【酔っぱらい盗賊、奴隷の少女を買う 1】 新巻 へもん/むに MFブックス

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二日酔いから始まる、盗賊と少女の共同生活。

外聞の悪さから疎んじられることの多い盗賊(シーフ)・斥候(スカウト)職を務める、冒険者のハリス。
孤立して酒浸りの生活を送る彼は、ある日酔った勢いで奴隷の少女ティアナを買ってしまう。それまで充分な食事も与えられず酷い扱いを受けていたティアナは、自身を優しく扱ってくれるハリスをご主人様として慕うようになる。「美人に成長したらあわよくば」と考えていたハリスも、彼女の純粋さに徐々に絆(ほだ)されていくのだった。
温かな食事、洗いたての服、今まで寄り付かなかった町の住人との交流――ティアナと暮らし始めたことで、ハリスの生活はそれまでと一変する。その一方で、やっかいごとに巻き込まれることも増えるが、彼は技術と機転で危機を躱(かわ)していき――!?
奴隷少女との出会いから始まる、やさぐれ盗賊の「再生」の物語。

人から信頼されたり信用されたり、ってのは難しくもあるし簡単でもある。
冒険者のハリスは盗賊職、というと外聞が悪いが、いわゆるシーフや斥候、と呼ばれる職種の人間だ。この手の職種の人間は、直接の戦闘こそ苦手にするものの、罠の解除や探索、撹乱など多彩な技能や見地を持っていて、冒険には必要不可欠な職分である。
が、盗賊職なんて言われるように実際に犯罪に手を染める者も中には居て、そういう一部の人間の行いなどもあって、世間からはシーフ職の人間は胡乱な目で見られている。
他人から、信用され辛い、信頼されにくい人種であると言えよう。
ハリスもその一人だ。彼はそこからさらに見た目も薄汚れていて、昼間から酒場で呑んだくれていたり、言動もやさぐれているので、余計に不審人物と見られていて周囲からは忌避されている。本人も、シーフ職への偏見や以前に女性問題で酷い仕打ちを受けたせいもあって、他人と深く関わるつもりもなく、周りからの評判も気にしていなかったので、余計に孤立が進んでいたし、本人もそれで良しとしていたんですな。
それが、酔っ払って正体をなくしている間に勢いで買ってしまった売れ残りの奴隷少女ティアナ。彼女との出会いが、ハリスの生き方を変えることになる。
面白いのは、決してハリスから先に心改めて生き方を変えたわけじゃないところなんですよね。
周りからの目が、先に変わってきたのです。
ハリスは、酒によって記憶がないうちに買ってしまったティアナには特に思い入れもなかったですし、今は幼すぎてても出しづらいけれど、成長したら手を付けてやろうか、なんて考えているくらいには助平親父だし、本人としては特別大事にしている感覚はなかったわけです。
でも、家族に無慈悲に売り飛ばされ、奴隷商の元では普段から痛めつけられマトモな人間扱いされず尊厳を踏みにじられてきたティアナにとって、決して裕福ではないどころか家だけは大きけれどうらぶれたオッサン冒険者が一人でほそぼそと暮らしているような有様なのに、普通にご飯を食べさせてくれて身体も綺麗に洗わせてくれて、服や身なりも整えてくれて、虐待によって痛めていた身体も教会でわざわざ癒やしてくれるし、戦闘は苦手というのに道中ではモンスターに襲われた時に守ってくれて、とハリスは救世主のように思えたわけです。
ハリスにとっては、別に優しくしたつもりもなく、当たり前に自分の元に転がり込んで自分のものになった少女に接していただけなんですけどね。でも奴隷を人間扱いしないのが当たり前の世界の中で、こういう接し方を特別に奴隷の少女を哀れんで優しくしてやろう、って考えじゃなくて、当たり前に何の特別感もなく、ふつうのコトとしてティアナに与えてあげているあたりに、ハリスという男の根底の人間性が伺えるんですよね。
決して、ティアナの過大評価でもないと思うんですよ。もっとも、ティアナの思い入れのような聖人君子とは程遠いおっさんでもあり、ちゃんと食わせて眠らせて、としているうちに健康になってきて幼いながらも女性らしくなってきたティアナに、もう手を出しちゃおうか、なんて考えているエロオヤジなのですが。
でも、無理やり嫌がるのを押し倒して、とは思えないあたり、やっぱり素朴な善良さがあるんですよね。
ともあれ、このティアナ。売れ残っていた奴隷なのにこれが思いの外社交性の高い娘で、家事やら何やらを任せた一環で、外に買い出しなんか遣わしていると、どんどんと街の人と仲良くなっていくわけです。おまけに、ハリスに対しても家を綺麗に、服もちゃんと洗濯し、いつも酒しか飲んでまともに食っていなかったのを、ちゃんと食事させ、と身なりを整えさせたりといろいろと積極的に世話を焼くわけですよ。このおっさんも、うざがったりせずに世話されるがままにおうおう言いながら世話されるんですよね。結構主体性がない流されガチなおっさんである。
そうしているうちに、やさぐれた小汚い不逞な怪しい親父から、わりと身なりもきっちりしている小綺麗なおっさんへとクラスチェンジするのである。おまけに、外ではティアナがハリスの事を褒めまくり、その人となりを讃えてまわるものだから、周りの目もどんどんと変わっていくのである、ハリスが知らない内に。
ハリス自身も、ティアナを買った直後に教会で彼女の傷を癒やしてもらった際に、教会の偉いシスターに勘違いされて不幸な少女を引き取って優しく守ってあげている篤志家みたいに思い込まれる、というイベントがあり、社会的にも非常に信用度の高い人物からこの人は大変信頼に足る人物である、という保証を貰っちゃったりしているのである。本人は、ただで教会の癒やしの魔法を使ってもらえるお得なフリーパスくらいに考えてたみたいだけれど。
いずれにしても、ティアナという社交の窓口を通じて、ハリスが知らない間にどんどんと信用と信頼が積み上がっていったのである。見た目、大事というお話でもある。
見た目が悪い、外聞が悪い、となるとどうしても本人の人間性云々など中身は見てもらえず、遠巻きにされるし、外との接点がないと評価もされないし、信用もされにくい、という事なんでしょうな。
ハリスが積極的に変わったから、周りからの評価が変わった、というのとは少し順番が違うんですよね。
とはいえ、周りから偏見の目で見られ嫌悪されるよりも、好意的に接せられる方がそりゃやさぐれたおっさんだって、気分だっていい。こうなってくると世間の目も気になってくる。
とはいえ、そういう世間体を気にする、なんて真似は最低限くらいしかしてなくて、ハリスのおっさんあんまり変わらないんですよね。ティアナに世話されることで昼間から呑んだくれる事がなくなったくらいで。
それ以前から、冒険者の仕事は手を抜いていないし、世間様に後ろ暗いような真似は、少なくとも後ろに手が回るような領分ではしていなかったわけで。
正当にハリスの仕事っぷりが評価されるように成った、とも言えるわけです。
少なくとも、ハリスはティアナのおかげで得られるようになった信用を失うような、ぶち壊すような真似を一切していませんし、ティアナの信頼を裏切るような真似もしないんですよね。
元々、自己評価はそこそこ程度のハリスですけれど、実際はかなり手練のシーフのようで、人手不足で苦しむ冒険者ギルドからの仕事を着実にこなしていくことで、評価や信用もどんどんあがっていき、わりと無茶振りまでされるようになっていくのです。いや、結構無茶振りというか、信用されすぎですよね、心中しかけた未亡人と子供を一旦預かれ、みたいな話は。
了承しちゃうハリスも、大概流され過ぎな気もしますが。このおっさん、わりと受け身というか、押しに弱いところありませんかね? ティアナが奴隷の身分にも関わらず、勝手にあれこれ引き受けちゃったり、犬連れて帰ったりしてきたのを、怒りもせずに受け入れちゃったりもしていますし。このあたりは鷹揚というか自分の身の回りのことに頓着がない、とも言えますし、段々とティアナには甘い、この娘に頼まれると仕方ないなあ、と受け入れちゃう感じになってきているとも言えますが。
未亡人母子を受け入れたのも、ティアナが真剣に同情しちゃってたから、というのも大きいみたいですし。
若い頃からの親友が、今は聖騎士のトップエリートとしてバリバリ働いているのですが、今もハリスと交流があり、身持ちを崩していた彼のことを心配して度々訪ねてきていたように、元来ハリスという人物が身近な人間からは信頼され、そして今もそれが続いている事からも人からの信頼を軽々に裏切らない人物であった事は間違いのでしょう。
とはいえ、それが世間一般からの評価に、信用につながるかは別の話であり、社交的ではなかった……女性問題で手酷い目にあって余計に人と積極的に関わらなくなった事もあり、自堕落で周りの目を気にしなくなった事も相まって、悪評が付き纏うようになっていたわけですが。
それが、一人の奴隷の少女を引き取ったことで、周りも自分も変わっていく。人から信頼される事で自信を取り戻し、周りから信用される事で背筋が伸びる。幼い少女からの無垢な親愛に、身が引き締まる。
人がどうやって変わっていくか、という例の一つの善い形を見せていただいたような気持ちです。