【陰キャだった俺の青春リベンジ 天使すぎるあの娘と歩むReライフ】  慶野 由志/かる 角川スニーカー文庫

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この社畜力でやり直す、彼女と一緒の2度目の青春!

ブラック企業で身も心もボロボロになって倒れた新浜心一郎は目覚めたら高校二年生にタイムリープしていた。陰キャで灰色だった高校生活……でも今の自分ならきっとやり直せるはず。
時を超えて再会した憧れの美少女・紫条院春華は、思い出以上に天真爛漫で可愛くて、何より新浜のことをまっすぐ見つめてきて……
「昨日までの新浜君とはすごく変わった気がします。優しいところはそのままに、大人になったみたいで素敵です!」
もしも未来を変えられるなら、酷いイジメの末に命を絶った彼女を絶対に救いたい。手に入れた大人のメンタルと社畜力で、彼女と一緒に二度目の青春にリベンジする――!



慶野由志さん、久々だなあ。【つくも神は青春をもてなさんと欲す】シリーズはハートフルでほっこりできる物語で好きでした。
そんなダッシュエックス文庫で活躍していた慶野さんが、カクヨム連載からの角川スニーカー文庫での再デビューで何年ぶりだろう。5,6年ぶりくらいになるんじゃないでしょうか。お帰りなさいですわ。

あらすじでヒロインの娘、紫条院春華は酷いイジメの末に自殺した、と語られているので、青春リベンジって春華という少女を死に追いやるまでに残酷なイジメが横行する環境に完全と立ち向かう、かなりハードな話になるのかと思ったら、春華が自殺したのって学生時代じゃなくて企業に勤めてからの話だったのか。
学生時代自体は、高校も大学も穏やかに過ごしたらしい。それが、彼女に人間の悪意と向き合い、人の醜悪さがどれほどのものかを理解しないまま、社会で剥き出しの人の尊厳を踏みにじる環境に飛び込んでしまったが故の悲劇だったのだろう。
かくして、ぼんやりと何も決断しないまま何となくで学生時代を過ごして同じようにブラック企業の陥穽にハマり、不幸のファンブルを続けた結果、人生に絶望しながら過労死してしまった主人公もまあ同じようなものだったのだろう。
頑張らないで楽しく生きる、というのはなかなかセンスが必要なのかもしれない。
新浜は、過去に死に戻ってもう一度学生時代からやり直せることになったわけだけれど、最初の人生における学生時代と、一度社会に出てからこうして学校という世界に舞い戻ってみると、同じ景色のはずなのに見え方が全然違う、というのは何となくわかるんですよね。
人間、ぶっちゃけ精神的に成長ってのはほとんどしないんじゃないかな、と思ってます。中身、なんも変わらんし成長しないですよ。どれほど年取って年齢喰って大人になっても、おじさんおばさんになっても、中身は子供の頃からなんにも変わんない。いや、マジで変わんないですよ?
それでも、大人が大人に見えるのは子供がしていない経験を蓄積しているからなのでしょう。子供の頃出来なかった体験や、学校以外の様々な世界を見知っているからなのでしょう。
子供でも、学校や家庭以外の世界で活動を広げてるような子は、また普通の子とは違った世界観、世界の見え方がしてるんじゃないでしょうか。
まあ社会に出たって、その会社しか知らなかったり職場だけで完結していたり、世界が広がるわけでもないんですけどね。そして、世界が広がったってそれだけでその人が優れた人になる、というわけでもないのでしょう。ましてや偉いわけでもなんでもない。
生き方なんて人それぞれだし、幸せの感じ方だってそれはその人だけのものだ。だから、何が正解かなんてわからない。でも、狭い世界「しか」知らないというのは可能性を限定してしまう事でもある。知らなければ、それが自分に合っているか合っていないかもわからないわけですしね。
彼は、新浜は後悔しかなかった。自分の生き方に悔いしか持ち合わせていなかった。だから、過去に戻った時に前向きにやり直せたのでしょう。自分だったら、自分の人生もう一度学生時代からやり直せ、とか言われたら勘弁してくれ、と思う所ですけどね。
新浜くん、あのタスクの処理能力は普通に優秀です。あれだけテキパキと物事をこなすだけでなく、自分から企画立案して物事を立ち上げることまで出来、人を動かし乗せるのも上手い、というのはだいたいどこの働き口でもかなりありがたがられるんじゃないだろうか。
彼はブラック企業で死ぬまで働かされた経験が活かされている、みたいに語ってますけれど、そんなブラック企業で働けて良かった話じゃないと思うんですよねw
ブラック企業で潰されていたからこそ、彼のその優秀さがまるで発揮されず活かされなかった、と考えるべきなのでしょう。多分、普通の企業で働いていてもこれくらい新浜くんなら出来たと思いますよ。多分、彼の素の資質だ。そして、誰でもこんなにできるわけじゃないですからね? むしろ、出来ない人の方が多いんじゃないだろうか。まあそれは、企業や組織のレベルによるか。集まるところには集まりますしねえ。
できる人はできるし、出来ない人はどれだけやっても出来ない。やればできる、というのは幻想です、ブラック寄りな考え方です、はい。
ただ、できる能力が備わっている人も、それを発揮しないといけない必要にかられる環境にならないと、なかなか能力を発揮する機会がないんですよね。思うに、日本の学校ってのはこのやらないといけないという状況に迫られない環境なんじゃないでしょうか。
勉強や試験は頑張らないといけないですけどね。でも、文化祭や体育祭などのイベントの運営なんかを必要にかられて自覚的に主導して動かしていく、という体験は意外とないような気がします。当の文化祭とかだって、この物語の一周目のそれがグダグダのままなあなあで終わってしまった際も、それで誰かが責任を取らなくてはならなくなったり損害を被ったり、という事など勿論無く。お給料が出る職務、という訳でもないですしね。グダグダで終わっても、それで良しとされる環境だったわけだ。そして、それは決して珍しいことではないでしょうしね。自分がやらないといけないという意識、これは自分の仕事だ!という自覚を得る機会、ってのが案外少ないのじゃないでしょうか。
新浜くんは、自分がイベントを牽引するだけじゃなくて、仕事の割り振りがうまかったと思うんですよね。それぞれに、やる気を失わせないように仕事を遣りやすい、失敗を挽回しやすい、やれることを自分で広げやすい、環境を整えて、それぞれに自分のやっている事に手応えを感じさせる。そうなると、やってることが楽しくなってくるし、自分の才能が活かされたり今まで使ったことのなかった能力が発揮される事への快感が生まれてくる。
この環境づくりがうまかったんですよね。一つ一つのスキルは前世でブラック企業での業務で身につけた事だったかもしれないけれど、こういう活かし方は前世ではしたことなかっただろうし、する機会も余裕もなかったんでしょうなあ。
社会人から学生に戻る、というのはまさにその「余裕」を多分に得ることのできるチャンスだったのでしょう。
紫条院春華と順調に仲良くなれたのも、まさにその精神的な余裕から来るものだったわけですし。
ただ、彼女に人には悪意を持って接してくるろくでもない奴らが居る、というのを迫真の勢いで教える事ができたのだけは、ブラック企業での体験があってこそだった気がします。実際に、精神的に追い詰められ身体壊して死んだ実体験からくる迫真性ですからねえ。こればっかりは死に戻りしなければ、春華にどれほど訴えても頭ではわかっても、という感じでぼんやりと受け止められただけだったかもしれません。まあ今の彼なら、大学生になっても社会人になっても傍から離れずに見守ってやるぜ、という勢いがあるので、大丈夫でしょうけれど。
これ、恋を自覚しなかったらただのヤバいやつになりかねなかったかもしれないですなw

個人的にはひたすらいい子ちゃんな春華よりも、途中から真面目で融通の効かない委員長キャラだと思ったら、実は凄まじいマイペースな我路を征く、な変人だと発覚したメガネ女子の風見原さんが、イイ性格というかいいキャラしていて大変面白かったです。もうちょい出番あって、掘り下げられてたらもっと愉快なキャラになっていたかも。

慶野 由志・作品感想