【竜殺しのブリュンヒルド】  東崎 惟子/あおあそ 電撃文庫

Amazon Kindle BOOK☆WALKER DMMブックス

愛が、二人を引き裂いた。

竜殺しの英雄、シギベルト率いるノーヴェルラント帝国軍。伝説の島「エデン」の攻略に挑む彼らは、島を護る竜の返り討ちに遭い、幾度も殲滅された。
エデンの海岸に取り残され、偶然か必然か――生きのびたシギベルトの娘ブリュンヒルド。竜は幼い彼女を救い、娘のように育てた。一人と一匹は、愛し、愛された。
しかし十三年後、シギベルトの放つ大砲は遂に竜の命を奪い、英雄の娘ブリュンヒルドをも帝国に「奪還」した。
『神の国で再会したければ、他人を憎んではならないよ。』
復讐に燃えるブリュンヒルドの胸に去来するのは、正しさと赦しを望んだ竜の教え。従うべくは、愛した人の言葉か、滾り続ける愛そのものか――。
第28回電撃小説大賞《銀賞》受賞の本格ファンタジー、ここに開幕!

汝、隣人を愛せよ……か。いや、キリスト教の教義について詳しく教えを受けたことのない身としては件の教義の内容についてイメージに引っ張られて語るのはどうかと思うので触れないけれど。
この作品に出てくる神、神の教えは……正しいのだろう。うん、まっとうな事を言っているのだろう。その教えに基づいて生きることは、在ることは。
美しいのだろう。綺麗なんだろう。穢れなきことなのだろう。純真無垢で邪さを一点の曇りなく持たないで済む在り方なのだろう。

でもまあ控えめに言って……クソ喰らえだッ! 
生理的な嫌悪すら抱いてしまう。
シンプルに言って、この神様は大嫌いだ。

どうして神は地上にエデンなど作ったのだろう。そこに神の教えに殉じる生き物たちを置いたのだろう。彼らエデンの生き物たちは、島の資源を狙う人間たちの襲撃に鏖殺で応える一方で彼ら自身地上で生きることそのものについては執着していない。
神の教えに殉じていれば、たとえ死んだとしても今度こそ完全な楽園へと導かれる。死後の世界で今度こそ憂いなく幸せに暮らすことが出来るから。
だから、彼らは生きることにしがみつかず、死ぬならばその運命を粛々と受け入れる。たとえ、近い将来技術向上を果たした人間たちが、必ず自分たちを殺すとわかっていても、その運命に逆らおうとしない。
でも、殺す。一方で、欲望にかられて押し寄せる人間たちを殺せる範囲は殺そうとする。そのくせ、人間を憎まない。恨まない。羨まない。自分たちに向けられる理不尽に怒りすらしない。傷つけられたのに、虐げられたのに、今の幸せを追われたのに。悲しまない、悼まない。まるで死を祝福であるかのように受け止め、この世が地獄であるかのように死後の幸福に喜びすら抱いている。

それは、果たして生きているというのだろうか。

どれほどの惨劇に見舞われても、心安らかに、平穏に、静謐に、在り続ける竜をはじめとしたエデンの生き物の姿は、なんだろうただただ気持ちが悪かった。カルト宗教の狂信者を見るような。ゾンビかなにかを見るような。自分の意思を持たない奴隷か人形を見るかのような。
ひたすら正しく安らかで慈愛に満ち溢れ、神の真理に従いそれを疑いもしない神の使徒たち。

それでも、竜は少女を愛した。彼女の幸せを願った。それだけは間違いなく真実である。たとえその愛が、父から娘に向けられた親愛であり家族愛であり慈愛だったとしても。娘から父竜に向けられた愛が、異性への愛情だったとしても。
すれ違いつつも、彼らは愛し合っていた。しかし、最初からどうしようもなく噛み合っていなかった。
あらすじの、愛が二人を引き裂いた、というのはこの上なく正しくすべてを言い表した表現だ。
愛こそが彼らをつなげ、愛こそが彼らのすべてを引き裂いた。

この物語は復讐譚だ。しかも、昨今では珍しくなっている「復讐はなにも生まない」というたぐいの復讐譚だ。
誰にも望まれない復讐だ。討たれた竜も望まないし、復讐者であるブリュンヒルド自身ですら痛み哀しみ戸惑い迷い悔やんで苦しむ復讐だ。何も得る事ができず、何ももたらすことのない、誰にも喜ばれず誰にも祝福されない、誰も幸せになれないただ悲劇しか齎さない復讐だと理解しながら、それでも止まることの出来なかった復讐だった。

ブリュンヒルドは愚かなのだろう。神の実によって与えられた知恵を叡智を、人を騙し陥れるために利用した醜悪なるものなのだろう。自分を信じた人を裏切り、搾取し、利用して、その親愛を、友情を踏みにじった最悪なのだろう。
でも、それこそが彼女の愛だった。愛に殉じた結果だった。愛するが故に、怒りを憎しみを恨みを、燃え上がる想いの炎を消すことが出来なかった。
その一方で躊躇いがあった。自分に優しくしてくれる人たちに対しての罪悪感、自分と本音をぶつけ合い本心を語り合って心繋いだ友人を、兄弟を、裏切ることへの怖れ、痛み、辛さ。竜への愛に、愛する人を殺した人間への憎悪に、一途であるべきなのに、一心不乱であるべきなのに。そこにはあまりにも余計な感情が付随していた。竜だけを想えれば幸せだったろうに、彼女は別の大切を手に入れてしまっていた。
そのブレは、憐れである。無様でもある。無惨でもあった。

でも、その愚かさが、無様さが、人間ってもんじゃないか。彼女は、あまりにも人間らしかった。人らしく生きて、人らしく在り続けた。
生きたのだ。生きたんだ。精一杯、全力で生きたのだ。
彼女の溢れんばかりの哀しみも、怒りも、憎悪も、醜悪さも、邪悪さも……眩いほどに輝いていた。
神からすれば、それは罪深い在り方なのだろう。人としても、人間としても、悪の誹りを避け得ない罪人と成り果てる生き様だった。
でも敢えて言おう。
それが生きるって、事じゃないか!?
彼女は全力で生き抜いたのだ。走りきったのだ。自分の抱いた愛に、殉じたのだ。与えられた神の教えなんかじゃない、自分の魂に殉じたのだ。
自らの愛を、自らに証明して見せたのだ。

彼女と竜は、お互いを愛し合いながら、ついぞ理解し合うことはなかった。最初から最期まで。死が彼らを包んだあとですら。
ブリュンヒルドの真の理解者であり、彼女の愛の形を、止まれない生き様を理解したのが、仇である実父の息子、つまり兄弟であり彼女と人間との間でただひとりの友人となったシグルズだけであった、というのは果たして皮肉か、それとも……これもまた引き裂かれた愛だったのか。

見たか、神よ。ちゃんと見たか、竜よ。
これが、ブリュンヒルドの愛だった。

死後の永遠の幸福を約束された永年王国にて、竜ははじめて憎しみを抱いた。自分の愛に背を向けた、自分の信じる神の教えを信じなかった、自分を裏切った娘を、彼は憎悪することになる。
彼女を愛するが故に。彼女と永遠をともにしたかったが故に。彼女を喪うことになった彼女の愛を、彼女を愛するが故に、恨むことになる。
純白の竜は、こうして穢れた。永遠の王国で、彼は永遠に苦しむことになる。愛する人を憎み続ける地獄を味わうことになる。そうして彼女をずっと想い続けるのだ。愛して憎む。
本当に最後まで、彼女を理解しないまま。

愛する人に消せない傷を刻みつけ、彼の想いを愛を受け取って、彼女は明けない闇を往く。
後悔もなく、胸を張って、堂々と。
それが、ブリュンヒルドの愛だった。


愛別離苦(愛する者と別れる苦しみ。)
怨憎会苦(恨み憎んでいる者と会わなければならない苦しみ)
求不得苦(求めても、それが思うように得られない苦しみ)
五蘊盛苦(肉体と精神が思いどおりにならないことから生じる苦しみ)

これは仏教の教えだけれど、彼女の生はまさにこの四苦とともにあったように思う。いや、彼女のみならず、シグルズもシギベルドも、ザックスも、この四苦とともにあった。
生きていたから。ちゃんと生きていたから、ちゃんと苦しんでいたのだ。優しく、家族を愛し、友を愛していたからこそ、全力で生きていて、だからこそ苦しんだ。
男たちは、愛する人に幸せを与えたかったのにね。幸せになってほしかったのだろうけどね。

ブリュンヒルドは復讐を誓ったときに現世の幸せも、死後の幸せも一切望まなかったけれど、来世があるならば……いや、それも望まないか。
生まれ変わりという救いは、この神の教えには存在しないのだろうけれど、むしろ彼女は自分の愛を忘れないためにも、そうあれかし、と言うだろうか。
たとえ、永劫に闇を歩き続けるのだとしても。竜を愛し続けるために……。
神に背く純真無垢か。彼女にとって、それこそが唯一掴み取った幸せなのか。

何ともまあ、考えさせられる作品でありました。愛情の美しさと醜さを、人の業の愚かさと眩さを、純真無垢の意味合いを、考え見せつけられる作品でありました。
そしてやっぱり、この神様は嫌いです。