【紅蓮戦記 1 天才魔術指揮官は逃げ出したい】  芝村 裕吏/エナミ カツミ MF文庫J

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滅亡から始まる14歳の天才魔術指揮官による前代未聞の大脱出劇!

魔法戦争にて、14歳ながらルース王国史上最高の戦果と功績を挙げた魔術指揮官マクアディ。だが、若き「戦争の天才」の連戦連勝をもってしても王国全体の敗北は止めようがなく、祖国は滅亡寸前に追い込まれていた。自らが率いる隊と共に華々しく命を散らし「悲劇の英雄」として歴史の教科書に載る覚悟を決めたマクアディ。けれど、そんな彼の下に駆け付けた満身創痍の軍務卿から王女二人を託されたことでその運命は一変。敵軍に完全包囲された戦場に遺された仲間と共に、生存と祖国存亡を懸けた不可能と思われる大脱出に挑むことになる。最弱の国に生まれた最強の天才が歴史に刻む、途方もない奇跡の物語、開幕――!


個人の戦闘能力で戦場で無双する者、一騎当千、万夫不当はまあ居るだろう。
少数の精鋭を率いて縦横無尽に駆け巡り、敵軍を蹂躙する天才戦術家も居るだろう。
でも、この両方の才覚を兼ね備えているとか、もう手に負えないんですけど!? 【幼女戦記】のターニャ・デグレチャフとか【皇国の守護者】の新城直衛とか、そういう類だよね、このマクアディ・ソフランという少年は。
つまるところ、異常者のたぐいでもある。
まあ上記した二人のように魂から捻くれまがっているようなタイプではないんだけれど、血で血を洗う戦場にて真っ当であり続けるというのは、それだけで頭がオカしいのと同意義でもあるんですよね。あるいは、最初からどこかおかしかったのか。戦場に立たなければ発現しなかった資質なのだけど。

いやでも、本当にこれ手に負えないんですよね。戦場で討ち取るの不可能じゃないの? 亡国寸前で率いる大隊も定員割れに割れてもはや200に届かない所まで消耗しきってるにも関わらず、士気を落とさないまま敵の大軍を幾度も撃退、どころか斬首戦術で高級指揮官のきなみザクザク首刈って部隊として再起不能にしまくってるわけですからねえ。兵隊をどれだけ損耗しても補充すれば再編できるけれど、佐官将官根こそぎにしてしまえばそりゃ再建不可能になりますわ。

陣地に籠もっての遅滞戦術からゲリラ戦術、不意をついての浸透戦術に場合によっては正面突破。マクアディ一人で戦車と砲兵と対空と航空爆撃と地雷とを兼ねているようなもんで、その上で部隊は激戦をくぐり抜けてきた精兵揃い。隊を纏める下士官の先任軍曹はというと士官学校の助教やってたような神様レベルの下士官で、マクアディの学生時代の教官だったということで気心も知れている。
自分という兵器の使い方を理解しきっているワンマンアーミーである時点でもう手に負えないのに、そこに論理的かつ感覚的な戦術指揮官としての能力とセンスが詰め込まれてるんだから、全部乗せですよね。

正直、これほどの逸材を抱えていたにもかかわらず、ルース王国がなんでなすすべなく滅びかかっているのかが不思議なくらいである。よっぽど、ムダで無意味な使い方しかしなかったんだろうなあ。
マクアディくんは、非常に国家に対して忠実で余計なことをしない野心を持たない、欲をかかない、従順な犬タイプだったので、唯々諾々と言われたとおりに要求された事をどれだけ無茶振りだろうと淡々と熟していたのだろう。軍人の鑑のような少年である、14歳にもかかわらず。

悲惨なのは、本当に個人で勝ちすぎてしまった事なんでしょうね。彼とその部隊によって敵陣営が被った被害がもう天文学的になっていて、国が滅んで降伏しても絶対に許してもらえず処刑コース一直線。どれだけ逃げたくても、逃げられない。逃げる場所がもうないんだもの。
普通、ここまで英雄的な活躍をすると、むしろ敵国も取り込もうと考えるケースもあると思うんだけれど、今回の場合敵陣営って単体の国家じゃなくて、諸国連合。多くの国の寄り集まりなのである。
マクアディくん、もはや彼個人で戦略兵器と化しているので、下手に彼を取り込んでしまうとその国が戦力的に突出してしまうので、他の他国から睨まれて合従軍を起こされて寄ってたかって叩き潰されかねないわけである。このルース王国のように。それでも彼を手に入れて戦力強化を図ろうと暗躍する国も出てくるだろうし、速攻で諸国連合内での内紛が勃発、その原因になりかねないんですよねえ。
なので、下手に彼を助命するわけにもいかない。マクアディの学友でもあるリアン国のエメラルド姫が盛んに助命を訴えても他国からは梨の礫なのは、貴族連中の身内の多くを戦死させられた私怨もさることながら、政治的な要求も大きいのだろう。
諸国連合内の勢力争いというのもあるかと思われる。あくまでマクアディを討伐するというのなら、それこそとんでもない被害が出る可能性が高いにもかかわらず、強硬な姿勢が続いているのは、むしろマクアディと相対している軍が所属している勢力に戦争が終わるまでにそれなりに消耗して欲しい別の勢力が居るというのもあるんでしょう。今のところ矢面に立っている国々というのは、連合内でも立場があんまり良くない連中みたいですし。彼らとしては戦果を挙げなくてはならないし、他の連中からするとせいぜい便利に使って使い潰しておきたい、と来たもんだ。

必然、マクアディ被害者の会が際限なく拡大し続けていく。
すでに戦争としては諸国連合の勝利、ルース王国の敗北と滅亡という形で終わりかけているにもかかわらず、マクアディの英雄的な活躍が続いてしまっているのは色々と理由があるんですなあ。

しかし、ルース王国がこうやって他国に合従軍を起こされて寄ってたかってボコボコにされてしまった原因が、軍縮とそれに伴う経済発展にあった、というのは皮肉な話である。
豊かになる、というのはそれだけで恨みを買うものなんだよなあ。それこそ、国を滅ぼされかねない勢いで。
自分だけ豊かになって損を周りに押し付けようとすると、凄まじいヘイトを買ってしまう。それを紛らわすためには、周りにも豊かさをおすそ分けしないといけないし、恨みの濃度を散らす方策を立てて分断を図らないといけないし、恨みを晴らすのに利益をぶんどりにくるのに武力を使われないように対抗できるだけ、相手にそういった意思を持たせないだけの軍事力も持たないといけない。
まあ、バランスが難しいわけである。ルース王国首脳部は、このバランスを軽視して他国の感情や損益を考えなかったんだろうなあ。軍縮が成されたということは、軍の発言権が乏しかったのも伺えるし、マクアディが有効に活用されなかったのも王国軍そのものに意見を通す力がなく、余計な横槍があちらこちらから差し込まれたのが、軍務卿のおじいさんの発言からも垣間見えるし。
一国のみに閉じこもった平和主義というのは、世界平和には繋がらない事も珍しくないのである。それこそ、ガンギマリの覚悟決めないと。

そう考えると、エメラルド姫のリアン王国は王様がよほど現実主義なのか、ギリギリではあるけれどうまいこと立ち回ってるんですよね。いや、うまくはないか。有志諸国連合内での立場もかなり悪いものみたいですし。これ、戦争が終わったら搾取される側に回るパターンなんだよなあ。この戦争で各国とも財政は火の車になっているみたいですし。そうなると、取れる所から毟り取っていく形になるでしょうし、そうなると元々ルース王国側で寝返って諸国連合に入り、国としても小さなリアン国は完全に食われる側だ。

ルース王国中枢が滅んで、ルース王国の王族である姫二人と養子としての王族の立場を手に入れたマクアディは、王国の権威を有し軍事のフリーハンドを手に入れた以上、彼そのものがルース王国そのものとなったわけで、その彼がまだこの戦争、勝てる……負けない、祖国を奪還できる可能性があるというのなら、リアン国としてはもう一度ルース王国にベット出来る範疇に入ったんですよね。
仕方なく敵側に回っていたエメラルド姫と親友のステファンが、後半こっそりとマクアディと合流して密かにマクアディたちの部隊の支援を行いだしたのも、そう考えると姫の感情優先とかじゃなくかなり妥当な国としての判断とも言えるんですよね。
孤立無援ではなく、密かに小国とはいえ国のバックアップを受けられるなら、マクアディのゲリラ戦術にも大いに自由度が出てくるはず。これまでは、軍人として命令という掣肘を受け続けていた天才マクアディが、自分の判断自分の考え自分の意思で全部決められる立ち場になっての、反撃がこれから行われていくわけだ。
さて、マクアディ被害者の会が世界規模の巨大組織になっていくのか、楽しみな作品のスタートである。