【魔弾の王と凍漣の雪姫(ミーチェリア) 9】 川口 士/美弥月 いつか ダッシュエックス文庫

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バシュラルを戦場で討ち、残す敵はガヌロン公爵だけとなったティグルたち。
だが、ガヌロンはファーロン王と、リュディの父であるベルジュラック公爵をさらって己の領地であるルテティアに逃亡した。
国王たちを救出すべく軍を編成するティグルたちの前に、ひとりの男が現れる。男はシャルルと名のった。
三百年前にブリューヌ王国を興した始祖であると。そして、「この国を奪う」と告げた。
『黒騎士』ロランを軽くあしらって逃げ去ったシャルルはさっそく行動を開始し、ブリューヌに戦風を巻き起こす。
彼の背後には、遠くキュレネーからやってきたひとならざる者たちの姿があった。
国を興した一代の英雄に、ティグルとミラはどう立ち向かうのか。
おいおい、既成事実という言葉が出始めましたよ!?
ティグルの活躍は功績として認められ、ブリューヌ王国としても無視できない重さを得ていく。何よりレギン王女が重用していますからね。かつてのような無名の田舎貴族の子息ではなくなったわけだ。
それは、ミラの伴侶として相応しい格を手に入れる、ミラと釣り合いが取れるだけの人間になる、という目的に叶うものではあったんだけれど……。そりゃ、ティグルがブリューヌ王国の重要人物になっていったら、他国の公国の戦姫であるミラとの婚姻なんて今までとは別のベクトルで難しくなりますよね。ミラも迂闊というか、そこまで深く考えてなかったよな、これ。ある意味、ティグルの事しか見ていなかった、とも言える。ミラにとって、ティグルは自分だけのもの、という意識があったんじゃなかろうか。アルザス伯領については考えることはあっても、ティグルがブリューヌ王国の者であるという点や、自分が所属するジスタートとブリューヌ王国の国際関係が障害になってくると果たしてどこまで頭にあったか。
そう考えると、リュディは凄まじく狡猾な立ち回りをしてるんですよね。ティグルとミラが相思相愛の仲であるという前提を踏まえた上で、そこにどう自分をいっちょかみさせるかを、今のティグルの微妙な立ち位置と自分がブリューヌでも大貴族である公爵家を継ぐ立場であることを逆に利用し、さらにレギンという強大な恋敵の存在をミラにチラつかせる事で、ミラに自分はティグルを奪う敵ではなくミラの味方ですよ、と刷り込ませる。外交的にもブリューヌ国内の調整的にもミラはティグルと結ばれるためにはリュディに一口噛ませないといけないと思っちゃうよなあ、これ。
ティグル本人も積極的にアピールして自分が彼の初恋の人だというのを思い出させつつ、今も憎からず思う可愛い女性だと刷り込み、強烈に意識させる。
強か、というほかない立ち回りである。リュディ自身、父である公爵の死が確定して悲しむ暇もなく自分が公爵家を継がなくてはならない現実が目の前に迫った事で、悠長にしていられなくなったというのもあるのだろうけれど、追い詰められるほど冴え渡るキレッキレのリュディの動きが目立つ回でもありました。

まあ本編の方はシャルル復活!! がほぼすべてを持っていっているわけですけれど。
いやあ……これは想像していた以上にカリスマだわー。それもこんなに陽性で前向きで人を惹きつける魅力の持ち主だったとは。生き返ったことに対してもう少し悩んだり恨んだり、生前の負の感情を持て余していたり、となんらかの陰の要素がこびりついているのかな、と思ったらなんかもう凄く明るいんですよね。復活したからには戦前の未練を果たすぜー、と前向きに世界征服目指しているし。
もっとも、それは彼自身の未練もさることながら、ずっと置き去りにしてしまっていたガヌロンの期待に応えてあげるため、という理由も大きそう。
そう、ガヌロンがまた別人か、というくらい生き生きしてるんですよね。いや、あんたそんな明るいキャラだったか、と。世の全てを嫉み、人を蔑みきっていたような人物だったガヌロンが、皮肉交じりとはいえ軽口をたたき、シャルルの無鉄砲にため息を付きながらもどこか楽しそうに尻拭いをしたり、とああシャルルの生前はこんなふうな良いコンビだったんだなあ、というのが伝わってくるようなやり取りに、二人の友情の深さが垣間見えるのです。
どうして、ガヌロンがあれほどまでにシャルルの復活に固執したのか。どれほど優れた人物を目の前にしてもシャルルと比べて、大したこと無いと断じてしまっていたのか。ガヌロン、ほんとにシャルルのこと好きだったんだなあ。
そんなガヌロンの気持ちを、妄執にまで落ち、魔物同然に歪んでしまうほどに自分を待っていたガヌロンの執着を、シャルルがほぼ正確に把握してるっぽいのも。そんな彼を置き去りにしてしまったことをシャルルが後悔しているらしいところも、また二人の絆の深さを感じさせるんですよね。決してすれ違いではない、ちゃんと繋がりあった主従だったのだ。
このコンビは強いぞ。多分、それぞれ一人ひとりならどれほど強大ではあっても、倒しようは幾らでもありそうなのだけれど、シャルルとガヌロンが二人揃っていたらなんかもう無敵感があって、これ勝てるんだろうかほんとに。あんまり負ける姿が思い浮かばないのだけれど。
でも、前言を翻すけれど二人が負けた時の末路というか、二人がどういう結末をたどるかというのは逆に容易に思い浮かぶんですよね。二人の繋がりの深さが、シャルルの後悔が、それを思い描かさせくれる。
さてもティグル、頑張らないとなんだかんだで主役取られちゃうぞ、これ。
そして、地味に頑張り続けているザイアンくん。こいつ、根本的に小物チンピラ魂は失わないのに、なんでか一線を越えないままギリギリで大事な部分を守って、なんか成長しているように見えてしまう不思議。ちゃんとビビりながらも親父に言うべきことを言えるだけの根性というか勇気も持てるようになりましたしね。そのせいか、ティナルディエ公とザイアンが不器用ながら真っ当な親子としての情愛を交わし始めて、凄く健全な父子になりはじめてるのが微笑ましい。ティナルディエ親子を微笑ましいと思う日が来るとは思わなかった。わりと堅実に一軍を率いられているのもポイント高い。下手に貴族意識高いだけの指揮官より、ザイアンの方が普通に頼もしい指揮官に見えるし、実際ちゃんとやってるもんなあ。
あの物怖じしない無表情キャラな竜の世話係の侍女と、果たしてどうなるんでしょうね。身分はある意味ミラとティグル以上に差がありそうだけど。普通なら愛妾枠なんだろうが。