【さあ、脱獄を始めましょう】  藤川 恵蔵/ 茨乃 MF文庫J

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俺の暮らすこの町全体が一つの監獄!? 衝撃のバトルファンタジー!

都市パノプティコン。四方を山に囲まれた、美しい町。そこで暮らす少年ヴァンは、なんの変哲もない平凡な人生を送っていた。ところが、プラチナに輝く髪を持つ謎の少女・ダイヤと出会ってから、彼の人生は変わり始める。

「ここは監獄。貴方は囚人で私は看守です」

これは、囚人と看守による巨大な監獄都市からの「脱獄」の物語。



これ、ある意味タイトルがネタバレになっちゃってますよね。
まあ、あらすじでおおかた暴露してしまっているのだが。
ただ、主人公のヴァンは物語がはじまった当初は自分が監獄の中に収監されている囚人だという自覚はなく、ただの学生として退屈な日常を過ごしている。そう、傍目には彼が暮らしている街は普通の街ですし、学校もそこらへんにある特徴のない一般高校なんですよね。
だから、一瞬脱獄だのはヴァンが何らかの理由で捕まって、特別な監獄に放り込まれてからはじまる脱出劇なのかと思ってしまう。でも、確かに違和感はこの当たり前の日常のそこかしこにこびりついてはいるのである。
まるで劣化したAIが搭載されたように言われた事しかこなさない無感情な学生たち。普通の学校に通っている、という割にはなぜか外国風の名前の主人公やその友人たち。そもそも、名字すら持ち合わせていないようなんですよね。
そして何より、そんなできの悪い書き割りみたいな違和感に全く気づかず意識しない主人公。
そんな彼が唐突に目覚めた透視能力を使っているときに着替えを覗いてしまった少女ダイヤにボコボコに殴られた事をきっかけに、自分が人為的に記憶喪失にさせられ認識を操作されて自分や周りの状態に違和感を感じないようにさせられていたこと。そして、この自分たちが暮らす街が監獄そのものだと気づいていくのである。
気づいていく、というかダイヤちゃんがあからさまにヒントみたいな台詞をばらまいていくお陰でもあるのだけれど。その透視能力で壁とか空とか覗いちゃダメですよ?ダメですからね? って押すな押すなのダチョウ倶楽部ネタじゃないんですからね。
これ、ダイヤ当人はフリじゃなくて本気で止めているあたりが天然かわいいのですが。

とはいえ、記憶を消されて自分たちが囚人であること、そしてここに収監されているのが全て異能者である、という事実を忘れさせられて、安穏と暮らしている停まった街というのが思いの外秀逸ないびつさで描かれていて、これあからさまにあらすじとかで情報暴露しなかった方が良かったんじゃないだろうか、と思えるんですよね。そこからヴァンがちょっとずつ真実に気づいていき、それに伴って彼の置かれている環境が一気に激変していく情報の開き方も非常に良かったですし。
一方で、その情報の開陳の進捗具合が最終盤になるとあれ?となってくるのも確かなんですよね。
つまるところ、肝心な部分が何もわからないままこの一巻、幕引きまで行っちゃうのである。
一番肝となる部分の、この監獄はそもそも一体何なのか、どうしてヴァンたちがここに囚われるのか、一体誰がこの監獄を運営しているのか、何の目的で、というのがさっぱりわからない。
いや、一応は看守の女の子たちを通じてこの監獄の目的、それが犯罪異能者たちを更生させるために収監している、というのは説明されるのですけれど……どうもその説明内容は偽りっぽいことだけは明かされていくのである。看守たちもそれを信じているようなんだけれど、どうにも現状と辻褄があわなかったり論理的でなかったりする。あくまで看守たちに与えられた建前っぽいんですよね。
ヴァンが友人として付き合っているアッシュは、どうしてか事情に通じているようなのだけれど、彼は彼でどうも把握している情報がすべて正しいとは思えないのである。
看守たちに関する情報がどうも恣意的に偏っている節があるんですよね。少なくとも、アッシュが語る看守たちと、ダイヤたちヴァンが直接話した看守たちはまるで違っている。
いったい、何が正しい情報なのか。誰の言葉が真実なのか。
誰かが嘘をついている、というのではなく、誰も本当は何も知らないまま、誰ともつかない何者かに言われるがまま動かされているような気持ちの悪さは、記憶を消されて認識を操作されて人形みたいに日々を送らされていた頃と、何が違うのだろう思えてくる。
そう感じさせてくれる世界観、というのはそれはそれで秀逸とも思えるのだけれど、さすがに最後にまで至って分かったことが、なんだかよくわからないことがわかった、というのはさすがにちょっともう少しなにか取っ掛かりみたいな、次に繋がるものが欲しかった、と思うんですよね。
最後の戦闘も、誰かの悪意とか意図したものとかというよりも、バグみたいなものに見えるし。誰かに指示によるものだったとしても、不思議と無機質な命令的な感触しかしないんですよね。そこに果たして明確な意思があったのか、というと疑問符を覚えてしまう。
そんな中で、ダイヤが看守という立場以上にヴァンの事を気にかけてくれるのは、なぜなのか。ちゃんとした理由があるのか、それとも単にチョロいだけなのかすら不明で、ってチョロさを発揮するほどの接触もなくいきなり近づいてきたからなあ。最初はあれは本気でただの優しさでヴァンが意図せず違反を起こさないように注意喚起していただけなのかもしれないけれど。

ともあれ、今の所情報が出てこなさすぎてて、そもそもヴァンは自分が監獄に収監されているという意識も、最終盤に至ってもあんまりないので、タイトルにある脱獄しようという考えすら浮かんでいないんですよね。情報がないもんだから、ここから出ないといけないという切迫感が生まれていないというべきか。そもそも、ここから出なきゃいけない、という意思が生まれなければ物語が走り始めないので、この一巻ってまず舞台環境を整え登場人物を配置スるための紹介編でしかないって感じでもあるんですよねえ。その登場人物の配置ですら、現状のそれが正しいのかすらわからないのだけれど。
あの看守の娘たちって、本当に看守なの? むしろ、今後ヴァンたちと一緒に脱獄する側に回りそうな雰囲気なんですよね。なにはともあれ、次の巻にならないと、「脱獄をはじめよう」をはじめないと、まだまだ五里霧中という感じですかも。

しかし、実際にやっていることを見ると、ダイヤって思いっきり世話好きの幼馴染っぽく見えるなあ。