【継母の連れ子が元カノだった 9.プロポーズじゃ物足りない】  紙城 境介/ たかやKi 角川スニーカー文庫

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季節はクリスマス直前――いさなのイラストの才能に魅せられた水斗は、彼女のプロデュースに熱中していた。
気分転換に訪れたゲームクリエイターの講演会で登壇していたのは……結女の実父・慶光院で!?
「きみは、自分の幸せの形がどういうものか、すでに気付いてしまっているのではないかな?」
膨らむ結女への想いを自覚しながらも、二人が再び恋人同士になれば、それは家族の問題で。
そんな恋心と現実に揺れる水斗に、
「私と、一緒にいてくれないと……やだ」
結女は好意を隠さずぐいぐい攻めていき――!?
再び両想いとなった結女との未来か、いさなの才能を世に示す夢か。
今“きょうだい会議”を開くとき!


そうかー、そうきたかー。
ここに来て恋の障害として直面するのが、他のヒロインでも家庭の事情でもなく、水斗にとっての人生におけての恋愛の比重、何を最優先する生き方なのかについてだったというのは、ラブコメとしては鮮烈ですらありました。
いや、一面ではその恋敵の形は他の女性の形を取ってもいるんですよね。
東頭いさな。
彼女は恋愛対象としてのヒロインとしては、登場して早々に告白して玉砕して脱落していきました。にも関わらず、彼女は水斗の根幹に一番親しい友人として、家族である結女よりもある意味近しい存在として傍に居続けました。そして今、その目覚めゆく才能のきらめきによって恋愛関係とはまた別の形ではあるものの、水斗にとっての生涯のパートナーとしての立ち位置に立とうとしている。
そして水斗は、今明確に自覚しはじめていた。自分が、きっと恋愛よりも家族よりも自分自身よりも、他者の才能を守り磨き育てていくという行き方を優先してしまうだろうということを。それは夢だとか野心だとかじゃない、その魂に刷り込まれたゆるぎのない生き方であり存在意義なのだという事を。自分にとっての幸せは、普通の人とは違っているのだという事を。
東頭いさなの才能の開花を目の当たりにした時、行き当たってしまった。
そしてそれは、結女の父という自分のそんな在り方に近しい人生を送っている先人に出会ったことで、明確な形で目の前に突きつけられた。
水斗の近似であるだろう結女の父・慶光院涼成という人の人生が、それを証明してしまっていた。妻を愛し娘を愛しながら、しかし自分の幸せが彼女らの傍になかった男の姿が、水斗の未来を暗示していた。
それでも、彼らはまだ高校生だ。まだまだ社会に出るには時間は遠く、いくつもの経験を積んでいく時期。恋愛もまたそうだ。いろいろなことに挑戦し、様々な体験を通じて人生への彩りを散らしていく時間。たとえ自分の在り方に気づいてしまったとしても、恋の熱量の尊さを信じて突き進んでしまってもいい時期。失敗なんて、幾らでも重ねればいい。それが許される年代なんですよね、本来なら。
亜霜と星辺先輩のカップルの初々しいながらも情熱的な恋愛模様なんかその最たるものだ。高校生らしい、実にストレートな恋模様だろう。生徒会長とあの陰気な青年のポンコツなすれ違いの恋だって似たようなものだ。失敗して失敗して、でもそうして成し遂げていくのだろう。

だが、水斗と結女にはそれが許されない。彼らの家庭の事情が、安易な挑戦を許してはくれない。彼らの恋の失敗は、それこそ家族の崩壊へと直でつながっているのだから。ただ別れて終わりの関係では済まない。家庭の崩壊が、彼らの恋愛には直結している。
この二人だけは、恋の行く先に本気の将来を鑑みないといけない。一度結ばれれば、それは二人だけの関係に終わることの出来ない、決して失敗の出来ない、ずっと未来まで将来まで永遠に続く愛でなければ、それは伊理戸家の終焉へとつながってしまうのだから。
それは普通のラブコメなんかで与えられる家庭の事情というハードルとは一線を画している。乗り越え克服すれば形のつく話じゃないのだ。解決のない、続けることそのものが求められる事情なのである。
皮肉な話だ。水斗と結女は家族になったからこそ、兄妹になったからこそ、かつて恋人同士だった頃には知り得なかったお互いの平素の姿を知り、裏も表もさらけ出し合って、一番近い所から変化や成長を目の当たりにして、だからこそ改めて新しい恋をして、もう一度好きになったというのに。
家族になったからこそ、失敗の許されない恋になってしまった。
そして、彼らは一度別れを経験している。永遠の恋などないことを、実感として彼らはもう知っている。自分たちなら大丈夫だと、無辺の信頼を抱くことなんてもう最初から出来ない体と心になってしまっているのだ。
その上で、水斗は自分が決定的に家庭を持つという事に致命的な感性を持つことを自覚してしまった。結女への愛情は本物だ。彼女を求めてやまない心は耐え難い欲求となって彼を苛んでいる。
でもそれ以上に、才能を育てるという悦びに、自分は溺れてしまった。きっと、自分はいずれ平気で家庭を、家族を、愛する人たちに背を向けて、自分の悦びに邁進してしまうだろう。そう自覚してなお、果たして失敗の予感しかない恋愛に突き進めるだろうか。自分たちだけでない、親愛なる両親たちの幸せまで壊してしまうだろう破綻に、盲目的に突き進めるだろうか。

改めて思う。水斗が直面することになった問題は、彼が抱くことになった苦悩は、とても高校生で向き合うような問題じゃないんですよね。あまりにも早すぎる将来への決断。でも、彼の取り巻く環境は、彼の精神的な成熟は彼を子供では居させてくれなかったのでしょう。大人として、彼はこの年齢で決断をくださなければならない環境に置かれてしまった。誰のせいでもない、再婚した親についてきた義理の姉弟がかつて別れた彼女だったこと。そして、自分の目の前にとてつもない才能のきらめきを持つ少女が現れ、その彼女が自分の導きなくその才能を磨き輝かせることが出来ない子だったこと。様々な偶然が、運命が、彼を早熟させずには居られなかったのでしょう。
果たして、これほどの苦悩を背負うことになる人間がどれほどいるでしょう。大人になってからだって、そうはないと思う。それを、この若さで直面せざるをえないとは、辛いだろう。今回ほど苦しそうにしている水斗を見るのははじめてでした。

もう少しこのままで、という少し前に水斗と結女が抱いていた現状維持に似た感情は、モラトリアムではなかったのでしょう。これ以上進んでしまえば、どうしようもない選択をしなければならないと、自分の幸せのいずれかをかなぐり捨てなくてはならない、切り捨てなければならないことを、無意識に感じていたからこその、祈願だったのかもしれません。
でも現実は非情で、時間は決して流れ進むことを止めないのでした。
一歩進めばもう後戻りできない瀬戸際。家族になってしまったからこその苦悩。
でも、結女が水斗の抱いているその苦悩に気づけたのも、また家族という近しい距離にあったからなんじゃないかと思うのです。恋人という他人なら、彼の苦しみに気づいてあげられなかったんじゃないかと。そして、家族という距離だからこそ、今の段階から彼の人生に寄り添えた。彼の苦しみに肩をすり合わせて隣に並んで共有できたんじゃないでしょうか。
家族になったからこそ改めて恋をして、家族になったからこそ恋を成就させることが許されず、でも家族になったからこそ人生の岐路に寄り添えた。
不思議で偶然で必然にも思えるめぐり合わせ、巡り巡りて結ばれていく関係性。ああ、なんという……。

これ、最初にプロットが合ってそれにただ沿って書いてるんじゃないですよね。それぞれのキャラクターの心情を掘り下げて掘り下げて、それをぶつけあわせていくと、そこから不思議と自然に生まれてくるものがあるんですよね。化学反応を起こしたみたいに、湧き上がってくるものがある。作者が考えて書くんじゃなくて、登場人物の反応を聞いて、心を解体して、見えてくるものがある。それを発見し拾い上げつまみ上げて、再編していく。一つ一つ並べていって文章へと織り直していく。物語が、形を成していく。その思考実験というのかな、反応実験というか、心情描写や登場人物同士の対話によって生まれていく過程が詳らかにされていく。
そういう生(き)の文章ってなんかすごくいいんですよね。ダイレクトに、体の芯に響いてくる。届いてくる。熱が伝わってくる。想いの色彩の豊かさや鮮烈さを感じられる。
呑まれる、染め上げられる、夢中になる。没頭する。

ああ、確かにこれは、プロポーズじゃ物足りない。
伊理戸水斗と伊理戸結女のきょうだいは、この日きっと一足早くおとなになったのだ。

プラス 東頭いさなも。

1月1日元旦。三人は自分たちの未来を決断し、歩き始めた。


最後に、いさなが描いた絵についての一文を読んで、込み上げてきたものをグッと胸の奥で噛み締めながら、この感想の綴りを〆ておく。