコメディ第4弾!
ハルカラがいると大概のトラブルをスムーズに巻き起こしたり巻き込まれたりしてくれるので、便利だなあハルカラさん。
というわけで、子供になっちゃったアズサ。高原の魔女の家で何が足りないかというと、まず幼女!
 いや、それはスライムの精霊であるシャルシャとファルファの双子がファミリーの子供たちとして日々活躍してくれてはいたものの、彼女たちの妹がほしいなあという要望に体を張って応えるアズサお母さん、さすがの献身である。
旦那さん見つけて今から仕込んで〜、とは行きませんもんね。それはそれで家庭の危機である。森田さんだとわりとそのあたりの渋いホームドラマも書こうと思えば書けると思うのですけれど、シリーズのジャンルが全然違うものになってしまうものなあ。
みんなの母性本能を擽りまくる幼女アズサであるが、いつまでもみんなに抱きかかえられて頭撫でられているわけにもイカず、治せる薬を求めて魔族領は世界樹の頂上付近で営業しているという魔法薬店に、ベルゼブブから差し向けられたリヴァイアサン姉妹と共に向かうことに。
世界樹ダンジョンに登頂だ、と意気込んだものの、かつて幾多の冒険者たちを阻み続けたダンジョン世界樹は、今や観光名所として観光客で賑わっていたのでした。
古い遺跡の観光地化は、文明文化が発展すればアルアルですよねえ。富士山なんかだって、そんな感じですしね。少なくとも麓の方は気軽に車なんかで乗り付けられますし。
普段は仕事で忙しいリヴァイアサン姉妹が、久々に姉妹で旅行を楽しむ感じでアズサを案内してる様子は微笑ましいものでした。サクッと、この姉妹にもスポットあてて掘り下げてるんだよなあ。
ベルゼブブの仕事している様子を見物に行こう、なんて話もありましたけれど、農相として働くベルゼブブはホントに忙しそうで、その秘書であるリヴァイアサン姉妹もそりゃ、二人で一緒に休暇とって旅行、なんて真似はなかなかできなかったでしょうからね。
ベルゼブブ当人は忙しいはずなのに、ちょくちょく暇作ってはアズサのところに遊びにくるわけですけれど。でも、召喚なんかで呼び出されたときは割合いつも会議とか控えてたりする事も多いんで、マジで忙しいんだろうな、あれ。

さて、本巻で一番白眉なのは、売れないデスメタ系吟遊詩人のククが成功するまでの物語でした。
デスメタ系吟遊詩人というだけでパワーワードなんですが。まあこの場合吟遊詩人というのは、シンガーソングライターそのものなんですが。
そうして、細々とドサ回りで地方を回りながら吟遊詩人として青息吐息で生きてきたものの、そろそろ本当に限界で、というこの心身ともに擦り切れそうな人間の描写が何気に真に迫ってるんですよね。
これまでずっと続けてきた吟遊詩人を、もう諦めてしまうか。辞めるか。もうキッパリと未練を断ち切って、これからの人生を生きるために仕事を見つけて働いていくのか。
そういう絶望とすら呼べない、虚無に近い燃料というか気力が尽き果てたようなククの姿、なんか実感籠もってるんですよね。こういう世間の片隅で誰にも見向きもされないまま擦り切れていくような人の描写、森田さんって他の作品でも生々しいくらいの表現で描いていくので色んな意味でゾクゾクしてしまいます。
そんなククにとって、住むところと温かい食べ物を提供してくれて、擦り切れた心が回復するまでウチでいつまでもゆっくりしていけばいいんだよ。焦って振り切って諦めずに、ゆっくり身の振り方を考えていいんだよ。もう一度落ち着いて自分の音楽を作り直してみてもいいんだよ、と保護してくれたアズサは、もうククにとってはたまらんくらいの救世主だったんだろうなあ。
でも、それでコロッと復活できるほどククが歩いてきた売れない吟遊詩人という人生は易いものではなく、それでも音楽を諦められなかったククは、デスメタ系というジャンルそのものを諦めて、これまでと全く異なる方向性に進み始める。
それは悩みに悩んだ末の路線変更だけれど、これまで歩んできた自分を曲げた、という意味ではその決断もまた諦めの一つではあったんですよね。諦めだけれど、それは前へと進む諦めだったけれど。それでも諦めではあったわけだ。
だから、その後ククが魔族の開催するフェスに参加して売れっ子シンガーになっていったとしても、それは奇跡のサクセスストーリー、という輝かしい栄光の道を描いた物語ではなく、自分を変えてしまった小さな痛みと苦渋を抱えながら、それでも僅かな後悔と安堵を噛み締めながら前に進み続ける傷だらけの成功者の物語になっているのである。
ククのあの落ち着きながらもどこか切ない歌声は、悼みの歌でもあるのだろうか。
だから、最後のフラットルテの。吟遊詩人フリークとしてククに対して常に感情的にならず、客観的な視点から助言と苦言を呈し続けたフラットルテが。最後の最後に、ククが捨てたデスメタをかき鳴らして、ククの今まで歩んでいた長い長い苦しいばかりだった人生の歩みを肯定しての、声援と激励、そして祝福は、だからこそ胸に響く以上に深く奥まで沁み入ったのでした。
フラットルテの新たな側面、というか今までに見たことのない、刹那的な感性だけで生きていた動物みたいなブルードラゴンの彼女が、あんな論理的に評論家みたいに冷静に論理的に吟遊詩人界隈の話や技術論などを語り尽くしていく姿は、新鮮でもありなんか笑ってしまう感じでもあり。
でも、だからこそあのラストのフラットルテの熱い言葉、贈る歌は良かったんです。フラットルテというキャラの魅力を後押ししてくれるエピソードでもありました。
なんか、語れば語るほど登場人物の新たな側面、今まで見えていた姿からもさらに掘り下げたような様子が見えたりして、キャラクターに行き止まりを感じないんですよね。
さすが、現状18巻まで出てるような長期シリーズになるだけありますわー。

それはそれとして……ちょくちょく幽霊のロザリーの闇の深さが垣間見えるのがちょっと心配になったりもするぞw