【わたし、二番目の彼女でいいから。2】  西 条陽/Re岳 電撃文庫

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「二番目」が二人いても、いいでしょ? 危うい関係は崩壊し、そして――。

「私、二番目の彼女でいいから」

彼女のその言葉に甘えて、俺はみんなに隠れていまも、悪いことを重ねている。
早坂さんと夜の教室で二人、いけないことをして。橘さんと真夜中、こっそり見知らぬ駅でキスを交わす。そんな早坂さんと俺と橘さんの甘い泥沼は、けれど。

「今度、私の全部をあげるね。だから、ちゃんと受け止めてね。逃げないでね」

大胆になっていく好意の果てで、もう、落としどころを見つけられない。
一番目じゃなくて、いいはずなのに。
二番目のままでも、いいはずなのに。
互いに言い訳をしながら、競うように壊れていく俺たちの関係。100%危険で、甘美で、嫉妬にまみれた恋の挙句の果てに、彼女が口にする言葉は――。


橘ひかりの恋は耐え忍ぶ恋だ。
彼女は多くを欲しがらない。ただほんの少し、桐島の好きという気持ちを浴びる事が出来ればそれでいい。満足ではないけれど、得られないもの得てはいけないものを僅かでも手にできるのなら……。
道ならぬ恋である。
家の事情がある以上、柳先輩との婚約は破棄できない。いずれ、結婚することは避けられない。踏み外してしまえば、家族ごと破滅する。だから、橘ひかりの中にあるのは諦めだ。
諦観が、彼女の感情を抑え込んでいる。耐えることも我慢することも、諦めが支えている。でも幾ら諦めていようとも、橘ひかりは桐島司郎が好きなのだ。好きで好きでたまらない。頭がおかしくなるほど愛している。
だから、諦めていても傷つく。どれほど心を凪に保っても、傷口から血が流れていく。痛いものは痛いのだ。だから、彼女はひっそりと傷ついていく。傷だらけになっていく。
だから、時折耐えきれなくなって感情を吹き立たせたとき、むしろ安堵を覚えるのだ。
遊園地で事務的にデートしようとして最後の最後に耐えきれずに崩れ落ちてしまったときも。
早坂あかねにマウント取られてじっと我慢して身を引きながら、一人になった途端に教室のドアを蹴り上げた時も。
司郎くんのことを引っ叩いたときも。
漏れ出るものがあるからこそ、抑えきれなくなるからこそ、橘ひかりがどれだけ我慢しているか、耐えているか、今この瞬間だけでも秘密の恋を守りたいとどれだけ願っているかが伝わってくるようで。
そんな彼女の生々しさを、キレイだと思うのだ。
それだけ耐えてるんだから、それだけ好きって気持ちを諦めてるんだから、頭おかしくなるよ。もう何もかもどうでもいい、と思う瞬間が来てしまうことに何の不思議も覚えない。それでいて、男女のことにはとても初心で世間知らずで。
こんな彼女を放っておけるだろうか。見捨てられるだろうか。諦められるだろうか。
控えめに言っても、二股に浮気を重ね着している桐島司郎は自他共認めるクズ野郎なんだろうけれど、どうしても嫌いにはなれないよ。一緒に彼もズタズタになっているんだもの。
そして、言葉では嘘をついても、橘ひかりが一番という気持ちに嘘をつかなかった。どれほどアホになっていても、橘ひかりに気づけた。あの場面で、あれだけ理性飛んじゃってる場面で、ちゃんと気づけたことを評価する。本当の意味でひかりの方を傷つけない事を選んだことを、評価する。

いや、やたらと性欲に負けるというか、簡単に理性を失いすぎだとは思うけれど。一方的に理性消失して襲いかかるんじゃなくて、女性側が正気ぶっ飛ばして頭おかしくなるのに同調してしまうというパターンなのでまだマシなのか。
それに、いざというときはちゃんと理性戻ることもわかったし。これだけアホになりやすいにも関わらず、あの時決定的に踏み外さなかったのは偉かったと思うよ、本当に。

だからというべきか、司郎くんが、浜波ちゃんを癒やしと捉えてしまうのもわかるなあ。いやもうこれだけズバズバと現状の異常さを突っ込んでくれて、やってることのロクで無さを真正面から罵倒してくれるって、周り全部が歪んでしまって正常とは何かわかんなくなってそうな所を整体してくれるようでむしろ気持ちいいんじゃないだろうか。アタリマエのことを当たり前にズバズバ言ってくれるって、当たり前がわかんなくなってるありがたいことこの上ないだろうし。罪悪感とかでもう酩酊状態になってる所にお前はなんてことしてるんだ馬鹿野郎、的に罵倒してくれるってむしろ精神的に救いでもあるんですよね。
浜波ちゃんのツッコミが切れ味良すぎて、清々しいというのもあるんだろうけれど。生理的な嫌悪感とか示さずに、というかそういうの感じるどころじゃなくあまりにやべえ地獄のような人間関係にサスペンス通り越してホラー映画に自分からダイビングしてしまったビビリっぷりが、ある意味サッパリしていて可愛かった、というのもあるんでしょう。
この娘、浜波ちゃん、この地獄のような人間関係を目の当たりにしつつ、橘ひかりの境遇と恋へのスタンスに対しては共感ならずとも、同情と若干の感情移入までいてくれているあたり、ほんとイイ娘すぎて、とりあえず側に置いておいて清涼な空気を振りまいてほしくなるのも、まあわかります。
こういうこそガチで「癒やし」に値するんでしょうね。

まあそれだけじゃなく、橘ひかりがこの娘に肩入れしてしまったのもよくわかるんですよね。道ならぬ恋をしている自分に対して、浜波ちゃんはすごくまっとうな「幼馴染との恋」をしているわけですから。健全で純粋で微笑ましく初々しい、きっと幸せになれるだろう素敵な恋の駆け引きを、この娘は一生懸命頑張っているのですから。
一巻のショートフィルムの撮影での一幕を通じて、桐島は橘ひかりのことを恋の天才と評していましたけれど。浜波ちゃんと吉見くんの縁結びのために、彼女が仕掛けた演出はまさに神がかっていました。恋なんて知らない、と言わんばかりに冷たくそっけなく密やかに佇むばかりの橘に、自分のどころか他人の恋愛模様の機微なんてどうこう出来るのだろうか、と普段の態度から思ってしまうのだけれど。
彼女のあまりにも情熱的で、それを必死に堪えている健気さを、切なさを、儚さを、知ってしまったなら、彼女がこの僅かな間だけの恋にどれだけ賭けているかを理解したら、橘ひかりがどれほど恋を叫び恋を成就させるための天才的な方法を思いついても、不思議には思わないだろう。
そして思い余って、表に出せば破滅するのも忘れるほどに、恋の熱に頭をやられてしまうのも、ああ仕方ないんだなあ、と思えてしまう。
早坂さんはガラスみたいに壊れやすいけれど、だからといって橘ひかりが壊れないわけじゃないんだから。耐久性が高いんじゃない、ただ我慢してただけなんだから。
こうやって語ってしまうくらいには、個人的には橘ひかりの一点推しなんですよねえ。
でも誰が一番割りを食っているかというと、やっぱり柳先輩でもあるわけで。いやこれ、早坂ちゃんが初志を保てばまあまあマルク収まるんじゃないんですか? 橘ひかりの家庭の問題があるとは言え。家庭、崩壊するかもしれないけど。そこが問題と言えば無視できない問題でもあるんだが。
橘のお母さん、そんな娘に無理を強いるような人にも見えないのだけど、そもそも高校生の娘の婚約担保に会社支援してもらってる、という時点で色々と無理筋なんだよなあ。それだけ追い詰められてたって事なのかもしれないけど。既に金銭的に支援して貰ってるだけに、今更なかったことにできないでしょうし。柳先輩なんにも悪くないもんなあ。
やっぱり相性もピッタリな早坂ちゃんが、心身ともに慰めてあげるのが一番いいように思うのだけれど、と思ってしまうのは橘ひかりの方に入れ込んでいるせいだろうか。
もうこれ、どう転んでも泥沼から抜け出せないんじゃないですか? ラストの衝撃的なやりとりも、何気に根本的な解決にはなんにもなってないし。むしろ、柳先輩ともシェアしたら丸く収まりますか!?