【ユア・フォルマ III 電索官エチカと群衆の見た夢】  菊石 まれほ/ 野崎つばた 電撃文庫

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過ちと分かってなお手放せない感情には、どんな醜い名がつくだろうか――。

★第27回電撃小説大賞《大賞》受賞のSFクライムドラマ・第3弾★!

――あの日、自分は選択を間違えた。
エチカ自らの意思で抱えた、ハロルドの敬愛規律にまつわる秘密。その重圧からか、電索能力が突如急低下してしまう。
電索官としての復帰が絶望的な状況の中、一般捜査員として新事件の捜査に臨むエチカ。そこで目にしたのは、新たな「天才」と組むハロルドの姿で――。
エチカとハロルドが別々の場所で追うのは、「思考をのぞける人間」を自称するハッカー〈E〉。ネット掲示板に国際刑事警察機構の秘匿事項を次々書き込み、
【真実を追求せよ】とユーザーを扇動する〈E〉の真の標的とは――!?



え、いやこれは虚を突かれた。
エチカが電索能力を喪失した理由として告げられた精神的な負荷によるもの、という原因に何の疑問も感じていませんでしたから。心当たり、というにはあまりにも致命的。エチカの存在を根底から揺るがしている秘密があったわけですからね。
あの秘密は、というかあのハロルドについての秘密を抱えたまま誰にも明かしていない。組織にもハロルド自身にも。その理由をエチカは自分でも具体的に出来ないままそれを明かしてはならないという強迫的なまでの感情に支配され、これまでの自分の生き方すら否定するような黙秘を自分に強いている。
これほどの精神的な負担はないでしょう。だから、これが原因であることに何の疑いも抱いていなかったんですよね。これはエチカ本人も同じだったでしょう。ハロルドに指摘されるまで、全く疑問にも感じていなかったようですし。

ともあれ、エチカの電索能力が喪失してしまったために、エチカは配置換えとなりハロルドとのコンビは解消されてしまう。それは家族と慕った人を殺した犯人を追うハロルドにとって、エチカの利用価値がなくなるということ。ハロルドにとってもエチカにとっても、お互いはもう必要ない存在になってしまったわけだ。エチカが電索官から離れて捜査官として任地も別になったことで、仕事上でも行動を共にすることはなくなった。
エチカは意外と適性があったのか、新しい捜査員仲間たちと事件を追い、ハロルドもまた新たに気鋭の電索官として台頭してきた女性ライザとパートナーを組み、順調に幾つもの案件をこなしていく。
もう関わり合う必要のなくなった二人は、そのまま疎遠となっていき顔を合わす機会もなくなっていく、はずだったのだろう。
でも、事あるごとにエチカはハロルドのことを思い起こしてしまう。彼のことを考えて、思い悩んでしまう。彼の秘密を抱えているから? それだけなら、黙っていればいいだけの話だ。面倒を抱えたくないのなら、見ないふりをしていればいいだけだ。
でも、エチカはハロルドの敬愛規律が機能しない事を知った上で彼が密かに復讐を企図しているんじゃないかと疑っている。いつか、彼が人を殺めるのでないかと恐れている。彼の手が人に血で染められてしまうのを、恐れている。彼にそんな事をして欲しくないのだと、心の底から願っているのだ。
それは、果たしてただの同僚への感情だろうか。人ではないアミクスに抱くべき焦燥なのか。エチカはハロルドに抱く自分の感情の名前がわからないまま、懊悩の渦に沈み込んでいく。
そして、ハロルドもまたもう自分の目的に役立たなくなったはずのエチカの事を、目の前のライザ電索官の事を忘れそうになるほどに思い返し、エチカの残像を目で追うようになってしまう。
二人共、自分の理解し得ない感情に自分自身の根幹から揺さぶられていくかのようだった。それまで歩んできたエチカの、ハロルドの在り方そのものを揺さぶるかのような、正体不明の感情。その正体を見つけてしまうと、もう二度と後戻りできないような。
そもそも、人造の機械人形にすぎないアミクスであるハロルドが、ここまで感情というロジックでも規定されたプログラムでもない、自分のハートから湧き出してきたものに思考を振り回されていく時点で、もう彼はどうしようもないほど既存のアミクスから踏み外しちゃってるんですよね。

その上で、さらにアミクスとしての、人類の従順な友人としての致命的な一線をハロルドが越えてしまったのは、ただただエチカを失いたくないがため。まさに感情の赴くままに、彼は復讐より前に人とアミクスの境界を踏み越えたのだ。
あの時のハロルドのあの狂おしいほどの激情を、果たして美しいと表現してもいいものだろうか。やけどしそうなほど熱いがむしゃらな感情を、機械である彼が見せたあのシーンは、その熱量が伝わってきそうなものでした。
まだ明確に、その感情の名前を言葉にできない二人。でも、否定しきれないほどに明確に顕在化してしまったそれは、エチカとハロルドにお互いが自分にとってどうしようもなく「特別」な存在である事を自覚させることになる。
エチカの電索能力を喪失させる原因になった事件や、Eと呼ばれるアジテーターにまつわる混乱、集中的に狙われだした電子犯罪捜査局と頻発する襲撃事件。と、サスペンスとしても謎が謎を呼ぶ展開になってて面白かった。
また、以前からエチカたちの民間協力者となってくれていたバイオハッカーのビガが、個人的にも非常に厳しい試練を課せられて、自分の生き方を、自分の人生の歩き方を自ら選ばざるを得ない展開になってて、なんというんだろう、ビガ自身にも自覚せざるを得ない岐路が訪れた、というべきなのかこれは。本来ならまだ、そんな年齢じゃないと思うんですよね。まだ少女だ。でも、彼女は兼ねてから、母が死んだときからずっと抱えていた疑念を、ついに抱えきれなくなったとも言えるのでしょう。エチカの協力者になってくれたことは彼女なりの閉塞からの打開のための一歩のはずだったんでしょうけれど、その一歩はビガがいた環境においてはもう無視できない一歩だったのでしょう。何もかもが後戻りできなくなってしまった。もっとも、後戻りしないことを決然と選んだのもまたビガ自身だったのですから、ただただ敬する思いです。

さて、Eの事件の概要は明らかになったものの、しかしその一番根本の部分である黒幕はむしろ謎が増すばかりになってしまいました。果たして、その謎の黒幕はハロルドが追う人物と何らかの関わり合いがあるのでしょうか。そして、得難い友人同士、と認めあったエチカとハロルドの「特別」な関係の行く先は。
とりあえず、ペットロボットが尋常でないくらい無残な結末を迎えてしまったトトキさんが不憫すぎて、誰かフォローしてあげてください。毎日愛猫を職場まで連れてきてるって、結構ヤバい状態じゃないですかね、これw