【暗殺者は黄昏に笑う 1】  メグリくくる/岩崎美奈子 オーバーラップ文庫

Amazon Kindle BOOK☆WALKER
少女のために――世界を殺せ。

かつて医者として多くの人を救ってきた荻野知聡。
そんな彼が異世界転生時に授けられたのは、「暗殺者」の天職であった――。
彼は助手の少女ミルとともに遺体の検視を行うかたわら、もしそれが他殺であれば、万物を殺しうる《切除》の異能を振るい、確実に犯人へ復讐を果たす『復讐屋』として日々を過ごしていた。
だがある日、彼の日常は一変する。
『復讐屋』のもとに持ち込まれた子供の変死体。
それを皮切りに頻発する怪事件に、知聡は巻き込まれることになり……?
「僕には、才能があり過ぎた。誰かを殺すという、不快極まりない才能が」
第8回オーバーラップ文庫大賞《金賞》受賞。ファンタジーサスペンス第1幕。



う……はぁっ。これは、また、なんという救われない、救いのない話なんだろう。
それでいて、構成が美しいぐらいに整っている。ファンタジーサスペンスというあらすじの題目も納得である。この巻に収められていた全ての悲劇が、一つの原因に集約される展開は……思わず唸ってしまうものだったのですが、意図あってのものではなく偶然、というには因果性が強すぎるか。一つの邪悪な欲望によって行われた行為が、波紋のように広がって幾つもの悲劇を生み出していった、というのは救いがないというしかない。
それ以上に、主人公のチサトの生き方が救いがない。せめて、壊れていたり狂気に呑まれていたのなら、彼自身だけは救われていたのかもしれないけれど、チサトは人を助けたいという気持ちを忘れてはいないんですよね。
チサトは自分のできる範囲というものを厳密に定めているけれど、でも悲劇を辿ろうとする人たちに対して忠言やアドバイスは毎回欠かさないし、無駄だと思いながらも助かる道、踏み外さない道は示しているんですよね。ニーネのときに至っては赤字覚悟で人命を優先してすら居る。あのときは割り切ろう割り切ろうとしている彼の中に明確に、損得抜きで人を助けたいという気持ちが死んでいない事がわかって嬉しかったし、そんな彼の秘めたる願望をミルが察して促してくれた事に、彼女の言う「そうごほかんかんけい」というものが良い形で成り立っているんだ、と思えたんですよね。
本当に狂いきっていたり頭がおかしくなっていたのなら、もう少し楽に生きられただろうに。
チサトが一番救われないのって、現状彼が救われていて幸福ですらある事だと思うんですよね。前世で救えなかった妹と瓜二つのミルを、今度こそ守ることが出来ている。彼女と共にいることが出来ている。それは間違いなく彼にとって救いであり、幸福なのでしょう。きっと、ミルと出会わなければ前世の医者としての人を救うための全てを否定され、殺すことしか出来ないと突きつけられた今世でチサトはきっと絶望に食い潰されていたでしょう。ミルと出会う前の彼には確かにひとかけらの救いもなかった。
だから、ミルのいう「そうごほかんかんけい」は間違いないんですよ。ミルの存在こそが、彼の正気を保っている。
でも、ミルの存在こそが彼を後戻りできない所に追い詰めてもいるのである。
今の救いを、幸福を……すなわち「ミル」を守るために、彼はそれ以外のすべてを切り捨てる、切除すると決めてしまっている。自分の本当の願いである人を救いたいという望みを、殺し尽くす事で彼は救われている。人を救いたいと思いながら、その正反対の人を殺すことで彼の幸福は成り立っているのだ。
そして、その幸福は所詮代替だとも彼は自覚している。ミルは妹のカヨではないのだから。
それでも彼は妹の身代わりたるミルを守るために、それ以外のすべてを切除していく。自分の心をもすら切り捨てていく。
チサトが、自分は殺すことしか出来ない、という卑下するような言葉は何の比喩でも誇張もなくただの事実でしかなかった。決意しての殺害ではない、覚悟しての殺しではない。強い意志に基づく殺しというには、あまりにも空っぽじゃないか。何の後悔もなく後ろめたさもなく、淡々として諦めきったそれは、空虚さしか感じない。その迅速さに、即断に、迷いの無さに、重さはない。軽さすらない。感情さえ見当たらない。
さりとてただ流されるがままの殺人でもないのだろう。強くなくとも、意思は意思だ。彼は自分の殺しに納得を得たいと思っている。命を屠るのに、理由を欲している。無理やり関連付けた理由じゃない。ミルを理由にしても金を理由にしても、誰かの悲劇を理由にして、そこにはチサトの願いがある。でも、それでも空虚だ。
取り返しのつかないまま、後戻りももう叶わずに、救われ続けるために殺し続ける彼の姿は、哀れにしか見えない。
ひとかけらの救いもない、霞の中を当てどなく彷徨う幸福だ。
嗚呼いつか、彼は本当に世界を殺すのだろう。彼の師匠となった男の予言は、大げさでもなんでもない単なる結末なんじゃないだろうか。
チサトは、その時が来たのなら躊躇なく、すべてを切除するのだろう。数や規模など、きっと何の関係もないに違いない。彼にとって何の意味もないに違いない。
そうして、彼はミルを、自分の救いを守れたのを見て、笑うのだ。誰を殺しても、どれだけ殺しても、彼は幸せそうに笑えるのだ。
壊れてるようにも見える、狂っているようにも見える。それでも、自分は彼が正気だと思うし、まともなままだとも思う。それでも、振り切ってしまってはいるのだろう。行き着いてしまっているのだろう。もうどこにも行けないほどに。

最初読む前は、必殺仕事人みたいな元医師の殺し屋のお話だと思っていたんですけどね。
少なからずショッキングで、なんとも悲しくなってくる物語でした。
どこまで行っても救いのない、救われない、救いようのない…救われた男の哀れな憐れなお話でした。