【魔王と勇者の戦いの裏で 1 ~ゲーム世界に転生したけど友人の勇者が魔王討伐に旅立ったあとの国内お留守番(内政と防衛戦)が俺のお仕事です~】  涼樹悠樹/山椒魚 オーバーラップ文庫

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内政、防衛戦、戦後の後始末――勇者(とも)と違う、俺の戦場。
伝説の裏側で奮闘するモブキャラの本格戦記ファンタジー、此処に開幕。

いずれ魔王と勇者の戦いが世界の命運を決める。
そんなRPGゲームの世界へ転生したことを思い出した貴族の子息ヴェルナーは、本来名前も出ずに死を迎えるモブ。
理由は魔王軍による王都襲撃だろう。
そう判断したヴェルナーは悲劇を回避するため、前世の知識と知恵を総動員して生き残る術を模索する。
ゲームの知識で己を鍛え、勇者マゼルと親友になり……迎えたゲーム開始イベント『魔物暴走(スタンピード)』。
勇者(しんゆう)のいない戦場で、誰も気付かなかった魔物の狙いを阻止し獅子奮迅の活躍を見せたヴェルナーは、ゲームの歴史をも変えることに――!?
伝説の裏側で奮闘するモブキャラの本格戦記ファンタジー、此処に開幕。

うわぁ、これは凄えわ。面白いわー! というか、この主人公がすごすぎますわ。彼の働きってゲームだ前世だの知識があるからとか関係ないんですよね。純粋に能力がバカ高い。最前線の戦闘指揮から官僚としての事務交渉能力、軍政方面の組織改革の手練手管。いや、曹操かよってくらいにあらゆる方面で万能に近いくらいなんでも熟しやがるんですよ、この若者と来たら。

そもそも、まだ学校に通う学生である主人公ヴェルナー。勇者のスキル持ちである平民出身のマゼルも同じクラスなのですが、なんだか馬があってガチで親友になってるんですよね。
そもそもヴェルナーの家であるツェアフェルト伯爵家は、父親が典礼大臣という宮廷儀式を執り行う仕事をやってるように武門とは縁がない家なんですよね。典礼大臣って一概には一緒とはいえないけれど、宮内庁長官みたいなもんか。なんで軍とも関係ないどころか、国内政治についても具体的には関与していないんじゃないだろうか。格式は高いけれど実権を持ちにくい家柄と言えるでしょう。政治だの軍事だのに口出しできる立場ではなかったんですよね。
しかし、ヴェルナーは大臣である父親に変わって出陣した魔物のスタンピード防衛戦で、対人戦争ではなく慣れない魔物との戦闘と、さらに魔族の陥穽によって瓦解しかかった軍を救う巨大な勲功をあげてしまうのである。
劇的な作戦とか比類なき万夫不当の武芸、とかじゃなくて、周りの武門系貴族がいつもの人間の軍隊相手の陣形を組んでいる中で、ひたすら集団戦による耐久と生存を目的とした陣形を組んで、次々と崩壊していく周辺の残兵を吸収しながら耐えに耐え忍んで全体の瓦解を防ぐ要点となっていった、というあたりが実に渋くて好きなんですよね。
その後も派手ではないけれど、プロの軍人騎士からすると痺れるような働きと本陣を率いる王太子への献身を見せたことで、それをきっかけに王太子からは実にできるヤツと目をかけられ、軍人貴族からも一目置かれるようになるのである。本人としては生き残るのに必死だっただけで、勲功稼ぎなんて考えてもいなかったのですけれど。
でも、ここでいちばん大事な「武功」を稼いでるんですよね。戦場での手柄と名声というのは、実は多くの人や組織を動かすのに最も重要な要素の一つなのである。
これがないと、どれほど偉い人に贔屓されても舐められたり侮られたりして、旗を振れど人は動かず、でなかなか言う事聞いてくれないんですよ。歴史上、文官派と武官派の対立が激しくなる原因の一つがこれだったりするわけで。
これを解消するには、武官が文句言えないくらい、或いは喜んで従うくらいの武功を、戦場での戦働きを見せているやつを、てっぺんに持ってくるのが一番なんですなあ。
天辺でなくても、中間管理職クラスでもこの「武功」というやつがあるとびっくりするくらいスムーズに事が運んでいくのである。ヴェルナーの立ち位置はだいたいこの辺ですね。
尤も、最前線での戦働きと後方での文官仕事というのは天と地ほども違う(いや、実際に敵を前に槍を振るう段階に至るまではそれほど本質は違わないかもしれないけれど)のですけれど、むしろヴェルナーの凄みを感じるのはこっからなんですよね。ってかこの若者、歴戦の実務官僚かよ、とビビるくらいに事務処理能力と組織間や立場に則した個々人の調整、人や物品の引っ張り方からネゴシエーションがべらぼうに出来るのである。長束正家かなんかか、こいつ!?
一方で野心がないものだから、変に権勢を望んでいるように見えないように、探り入れられたり釣り餌垂らされても上手いこと躱していくんですよね。下手に尖った天才は実利を優先してこのあたりの配慮とか立ち位置について疎かにしがちなんですよね。かのヤン・ウェンリーなんかも、面倒くさがってこのあたりいい加減にしたために、やたらと敵を増やす羽目になったように、史実においても出来る人物は頭いいからこそ不用意に敵を増やしてしまう事が多いんだけれど、彼はとかく自分の出来る範囲で敵を作らないように立ち回っている。賈ク先生かなんかですか?

ゲームでの正史においては、この戦いで王国の軍は壊滅。王太子をはじめとした軍首脳部も全滅。のちに、王都も襲撃されて王族貴族はほぼ族滅されて都市自体も甚大な被害を受けて灰燼ときす、というのを知っているがために、ヴェルナーは親友である勇者マゼルが後顧の憂いなく戦えるように、というか万全のバックアップを受けながら戦えるように、王都の防衛体制並びに魔王軍との戦争に耐えれるだけの王国全体の社会体制、戦時体制ってやつですな、それを整えるために奮闘を開始するのである。
当座の資金の確保から、兵站システムの構築。軍事改革から軍政そのものにまで手を入れていく準備。軍務のトップに立っているわけではないので、トップダウンで物事は進められないのだけれど、王太子がこれと見込んで色々と権限も寄越してくれたお陰で、いわゆる現場と後方の境目とも言える中間管理職くらいのポディションにつけたことで、むしろこのあたりの位置の方が即応的に上を動かし、下を動かし、高所にちょっと登って全体を見渡し、下まで降りてきて現場を確認し、とできるので、イイ立ち位置なんですよね。
よっぽど能動的に動けて、視点を固まらせずに動かせて、資料や情報をうまく集めて、偏り無く分析できて、それを上にも下にも滞りなく行き届かせて、というのをホントスムーズに、テキパキと処理できないと途端に駄目になるんですけれどね。

いや、内政ものはいくつも見ましたけれど、ここまでスペシャリストなゼネラリストはなかなかお目にかかったことないですよ、このヴェルナーくん。実務官僚としても軍政家としても財務屋としても前線指揮官としてもピカ一なんですよね。唯一、自分で槍奮って戦う個人武力に関しては半一流くらいで。それでも、実際兵士と並んで槍ぶん回して血を被り泥に塗れてますからね。
あとに、砦に籠もってる兵隊崩れの盗賊団相手でも自分も一緒に突入しつつ、抜群の作戦指揮を見せてますからね。これは剣持って戦ってる騎士や兵士たちからも、身内扱いされますよ。
魔王や強力な魔族とは直接干戈を交えることは出来ないかもしれません。それこそは、勇者の役割だ。でもそれ以外は全部出来るんじゃないだろうか。信長の野望とか三国志とかのコーエー作品で例えるなら、武力以外全部数値90台レベルで。
おまけに、親友が戦いやすいように、不利を受けないように、不足を感じないように、バックアップ体制を万全に整えようともしていますしね。実際の戦闘や旅程だけじゃなく、勇者という魔王との戦いにおける看板であり旗頭としての役割も担えるように、情報管理にも手を出しているあたり、諜報から情報運用、宣伝広報関連の造詣も深そうですし。
いやまじで、ヴェルナーくん万能に近い何でも出来る子だよ。
これで、ほんと権力には興味なくて、マゼルを助けるのは純粋に彼への友情で、というあたりもう瑕疵なしですよ。マゼル、なんの憂いも持たなくていいですわ。彼に任せておけば、魔王討伐への筋道は全部立ててくれると安心していられるでしょう。マゼルの方も全幅の信頼を寄せてますしね。信頼と言うか、疑いもしていないというか。平民出身ということもあって、まあコミュ強者なものだから卒なく学校でも立ち回っていたけれど、それでも本心は結構しんどかったみたいな所を、ヴェルナーが色々と助けてくれた上に、ほんとに気のおけないダチとして付き合ったという事もあって、二人の間には不穏な要素とかも一切ないですしねえ。

色々と蘊蓄も多くて、そういうのが苦手は人は目が滑るのかもしれませんけれど、自分はそういうの大好き大好物のたぐいなので、実にウキウキと読めてしまいました。こういうの、むしろ満足感とか満腹感を覚えてしまうたちなんですよね。
まだ魔王側も本格的に姿を表さず、序盤も序盤であり、ゲームの正史を見ると相手も非常に狡猾な連中というのがうかがえるのですけれど、ヴェルナーのみならずゲームと違って生存している国の首脳部は王太子を筆頭に優秀な人達なので、これは勇者任せにならずに国家として魔王軍の侵攻に立ち向かっていけそうで、ワクワクしてきます。とはいえ、まだヴェルナー以外は危機感が足りてないみたいだけれど。優秀であればこそ、それ以外にも手広く意識が向いてしまう、というのもありますからね。こればっかりは本当の実際に脅威に直面しないと実感できないものだからなあ。
ともあれ、これは次巻以降も楽しみ極まってます。