【悪役令嬢の兄に転生しました】  内河弘児/キャナリーヌ TOブックス

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「おにーたま?」
乙女ゲームの攻略対象キャラに転生したカインは、妹・ディアーナの愛らしさに悲鳴を上げた。この天使が、数多の破滅エンドを迎える悪役令嬢になるなんて信じられない——いや、そんな未来があっていいわけがない! 強く拳を握ると、妹を優しい淑女へと育て上げつつ、ヒロインに成り代わって、他の攻略対象キャラたちの抱える闇を次々と払拭【ふっしょく】していく。頼りは前世のゲーム知識と孤児の侍従。全ては愛する妹のため——兄の挑戦が今はじまる!
「おにーたま、ディ、にんじんもたべたのです!」
「えらい! ディアーナは何て素晴らしいんだ!!!」
今日も兄が妹を溺愛する、 破滅回避のフルラブ・ファンタジー!
自分には子供はいないのですけれど、親戚の子なんかと触れ合っていると丁度立ち上がって歩き出す頃から4、5歳頃が一番可愛いんですよね。ほんともう、ただただひたすら可愛い。何から何まで何しててもかわいい。
笑顔も愛くるしさも、無邪気さも何もかもが愛おしくなってくる。
もちろん、これは一時的に遊んであげたりしているだけの人間からの感想であって、四六時中一緒に居て面倒を見なくてはいけない親からすると、可愛いだけではやっていけないのでしょうけれど、それでも幼児の可愛さって原動力になると思うんですよね。
カインは、そんな妹の可愛さによってエンジンがフルスロットルに入ったままギアチェンジできなくなってしまった妹狂いである。自身もまだ幼児のくせに、妹の可愛さに顔が崩れて身内から顔が気持ち悪いと言われてしまうほど相好を崩してしまうヤバいやつである。
まあ、気持ちはわかる。ディアーナの愛くるしさ、カインを慕って懐いてくる様子の可愛さは限界突破してるもんなあ。この作者さんって、幼児のあの無垢で心をくすぐる特有の仕草とか言動の描写が実に堂に入っていている。カインの前世は、幼児の知育玩具関連の仕事についていたらしいけれど、作者も何らかの小さい子関係の仕事についているんだろうか、と思うくらい描写にリアリティを感じるんですよねえ。
可愛らしさだけじゃなくて、あの歳の子供の親に対する愛情の求め方とか、寂しさや不安を抱えている時の振る舞い、どうしたらいいかわからなくて途方に暮れている面を内側に秘めながら我慢している様子とか。
両親含めて作中の大人たちもカインについては誤解していたのだけれど、彼って妹のディアーナしか眼中にないし、あらゆる事がディアーナ中心に回っているのかと思っていたのだけれどそんなことはなくて、結構周りにもちゃんと目を配っているんですよね。
だから、最初の出会いの時についついディアーナに乱暴を働いてしまって、カインが敵認定してしまった王太子のアルンディラーノが抱えていた親からの愛情を求めて途方に暮れている様子にもすぐに気づいているわけである。王子殿下、最初の印象悪かったのだけれど、ちゃんと謝るし端々の言動からとても素直でイイ子である事が伝わってきたのですけれど、それ以上にこの子が抱え込んでいた寂しさや不安にすぐに気づいて、それを放っておけなくなって親身になって面倒を見出すカインが、もうこの子根っからのお兄ちゃんだ、ってなるのですよ。
悪役令嬢の兄に転生しました、なんてタイトルだけれど、これ実際は自分よりも年下の子供達全員のお兄ちゃんになりました、ですよ。
この物語における親たちは、みんな自分の子供達への愛情は普通以上に抱いているはずなんですけれど、王族や貴族という立場や慣例、仕事の忙しさや価値観からか、その愛情を子供に伝えることに盛大に失敗しているケースばかりでした。親たちの愛情が、子供達に届いていなくて、子供達は親からの愛情に餓えたままどこか歪みを生じさせていってしまう。その結果が、乙女ゲームのスタート地点で登場人物の大半が欠落や精神の歪みを抱えてしまっている、という状態だったわけです。
それを、まだ初期段階でカインがそれぞれ気づいていくわけですね。前世で幼児の知育玩具の営業なんかで幼児と触れ合うことの多かった彼は、そのあたりの知見に富んでいたのですね。そして知識以上に、幼い子供達への慈しみ、この年頃の子供たちに対して惜しみなく愛情を注ぐことを厭わない大人の感性が、彼の中には最初からあったわけです。
カインから、目いっぱいの愛情を惜しみなく注がれて、ようやく乾きや餓えから逃れられる幼児たち。そして、子供との接し方に失敗している親たちに意見したり環境を上手く整えたりして、彼らの愛情がちゃんと子供達に届くように、子供達が理解できるように、鎹として働くカイン。
そんなカインだから、子供達からはお兄ちゃんとして慕われ、大人たちからも絶大な信頼を寄せられることになるのです。
でも、誰もが忘れているのですけれど、カインだってディアーナやアル殿下たちとそんなに歳が変わらない幼い子供なんですよね。前世の記憶があるからといって、幾ら大人びているからといって、カインが子供である事実は消えないのです。
彼だって、どこかで愛情を求めていたのでしょう。そもそも、本来ゲームでも攻略対象であるカインは、親からの愛情を感じられなかったことで心に虚を生じさせてしまい、それが主人公となるヒロインによって解消されることでルートに突入するという展開が待っていたわけですから。
カインの両親も、カインの愛情の注ぎ方を見て、というかカインとディアーナの取り合いをしながらも、ちゃんとカインの事も慈しんであげなければ、と蔑ろにしないように心がけていたりしていたものの、与えるばかりのカインの燃料が切れてしまう場面が訪れるのは必定だったのかもしれません。
そんな時、カインと同年代の、カインが助けて従者として側に置くことになった暗殺者となるはずだった少年イルヴァレーノ。唯一カインがお兄ちゃんとして、年上として、愛情を注ぐ相手として接する必要のない、対等な存在。身分の差はあれど、主従の関係ではあれど、お互いに抱えていた孤独や痛みを理解し分け合える存在として、いつしか友達として、親友として、理解者として、傍らに立つようになった彼の支えのおかげで、カインの頑張りって一方的なものではなくなった気がするんですよね。
その意味でも、イルの存在ってカインにとって大きいどころじゃない、無二のものになったんじゃないかなあ。二人の最初は馴れ合わない、でも徐々にお互いにかけがえのない存在になっていく男同士の友情のお話としても、すごく心に刺さるものがあるストーリーでした。
妹のことを溺愛しているカインですけれど、その愛情はあくまで兄としてのものですから、然るべき相手が、妹をちゃんと幸せにしてくれる相手なら別にディアーナの事束縛したりしないと思うのですが。
アル殿下はダメみたいですけど。アル殿下がどうこうじゃなく、ゲームのシナリオ的にあまり幸せになれそうにない、という理由からで、アル殿下ほんとにいい子なのでこのままだとカインも反対拒絶しなくなりそうだけれど……でも、カイン的にはイルが一番いいんじゃないだろうか。今はまだそんな話、欠片も持ち上がっていないけれど。でも、ディアーナもイルのこと兄様と呼んでカイン以外では一番慕ってるしなあ。まあまだまだ遠い将来の話である。
なんにせよ、幼女のみならず男の子女の子関係なく、一番可愛い盛りの幼児たちの愛らしさを目一杯堪能できる実にこう癒やされる作品でした。カインの全方位お兄ちゃんっぷりが、なんとも痛快でもありました。こんないいお兄ちゃんが居てくれたらなあ。