【恋は暗黒。1】  十文字 青/BUNBUN MF文庫J

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十文字青×BUNBUN、伝説のタッグによる衝撃的新作、始動。

高良縊想星はどこにでもいる普通の高校生になりたかった。
好きで選んだわけではない「仕事」を隠して通う学校で、なぜかクラス一の美少女・白森明日美に告白されて付き合うことに。
舞い上がる想星だが、放課後や休日は「仕事」に追われてデートすらなかなかできず、すれ違う二人。
そんなある日、想星は「仕事場」で少し不思議な同級生・羊本くちなを目撃する。
実は、想星の「仕事」は暗殺者。どうして彼女がこんなところに――
絡み合う恋は甘くて苦く、せつなくて、なりたい「普通」は近くて遠い。
殺して命を奪う彼と、ふれただけで命を奪う彼女。ちょっぴりダークなラブコメ、開幕。


うわぁ、残機制による限定不死の殺し屋なのか。自分の死を前提としてのゴリ押しでの殺人業。無体なのは、想星くんはこの仕事を望んでやっているってわけじゃないところ。
姉に命令されて、嫌々やっているのだ。普段は、普通の高校生になりたいなんて切実に願いつつ学校での時間を過ごしながら。
死に対する恐怖なんかは麻痺してしまっていて躊躇の欠片もなくなっているけれど、でも痛いのが好きな訳がなく、何度も何度も殺されながら相手を殺していく日々に彼の心はすり減っていく。
自分で望んでいるわけでも覚悟を決めているわけでもないのに、こんなに死を繰り返すなんて地獄もいい所だろうに。
でも、彼は「姉」に逆らうべくもない。逆らおうという考えすらも思い浮かばない。完全に意思を支配されてるんですよね、これ。姉の怒りに怯えながら、彼女の言うことをきかないといけないという強迫観念に急き立てられながら。姉からの通話にビクビクしながら、一方で躊躇いもせずに死に突っ込んでいく少年のアンバランスさ。自覚はないんだろうなあ。完全に極限化で虐げられた子供のそれだ。
そんな彼にとって、学校という空間は。普通に過ごす学校での時間は、正気を保つためにしがみついている命綱のようにすら見える。彼の普通の高校生になりたかった、という思いは憧れとかそんな悠長なものではなく、地獄の底でぽっかりと空いた天井の穴を見上げるようなものだったのかもしれない。
だから、白森あすみが告白してきたことは、彼にとっては地獄の底に垂らされてきた蜘蛛の糸だったんじゃないだろうか。
正直、キョドりまくって呂律も回らず狼狽えっぱなしの想星くんの様子はキモいを通り越して不審人物か、メンタルブレイクしてしまったか危惧してしまうくらいの有様なんだけど、それでも白森あすみはキラキラしながら、想星くんに真っ直ぐに恋する心をぶつけてくる。
いや、実際の所この状態の想星くんのどこに惚れたのかさっぱりわからなかったので、絶対これ裏があるだろう、と疑ってしまったのだけれど、何も裏なんてなかったんだよね? ただ、恋していただけなんだよね、あすみさん?
想星にとっては青天の霹靂だ。自分の正体を誰よりも知っているのが自分である。である以上、普通とはかけ離れた最低の生き方をしている異常極まりない自分に好意を持ってくれる異性がいる、そして告白までしてくれて、彼氏彼女の関係に成ってしまった、なんてのは夢でも見ている心地だっただろう。
そんなの、誰がどう見ても普通の高校生みたいじゃないですか。
あれだけキョドりながらも、彼の中にあすみとの付き合いに否定的だったりする考えはチラリとも浮かばないんですよね。想星くんがどれだけ、うかれ喜んでいたのかが伝わってくるんですよ、彼の狼狽えっぷりの中にキラキラと喜びのしずくが飛び交っている。
それでも、どれほど夢みたいな憧れた「普通」を目の前にしても、彼は姉に逆らえない。姉の怒りを恐れて、あすみのことを伝えられない。彼女と放課後デートしたいなんて言えるはずもなく、そのために仕事をキャンセルしたいなんて姉に告げることなんてとんでもない。だから、どちらにも黙ったまま、事態は窮することになる。
彼の中に、決断はないのだろう。判断のたぐいは、ずっと姉に預けていたように見える。彼が蠱毒じみた実験によって残機制を手に入れた後、その実験を敢行した父に逆らった時もそれは果たして彼の意思だったのか。彼の判断だったのか。
結果として、嘘を積み重ねて彼はあすみを傷つけていくことになる。純粋に自分を好いてくれた人を、自分の愚かさで傷つけていくことへの痛みは、果たして死ぬ痛みとくらべてどちらが痛かっただろう。
想星はずっと傷ついてきた。心すり減らしてきた。でも、このときに傷ついた彼の傷は、それまでのものとはまるで違っていたんじゃないだろうか。
でも、その生の痛みは薄弱だった彼自身の意思そのものを呼び起こしていくことになる。姉に怯えながら嫌がりながらもその言うことを聞くだけで今までの人生をやり過ごしてきた彼にとって、ようやく自分の意思で、自分の考えで、自分の興味関心で一人の少女に近づくことになる。
それが羊本くちな。ある仕事で、彼のターゲットだった殺人鬼を横からかっさらったご同業。横取りした不届き者に制裁を加えるためにくちなのことを調べさせられていた想星は、やがてクラスメイトだった彼女そのものに興味をいだき、彼女の過去に、内面に、苦しみに……羊本くちなの地獄に踏み入っていく。
真っ暗な闇の底で途方に暮れているもの同士、己の地獄を触れ合わせ、彼と彼女は出会ってしまった。クラスメイトとしてではなく、殺し屋としてではなく、高良縊想星と羊本くちなとして。
カレラの間には、まだ何もはじまってはいないのだろう。既に終わっているのかもしれない。でも、いずれにしてもその先は闇だ。暗黒だ。その恋は、初めから闇の中。地獄同士が交わった、遥か底の底でのボーイ・ミーツ・ガールだ。