【ミミクリー・ガールズ】  ひたき/あさなや 電撃文庫

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///第28回電撃小説大賞《銀賞》受賞作///

2041年。人工素体技術――通称《ミミック》が開発され幾数年。

作戦中、不慮の事故により重傷を負ってしまったクリス・アームストロング大尉は、素体化手術を受け前線復帰……と思いきや術後どうも体の調子がおかしい。
鏡に映った自分を見るとそれは白い柔肌にさらさらヘアーの良く似合う――美少女だった!?!!?

謀略と怨嗟が蠢く戦火の陰で突如結成された、4体の少女型素体からなる即席部隊。
その名は――『ミミクリー・ガールズ』。
射撃、格闘、潜入。あらゆる分野のスペシャリストである彼女たちに与えられたミッション。それは謎の国際犯罪組織"バル・ベルデ"に狙われた大統領の娘の護衛だった。

クールなティータイムの後は、キュートに作戦開始!
少女に擬態し、世界の巨悪に立ち向かえ――!



これはこれは、完成度高い作品だったなあ。
一本の良質なアクション映画を見終わったような満足感が読後にありました。だいたい一時間半から二時間くらいの視聴時間の中に過不足なく収まるような起承転結の脚本、キャラクターの適度の掘り下げ、ウィットに富んだ会話、世界観の説明にミリタリー描写。このあたりの描写の密度のバランスが非常に取れてるんですよね。わかりやすくも薄っぺらにならず、緩急ダイナミックでスピード感が在り、とこのまま映画のシナリオにしても完璧なんじゃ、と思いたくなる作品でした。

タイトルのミミクリーの元となっている「ミミック」という人工素体技術。ミミックというと、自分世代だと圧倒的にドラゴンクエストの宝箱のモンスターです。そもそもミミックという言葉の意味を知る前に宝箱のモンスターという刷り込みが子供時代になされているので、どうしてもイメージがそっちに引っ張られてしまうのですが。
本来はミミックとは生物学における擬態。ミミクリーも同じく擬態やモノマネ、模倣という意味なんですなあ。勉強になります。
作中ではこのミミックと呼ばれる人工素体技術は完全に実用化され、主人公のクリスも今回は少女型の人工素体になってしまいましたけれど、ミミックを着替える事はこれが初めてではなく、かなり気軽に作戦ごとに素体を変えているみたいなんですよね。それこそ「着替える」なんて表現で素体の交換を表現しているみたいに。
勿論、そんな安価かつ簡単にできるもんなんかではないんでしょうけれど。気分次第で服を着替えるみたいに行えるわけではなく、軍事作戦なんかで損傷して修復が難しくなった素体を新しいものに交換するというのが主な「着替え」の理由になるんでしょうけれど。国がしっかりと管理して、素体交換も相応の施設が必要みたいですし。
おまけに、素体自体メンテナンスが頻繁に必要らしく、長期間これを行わないとすぐに不具合が出てくる……つまり、被術者が逃亡したり脱走しても長生きできないという、単純なサイボーグ化機械化手術とは違う明確な管理体制が整ってるっぽい。
それこそ豊富な「着替え」の経験があるからこそ、少女型素体なんていうこれまでのマッチョズムの権化みたいな素体で戦い続けたクリスをして、案外順応が早かったのだろう。
初めての素体化でいきなり少女化してたら、頭おかしくなるよなあ。

そういう訳で、各所から急遽集められた少女型素体四名。与えられた任務はその身柄を狙われている合衆国大統領息女の国外から国内に戻るまでの護衛任務。
四人の年端もいかない幼い少女たち(中身は全員オッサン)というある意味地獄のような、ある意味天国のような展開である。
いやこれ、守られる側の大統領の娘としてもわりと発狂しそうな境遇ですよね。なまじ、中身が全員いかつい軍人の男どもと知ってしまっているがゆえに、そんなのが自分と変わらない幼い少女の姿で周りを囲んでくるのを果たしてどう捉えたらいいのか。
これが本物の少女たちなら、打ち解けて仲良くなって友達になるのもありなんだろうけど。実態はプロのおっさんだもんなあ。仲良くなっても、オッサンプロと仲良くなるのはなんというか……いや、これがちゃんと見てくれ厳ついおっさんなら、おっさんと幼女として打ち解け心開いてある種の絆が生まれるという絵面もありなんでしょうけれど、むしろ見てくれが美少女たちというのが惑乱を引き起こすw
ガールズは全員プロとして完全に確立された軍人たちですしね。なんか一人少女素体に異常に馴染んでしまったやつがいましたけれど。それが寄りにもよって元々は多くの熟練特殊部隊員たちからも師として崇められている老いたネイティブアメリカンの老兵、というミリタリー映画なんかでは化け物じみた技量を持つマスターとして、師匠枠だったり部隊の中でも特別な存在として扱われる枠のジイさんなのが、いろんな意味でヒドいw
寡黙で威厳と風格を身にまとう神秘さすら感じさせる老兵が、幼女になりきってキャピキャピ弾けながら「〜なのじゃー」とのじゃロリをノリノリで演じている地獄絵図。他の三人が少なからず少女素体に戸惑っている中で、一人思いっきり楽しみまくっていましたからね。

しかしこれ、本当に映像、アニメでも実写でもいいですけれど、映画で見てみたい作品でもありました。むしろ絵面のインパクトが凄い作品でしたしね。非常に濃いミリタリー描写もさることながら、いっそ見た目は幼女たちでも、声は渋いバリトンのおっさんのまま、だったりしたらむちゃくちゃ面白かったんじゃないだろうか。
そして、出てくる美少女たちが全員中身おっさんという事で、実は護衛対象の大統領の息女のことも結構疑っていたんですよね。
これだけ完璧に擬態を施せる。脳と一部の臓器だけを入れ替えて、完全に別人になれるのなら今目の前に見えている姿が本物であるかなんて、この世界においては全然信じられないわけですからね。
同時に、あまりに頻繁に自分の体を取り替えている、という事は元々の自分の体、自分の姿をもうとっくの昔に失ってしまっているということ。果たして、元々自分がどんな人間だったのか。
果ては少女にまでなってしまって、はたしてアイデンティティが維持できるのか。自分自身を見失ってまで、果たして国に、任務に忠実でいられるのか。何のために戦い、何のために銃を手に取るのか。
とはいえ、ここにスポットをあてて掘り下げていくと、エンタメガンアクション映画としてのスピード感を失ってしまうので、主人公サイドの方はゆるぎのない固さでそのあたりの信念を固めておいて、敵サイドの自問や行動の理由として用いたのは適した配分だったのでしょう。
こうしてみると、味方サイドの四人は徹底してプロの軍人として自己を律し通しているのはさすがというべきか。
しかしこれ、真相わかってみるともう民主主義もなにもあったもんじゃないよなあ。バレたら合衆国崩壊しかねない気がするけれど、それが許されている時点で新たな大戦が起こったあとの世界における合衆国という国の在り様がそれだけ変わってるってことなのか。

なんにせよ、ラストでのタイトルがバーンと出る演出はほんと映画らしくて、ほんと映画好きのあれこれを詰め込んだような良作でした。