【真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました 8】  ざっぽん/やすも 角川スニーカー文庫

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新たなる『勇者』誕生!? 英雄達は再び辺境の地へと集う!

「新たな勇者が現れました。彼はゾルタンに向かっています」
唯一にして世界最大の宗教である聖方教会が擁立した新たなる『勇者』ヴァン。
無垢さと危うさをはらむその少年は、かの大英雄であるテオドラさえも戦慄させる程の力を示していた。
一方、レッド達は聖方教会がゾルタンに座礁している魔王の船を回収しようと接近している事を知り警戒を厳にする。
「ねぇ……たまにはゾルタンを離れてゆっくりしない? 勇者ヴァンがいなくなるまで遠くでのんびりしようよ」
新たなる勇者との衝突を避ける為、レッド、リット、ルーティはゾルタンから離れた村で一時バカンスを楽しむことにするのだが!?
うわぁ、この新しい勇者のヴァン。サイコパスっていうんだろうか。それとも順当に狂信者? 狂信者と言っても大概、信仰こそが最優先であってもそれ以外の事も信仰よりは価値基準は低いなりに必要性は認識しているものなんだけれど、ヴァンの場合は信仰以外の事はすべて無価値と考えているように見える。正義だとか悪だとか、民の為とか世界の平和の為、という理由ですら彼の中には存在しない。女神への信仰、それが絶対であり、この世の全てはそのために存在している、と。だから人の感情だとか愛だとか、日常生活とか社会活動、経済活動、人が生きていくための諸々も、社会が成り立つための諸々も、国を運営するためのあれこれも、彼の中では信仰に殉じる以外のことは不必要で無意味なのだ。その結果として国が崩壊しようと民が生活していけないほどボロボロになろうと関係ないんですよね。
世界に平和を取り戻すために魔王軍と戦う、なんてお題目すら彼の中にはない。ただ信仰を成すために。結果がどうなろうと、それは女神の思し召し。人間は喜んでそれを受け入れなければならない。それが彼の解釈なのである。
いやこれ、もう無理でしょう。
レッドたちは、このヴァンとあるべき人のために働く勇者へと教導しよう、と考えているみたいですけれど、彼の考え方が変わるとはどうしても思えない。彼の絶対的な自己肯定の拠り所は強さとか自分にあるのではなく、女神への信仰という外側にあるので、戦って打ちのめしても彼の勇者としての未熟さを示すことにはなっても彼の信仰を否定することには繋がらないんですよね。敗北ですら、彼の中では信仰の結末として受け入れているのですから。
とにかく、人の話は聞かない。全部自分なりの解釈で理解するから、他人の意図とか関係ない。
図らずも冒頭で、デミス神が死して転生していくレオノールに語りかけるシーンでその在り方を見せるのですけれど、この神も同じように人の話は聞かないし相手の発言を勝手に解釈してその意図を無視し、自分のことを押し付けてくる。そこに尊重というものは欠片もなく、あの「加護」というもののように一方的な押し付けなんですよね。
その意味ではヴァンは勇者として、女神の使徒として、正しく女神の意思を体現しているとも言える。
ある意味、人間じゃないんですよ。女神の意思を世界に顕わすためのAIプログラムみたいなものじゃないですか。そんなモノの考え方を変えることなんて出来るのだろうか。外部入力によるプログラムの変更は不可能です、ってなもんじゃなかろうか。
彼に比べれば、往時の勇者ルーティーだってよほど人間的で人格者だったのがよくわかる。エスタさん、よく根気強く彼のお目付け役やってるよなあ。何言っても通じないし、暖簾に腕押しなのに。
徒労感に相当メンタル参っているようですけれど。もしかしてそれでか? 精神的に疲れ果てている時に誠実でひたむきな若者に純粋に慕われてしまったから、乙女回路が反応してしまったのか!?
人間、滅入ってる時に優しくされたらコロッといっちゃうもんなあ。相手がアルベール、というのがもう笑ってしまうのですけれど。アルベールくん、ちょっと違うかも知れないけれどこれって逆玉? 辺境も辺境で英雄に憧れながら燻って、拗らせてグレちゃった若者が更生して本物の英雄の一人と一緒に行動するようになって、さらにその英雄と恋に落ちるとか、ある意味逆玉ですよね。
ってかアルベールくんがキレイなアルベールくんに成りすぎてて、誰だよこれ、と思わず言いたくなります。いや、変わりすぎじゃね?
あの悪堕ちしたアルベールですら、ここまでキレイになるほど変わることが出来たのだから、勇者ヴァンも、と言いたいところなのですけれど、この親勇者はもう根底から違うっぽいからなあ、変わる姿が想像できない。
よっぽど信仰心をへし折るようなこと、それも他人に折られるのではなく、自分自身で信仰心に反する事をやらせて自ら折ったという形にでもしないと、絶対に変わりそうに見えないんだよなあ。
ヴァンの言動はもう見ているだけで心荒んでくるというか、気持ち悪さに気分が悪くなるので、うげうげさんの素晴らしさで心癒したいと思います。なんだろう、人の心に勇気と希望と笑顔を与えてくれる、という意味においてはむしろ本作でもっとも勇者してるのってうげうげさんじゃないだろうか。もう勇者うげうげさんでいいんじゃないだろうか。蜘蛛ですがなにか?

何も理解しないし受け入れない、自分の中の価値観こそが絶対。というヴァンに対して、同じく戦いの権化でレッドたちが志向する「スローライフ」というものを一切理解できないダナンが、それでもレッドたちのその生き方を受け入れ祝福してくれている姿とは、すごく対照的なんですよね。
変化しない自分を置いていかれたように思いながら、勇者パーティーとして一緒に戦っていた頃とまるで変わってしまったレッドやルーティーの仲間たちを、彼らの変化を喜んでくれるダナンはホントいいヤツである。ルーティーに強さを認め褒められて素直に嬉しそうにしてるのとかかわいいくらいで。

ある意味魔王軍よりも余程スローライフを脅かす「敵」の出現に、わかりやすくぶち倒すのではなく、自分たちがのんびりとスローライフを送るために人の世の平和を守ってもらうため、勇者ヴァンの在り方そのものを変える、という難易度超高そうなクエストに挑むことにしたレッドたち。むしろ魔王倒すよりも難しそうなこれ、果たしてどう成し遂げるのか。いや、これもうぶち倒しちゃった方が早くないだろうか、とダナンみたいなこと考えちゃいますよね。