【董白伝~魔王令嬢から始める三国志~ 5】  伊崎 喬助/ カンザリン ガガガ文庫

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英雄、集結。

孫家と力を合わせ、天下無双を打ち破った董白。
ところが息もつかせず、曹操が南に進軍してくる。
曹操の動きに歴史チートの匂いを感じた董白は、貂蝉の寝返りを疑うが……? さらに劉備兄弟も参戦し、ついに三国の英雄たちが一同に会そうとしていた。――いっぽうその頃、再起不能の傷を負った呂布は、異民族の少女に命を救われる。
彼女の名はエイ。その目に理知の光を宿した、不思議な子どもだった。
魔王令嬢のサバイバル三国志、奇縁が紡ぐ第5幕!



ここで呂布にスポットを当てるのかーー!!

正直言って、この作品における呂奉先という男には魅力があるとは言いがたかった。理性よりも感情を優先する刹那主義であり、思考はアタマの天辺からつま先まで暴力的。人を人とも思わず、秩序も権威も社会そのものも毛ほども価値を見出しておらず、その癖狡猾に利用しようともする。
とにかく話も通じないし、誰も勝てない天下無双の力を持ちながら武人ではなくあくまで中身チンピラに過ぎなかったですよね。ただ思うがままに暴力を振るい、ムカつく相手を殺し、奪い、破壊する。
人間のクズ以外の何者でもなかった。

だから、掘り下げる要素なんて全然なかったと思ってたんですよね。立ちはだかる壁としては確かに高かった。その暴力は一騎当千。武人でも束になってかかっても叶わないほどの強さ。そして、何を仕出かすか分からない理性の失せた凶暴性。そして最悪の性格に基づく悪どさ、狡猾さ。
でも、あくまで壁だったんですよね。ただの敵に過ぎなかった。それ以上に関わる余地のない存在だった。
だから趙雲と馬超のコンビに倒された時点で、お役御免。そのまま退場と思っていたのである。
ところが呂布は生きていた。勁力の経路を破壊され、再起不能となりながらも生きていた。

これは、天下無双の力を喪ったがゆえに、天下無双・人中の呂布という虚飾を引き剥がされ、ただの呂布という剥き出しの一個の男になってしまった、或いは立ち戻る事になった草原の男の物語だった。

呂布も、最初から呂布じゃなかったんですよね。最初からあんな暴力的なチンピラ、半グレなんかじゃなかった。名もなき村の、しかし余人の及ばぬ力を有していたただの少年。戦乱の理不尽によってすべてを喪った、この時代にごまんと居た無辜の民の一人だった。
そしてそんな狂った世に、抗おうとした一人だった。疑問を抱き、その胸に夢を、志を抱いた少年の一人だった。
でも、この狂った世の中を作り出している人間の悪意や欲望の醜さを前に、失望して理想を喪った一人でもあった。

欲望のままに暴力の限りを尽くす粗にして野であり卑の権化である呂布もまた、この時代が生み出した怪物だったのだろう。
でも彼は力を失い、怪物ではなくなってしまった。ただ寝て起きて飯を食うだけでも人の手を借りないと生きていけない存在へとなった。それでも簡単には意識を変えることは勿論出来ず、しかし奮って相手に言うことをきかせるための暴力は、もう彼には残されていない。
燻る思いを抱えながら、彼は自分を助けて世話してくれている異民族の翁と幼い娘を暮らしていく。その心の奥に消えない暗い炎を滾らせながら、しかしかつて何者でもなかった自分の姿と重なる少女エイに共感に似た何かが芽生えるのを感じながら。
この世に失望して以来、彼は一人だった。天に並ぶものなし、すなわち天下無双。でもそれは、武においての無敵のみならず、彼にとって自分以外の何者にも価値を見出さないという孤独でもあったのだろう。でも、彼は共感してしまった。自分以外に、人を感じてしまった。
そうして、いつしか呂布はいつの間にかしがみついて拠り所としていた天下無双という肩書を手放し、ただ一個の呂布へと立ち戻っていく。何者でもなかったあの頃に。それは過去であるけれど、彼にとっては失われた未来だった、と言えるかもしれない。どこにも行けず行き止まりの中を暴れることで虚無を満たしていた彼にとっての、届かぬ未来。

何も出来なくなっても相変わらず思考は暴力的で、野蛮で粗暴で、人を嫉み悪意を撒き散らし、受けた仕打ちは忘れずに恨みを抱き続ける厄介な男なのだけれど。
天下無双の看板をおろした彼は、呂奉先は……ただ一個の呂布という男は、口が裂けても言いたくなかったけれど、魅力的だった。
変わらず雄々しく、しかし触れただけで砕け散りそうに儚く、余計なものが徐々に削ぎ落とされていき、その在り方はどこか美しさすら帯びていくようだった。

ただ無意味に負け、無意味にくたばり、路傍の石のように消えていくはずだった敵役は、此処に至って逆に正しく呂布となっていく。正しく天下無双となり、呂布という名にふさわしい舞台からの降り方を見せつけてきた。
これこそが、天下無双。これこそが人中の呂布。たったひとりの武力を持って、国すらも従える唯一無二の無敵の武人。
格好良かった。惚れ惚れするような男ぶりだった。真実本物の天下無双を世に示し、英傑として去りてゆく。

今回はもう呂布の物語だった、と言っていいかもしれないけれど、それ以外のキャラクターたちにとってもブレイクスルーだった気がします。これまでの殻を破るように、登場人物がみんな躍動していた。前回はその辺、趙雲に集約されていた気がしますけれど、今回は曹操を筆頭に夏侯惇の兄貴に孫尚香、そして董白自身もそのキャラクターのポテンシャルを一気に爆発させたような勢いで跳ね回ってたんですよね。
おかげで、物語自体も踊る踊る。戦記ものに相応しいダイナミックな動きが随所に見られ、その大波に乗って主要な登場人物たちが動く動く。
特に曹操は、もうこれが曹操だろうというはしゃぎっぷりで。万能の天才故の、その俗な欲望の巨大さに自分自身が楽しそうに振り回されている様子が何とも曹操だったんですよね。
一方で、静の部分というべきか。登場人物の内面の方もグイッと深掘りされて、それぞれの決意や覚悟が鋭く定まっていく様子がまた物語の密度を上げていくわけですよ。

今回、ほんと作品そのもののブレイクスルーだったんじゃないか、という面白さでした。
にもかかわらず、このシリーズここで一旦終わりなの!?
ちょっと待って? ここから涼州編がはじまったり、一方で小覇王孫策が本格的に動き出したり、とか色々伏線がばらまかれてるのが、そのまま置き去りですか。なんと、勿体ない!! 異質なる諸葛亮の動向も気になるところですし、いやこれは未練だなあ。

だいたい、涼州編は大事ですよ? 実はこっちが主人公だったんじゃね? という馬超さんのメイン回になるはずだったのに。作中でも董白がぼやいてましたが、なんかいつの間にかこの作品、馬超ハーレムになってるんですよね。董白ちゃんと孫尚香ちゃんというロリっ子二人に取り合いされて、幼馴染の閻行とは殺し合いまでしてますけれど、ある意味本気で喧嘩する間柄ですし……って閻行って普通に男だと思ってたけど、実は性別不明だったの?? 実は女という可能性もあるの? それはそれで妄想が捗っていくのですが。
そして、前回思いっきりフラグが立った趙雲とのラブコメ! 
って、思いっきり趙雲からはドン引かれてますが。なんでこの涼州バカはじゃれつく体で趙雲に矢を射掛けてるんだ!? がちで意味わからんのだけど!?
動物が甘噛してじゃれついてくるってのはまあまだわかるのですけれど、構って構ってとばかりに四六時中矢を射掛けられたら、そりゃ趙雲もなにこいつやべえよやべえよ!? ってなりますよ。趙雲くん、精神的には凡人なんだからw
でも、傍から見るとなんかイチャツイているようにも見えてくる不思議。いや、ここらへんの二人の関係がどうなるか、とかもすごく気になる要素だったのになあ。
肝心の董白ちゃんと劉協くんの淡い関係も。

毎回、格段に面白くなっていっていたシリーズだったので、本当に残念です。でも、当初の期待をどんどん上回る形で面白くなっていった異聞三国志でありました。読めて良かったです、