【ロード・エルメロイII世の冒険 3.彷徨海の魔人(下)】  三田誠/坂本 みねぢ TYPE-MOON BOOKS

Amazon Kindle BOOK☆WALKER
「変わりたい、っていう顔だ。面はそういう人間のためにある」

 両儀幹也から、夜劫アキラという少女の救助を依頼されたエルメロイII世。
 しかし、事件は彼らを弄ぶように展開する。密やかな罠を仕掛ける日本の魔術組織・夜劫。夜劫アキラを攫い、神を喰らったエルゴを親友と呼ぶ、彷徨海の弟子・白若瓏(バイ・ルォロン)。
 彼らの対立の裏にあるものは、いかなる陰謀か。
 そして、極東の地を舞台に、エルメロイII世が解き明かす神の名は――?

 過去最大級のボリュームで、神秘と謎が暴かれる『ロード・エルメロイII世の冒険』第三巻!

コクトーぉぉ、いや貴方ってばいわゆるサービス要員というか、登場するだけでファンサービスになる人員枠だと思っていたのに。
勿論、それだけではなく。黒桐幹也という人物特有の特に際立った一般人としての立ち位置、フラットな視点、さらに「普通」の観点から鋭く起こっている物事や現状、人の関係について指摘したり促したり、という重要な役回りではあろうとは思っていました。でも、あくまでサブ。物語を脇から支える形での重要な人物、という立ち位置だと思ってたんですよね。
……完全に貴方が起点にして基点だったんじゃないかっ!!
いやもうなにそれ!? 魔性の男!? そこにいるだけで人生を狂わせてしまう傾国だったの!?
あまりの美しさ、ならぬあまりの「普通」さに、普通でない人たちを惑乱させてしまうとは。思えば、今奥さんになっている両儀式がその筆頭と言えるのだから、それはそうなのだろう。橙子さんですら、影響を及ぼす側ではなく及ぼされる側に成りかかっていたわけですし。
また、空の境界で語られた物語の少なくない話で、黒桐幹也に中てられてしまった異常者たちが居たわけで。彼に救われた人が多くいる中で、彼の存在そのものに踏み外してしまったり、迷走してしまったりという人はきっと少なくないんだろうなあ。妹の鮮花だって考えてみればそうだぜ? あれが兄であったがために、魔術の道に足突っ込むわ、性癖で転ぶわ。
でもそんな、どんな異常で異質な人間でさえ揺らがすことの出来なかった幹也を揺るがしてしまったのが、ある意味踏み外させてしまったのが。彼をして、許すことの出来ない人間になったのが式なんですよね。そう思えば、彼女と結婚したのはあれだ。黒桐幹也が両義幹也になったというのは、彼が式とだけは普通から逸脱した特別になった、ということでもあるんでしょうなあ。
……未那ちゃん、ちょっとお母さん相手にお父さん取り合うのは部が悪いぜ、これ。
そんな両儀式さん、てっきり名前だけの登場かと思えば、チラッとご本人が登場してくれる辺り、ファンの気持ちをわかってくれる三田先生ありがとうございますッ。

というわけで彷徨海の魔人編、というか日本編の完結巻は怒涛も怒涛のクライマックスの連続で、一気に上巻で撒かれていた伏線が回収されていく。
それ以上に、エルゴという少年のキャラクターが確立した回だったんじゃないだろうか。まだ2巻までは彼のキャラクター、というか人格はまだふわふわとしていてはっきりしていなかった感じがあるんですよね。自己が確立しきっていなかったというべきか。
それが、若龍という彼の過去を知っているかのような、同世代の友人ともライバルとも言える競り合える相手、自分の同類、共感と反発、友情と敵意と交えられる存在の登場と交流にとって、急速にエルゴの自己は固まって行っていたのだけれど、この下巻にてその方向性が定まった事でエルゴという少年の姿が鮮明になっていくんですね。
その方向性を指し示してみせることこそが、師であるエルメロイ二世の教導だったとも言えるのですが。エルゴ個人の色が鮮明になっていくのと同時に、まだなんだかしっくり来ていなかったエルゴがエルメロイ二世の生徒となった、という事実がすごくしっくり来るようになっていったんですよね。
この巻でようやく、エルゴはエルメロイ教室の生徒になったんじゃないか、ってくらいに二人は先生と生徒という関係らしくなっていくのである。
この巻の終わりに、エルゴがグレイの事を姉弟子として姉さんと呼ぶようになったのも、そのあたりなんじゃないかなあ。グレイもどうやらエルゴという少年に対して自分と同じ神なる存在を抱えて苦しむ同輩、という立場以上にこの巻では彼のことを身近に、身内として捉えて心配するようになった感じがありますし。
明確に、エルゴという少年に目覚ましい成長が、心の確立があった、という描写が折々に触れて描かれていた事も大きいのでしょうけれど、ターニングポイントというのがはっきりしていてわかりやすかったなあ。
いや、今回はほんとにエルメロイ二世が先生先生していて、理解していたつもりでもこの人がとんでもない指導力の怪物だというのを分からされた気がします。いや、気がしますどころじゃなくぶん殴られた勢いで。
彼自身が常に迷いの中にいるくせに、人生の目標については一切ブレることなく一心不乱に突き進んでいるからだろうか。彼の助言、アドバイス、教導というのは単純に能力を伸ばすんじゃなくて、人生観そのものを育て導いてる感じがあるんですよね。心の行く先に道筋を与えてくれるような。上から引っ張り上げるわけでも、前から強引に引きずってくれるわけでも、後ろから後押ししてくれるわけでもないのだけれど。立ちすくんでいる傍らにそっと佇んで、同じ方を一緒に見てくれるような、そんな安心感のような足場をくれるような、勇気をくれるようなそんな感触なんですよね。
先生自身は、そうやっていつも生徒たちが歩いていくのを、その場に佇んだまま彼らの背中を見送っている印象なんだろうけどさ。ずっと見てくれているというのは、とても嬉しいものなんだよ、先生。
そういう意味では、そんな先生の横を離れまいとするグレイはまた特別なんだろうなあ。つきまとって離れないライナスもw
いやでもそれにしてもだよ? 幾らエルメロイ二世の指導力が化け物を通り越して異次元だったとしても、遠坂凛の強化っぷりはちょっと幾ら何でもやりすぎじゃね!? あんた、自分の弟子をナニにしたいんだ!? ただでさえ放っておいても人外無双の究極天才魔術師なのに、これもう宝石魔術師の領分を飛び出しかけてないですか!? あの花びら、宝具じゃん!! 劣化とは言え、ほぼほぼもう宝具じゃん!! 一介の魔術師が使うような魔術じゃないと思うんですけど!? そんなのを使えるようにしてしまったエルメロイ二世の、アレとしかいいようのないアレっぷりにはもう開いた口が塞がらないんですけど!? 分かってたつもりだったけど全然分かってなかったわ、この人が手掛けるとどれだけ生徒の力量が伸びてしまうか、というのをようやく実感できた。彼が指導すると異次元のレベルアップが出来る、とかじゃないわ。魔術師としての存在階梯が、クラスチェンジしちゃうんだわ。
そりゃ、時計塔のロードってやべえ、ってなるよ。他のロードへの風評被害だよw

そして、魔術の指導だけでなく、魔術大系そのものの解体分析こそが略奪公と呼ばれる彼の本領。いや、魔術云々に留まらず解体しバラしてしまうという意味では、歴史も血統も人の想いですらも同等なんですよね。謎解き、というよりも憑物落としとでも言ったほうがそぐうんじゃないか、と思うくらいに、日本の古き魔術組織・夜劫とそこに生きる人々の人生の解体は凄まじかった。
Fateシリーズではなかなか語られなかった「日本」の魔術組織の話も大変興味深いどころじゃなかったんですけどね。いや、日本神秘残しすぎ問題!?
日本の魔術大系って、東方の魔術からもある種の混合を含めてながらも独自のものになってってるのか。根拠地であるお山限定とはいえ地方の小さな魔術結社、どころの強さじゃないんですけど!?
でも、だからこそ古いからこそ過去に今も囚われている……という単純な話でもなかったんですよね。
そもそも、このロード・エルメロイ二世シリーズは、魔術師という人間という枠組みを逸脱しようとしている人種たちの、でも余りにも人間らしい姿を掘り起こす物語でもあると思ってるんですよね。
人からハズレてしまったようで、彼らはどうしようもなく人間であり、人の心に導かれている。いつだって魔術師としての彼らが引き起こした事件ではなく、真相が明らかになった時そこにあるのは人間としての赤裸々なくらいの想いが引き起こした事件だったんですよね。
今回もそうだ。夜劫という魔術組織の悲願を叶えるための人間の心など置き去りにしたような儀式の決行、に見えてそこにあったのは……。

しかし、しかし、これ舞台は現代のはずなのに神秘が横行しすぎ! 飛び交ってるものが、神の権能だの竜だの天槍だの。グレイの槍まであんななっちゃって。英霊の召喚とか一切ない現場なのに、サーヴァントの戦闘並みかそれ以上の神秘が飛び交ってるんですけど!?
一抹でも、時計塔がひっくり返りそうな事件の連続だと思うんだけどなあ。東方のことだからあんまり時計塔の目も届いていない、とかライナス達も言及してたけど。

今回の一件で突きつけられたのは、エルメロイ先生と指導者としての立ち位置、考え方が並び立たないジズという師の存在であり、エルゴの神からの解放に際して立ち塞がる壁になった、ということなのだろう。
つまるところ、教師としてのエルメロイ二世が問われる流れになってきた、という事だろうか。講師を辞めるべきか、なんて彼が考えていたもこうしてみるとグレイの問題以外でも大きな意味を持っていたのかもしれない。もう十分証明しているような気がするけれど、エルゴと若龍がそれぞれの証明となっていくのだろう。
事件簿以上に世界を股にかけ、神秘を股にかける大冒険になってきていて、すげえすげえ、とはしゃぎまくってしまいました。いやあ、面白いっ!